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“チョー未経験者”の原稿書き 挑戦する心に伴走する

「料理初心者が京懐石作るようなもの」

「利用者さんが座談会の記事を作るんですが、手伝ってもらえませんか?」
同僚に声を掛けられたのは3月末のことでした。

筆者は当法人で心理職に就く以前から30年間、取材して記事を書いてきて、座談会の原稿もよく引き受けます。
何人もの話を、あちこち入れ替えながらひとつのストーリーにまとめ上げる対談の構成は、物書きの仕事の中でも難易度が高いものです。最終的に私が書くのかな、と考えていました。

しかし、4月はじめに原稿を書くという利用者Kさんと最初の打ち合わせをして「チャレンジをしてもらう」企画であることを確認しました。

私はその日「記事を書いたことがない方が、最初の原稿に対談のまとめっていうのは、料理初心者が京懐石に挑戦する感じ」とチャットしています。

そのKさんは20代、細身で長髪の若者です。3年以上担当してきたスタッフによれば「ITの知識も豊かでいろいろなことができる方ですが、したいことが見つからず、なかなか意欲的になってもらえなかった」と聞いていました。

なので、対談の記事を作ってみたい人は?と声をかけてKさんが名乗りを上げたときは、正直スタッフ一同が驚いたといいます。

座談会はもともと、障がい者の社会参加をeスポーツで支えようという企業・ePARA(イーパラ)社から「本社のニュースサイトに掲載する記事を書いてみませんか」とお誘いを受けて企画されたもの。当日は、法人のプログラム「マイクラ・キャンプ」に参加したマインクラフト大好きなKさんたち4名が、全盲の女性ゲーマー・いぐぴーさんを画面越しで質問攻めにし、深夜まで大いに盛り上がりました。

対談の書き手は「神」である

音源をすべてタイプし文字化するテープ起こしから、原稿作りはスタートします。プログラムに参加した5人とスタッフが、2時間以上も喋ったテープを起こす果て遠い作業に、しかしKさんは果敢に取り組みました。

「ふふふ」だの「お」「あー」だのまで忠実に文字にしていくのですが、半分以上進んだところで、もともと好きではなかった自身の声が繰り返しヘッドフォンから流れ込むのに堪えきれず、ダウンしてしまいます。

ここで他の対談参加者から救いの手が差し伸べられ、4月下旬に文字起こしは無事完成。実にA4で45ページ、約3万字というボリュームになりました。

膨大な文字量は、さながら大海原を前にした気分です。取りあえずマイクラと関係ない部分は3人で大胆に省き、それでも2万字近くあるものを1/4から1/5くらいに絞りこむ作業が始まりました。

まず最初に、全体からいくつかのトピックを抽出し、それに見出しをつけてみる、という宿題を出しました。Kさんは真面目です。編集用ソフトに文字データを取り込み、じっくり読んで要素を絞っていきました。

ときどき体調が「落ちる」のと付き合いながら、コツコツと作業を進めていきます。私たちは面談のたびに「対談原稿の書き手は『神』である」と繰り返しました。同じ人の発言がなん箇所かに分かれていたらひとつにまとめていいし、話の流れを整えるためなら後の発言を前に持ってくるのもOK。人格や時空のすべてを司って構わないのだと。Kさんはそのたびに「そうなんですね」とうっすら微笑んでいました。

 けれども、個々の発言を丁寧に削ったりまとめたりするのでは、時間はいくらあっても足りません。記事の納品を5月末、6月末……と遅らせてもらうことが重なり、スタッフ間では「続行かどうかを判断する」という文言がチャットに出始めました。
しかしKさんは「自分のペースで進めていくなら続けてできると思います」。最終的な納品期限を8月末と決めて、だいたい2週間に1回のペースで面談を続けました。

最終月に怒涛のスピードアップ

対談の構成とは、全体から話題を絞り、そこに会話を集約する作業です。Kさんは膨大な文字起こしから、8つの話題をまとめていました。おそらく私が担当しても、ほぼ同じように絞ったと思います。論理的な思考ができているのです。私たちは終始、Kさんの聡明さに助けられました。「いえ、たまたま元の対談がきれいな流れになっていたんだと思います」と、本人は謙遜しきりでしたけれど。

8つのトピックを、話し合って最終的に4つの内容に統合しました。その時点ですでに8月の初頭です。7月末にKさんが外部機関で取った心理検査の結果を拝見したのにも助けられました。

私がおおもとの文字起こしの一部を対談原稿の形に書き換え、その双方を並べて示したところ、Kさんはすぐにやり方をのみ込んだようです。また、4つのセクションそれぞれ、「文字数を約半分、1500文字くらいにする」という客観的な指示を出し、面談のたびに宿題としました。締め切りをにらんで、大いにスピードアップです。

6、7月ごろはことばを丁寧に取捨選択していたKさんですが、宿題が出てからは「ここのやり取りなんですけど……あ、いいや、時間がないから取りあえずまとめます」という発言が出ました。気持ちの切り替えや、自分のやり方でいこうという自信、締め切り優先という割り切りなどが窺えて、大喜びしたものです。

特に印象に残っているエピソードがあります。本文で「ちがや」さんが「あと私、もともと視覚情報の処理が苦手で、画面を見てると疲れちゃうので」目をつぶってマイクラで釣りをしている、と話すところです。

元の発言は「結構視線の、視線じゃない視野の、なんだろう処理が苦手な人間なのですぐ疲れちゃって」というもの。ここは分かりにくいし、カットしてもいいのではないか、と筆者は提案しました。

ところがKさんは「いや、こういう記事を読む人は、こういった苦手な話に興味があるだろうから、あってもいいんじゃないかと思います」と柔らかく、しかしきっぱりと一言。私も即座に納得し、この部分は原稿に反映されています。

 こうして8月末になんとか原稿は完成し、私がリード部分と後日談だけ付け加えて、対談に参加した他の利用者さんがきちんと原稿を確認してくれたので細かなミスも修正でき、無事ePARA社の編集セクションに納品しました。

 Kさんはペンネームを、対談に出ていたときと同じ「カンナ」としています。「今はこのペンネームでいいです。また別に原稿を書く機会があったら、その時はまた名前を考えます」と話していました。

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育て上げネット
田中 有

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