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『それをお金で買いますか-市場主義の限界』(マイケル・サンデル 著/鬼澤忍 訳、早川書房、2012年)

『それをお金で買いますか-市場主義の限界』(マイケル・サンデル 著/鬼澤忍 訳、早川書房、2012年)

https://www.amazon.co.jp/dp/4150504199


 テレビで放映されたハーバード大での名講義(『ハーバード白熱教室』2010年)を通してサンデル教授の名前をご存じの方も多いであろう。

※『ハーバード白熱教室』のHP:

https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009010816_00000


 そのサンデル教授の手による本書は、政治哲学の知見から市場経済化の弊害について鋭く指摘する。

とりわけ、かつて経済的意思決定の対象となり得なかった「非市場的領域」(教育・人間関係・自然・健康・スポーツ・生命など市場で売買の対象とならなかったもの)において、あたかも有形財を扱うかの如く市場取引の交わされることの副作用について多く例示してくれる。


 本書ではまず、絶滅に瀕したクロサイを撃つ権利や子供を産む権利の売買、市民権の入札、学生の成績に対して学校から与えられる金銭的報酬、さらには金銭を手渡してHIV感染者や麻薬常習者に避妊手術を受けさせるNGOの存在など、ある種の道徳的目的を達成するために、市場メカニズムを用いた「おぞましい」取引が合法的に行われている逆説的状況を例示する。

その上で、これらの取引を行う際の前提となる「市場的規範」が、人々の本来持っている道徳的規範を変化させ、社会に通底する慣習的な行動原理をすり替えてしまうことの危険性を指摘する。

その点、原著の副題“The Moral Limits of Markets”(市場の道徳的限界)こそ、本書の深意を的確に表している。

※"What Money Can't Buy: The Moral Limits of Markets"(Michael J. Sandel)

https://www.amazon.co.jp/dp/0374533652


 著者は「政治哲学」「法哲学」「道徳哲学」などの専門家であるが、さすが世界トップの研究者だけあって、他の領域の最新研究にも詳しい。当時の経済学の最先端の文献も多く引用しながら、ややもすると経済学に対する理解を伴わずして市場メカニズムを批判・その限界を指摘してしまう「安易な」主張や数多(あまた)な類書(特に邦書)とは一線を画す。

41ページにもわたる膨大な巻末の参考文献からは、著者がこの問題に肉薄するために取り交わしたであろう経済学者や「市場主義者」たちとの緊張感に満ちた討論の痕跡が見てとれる。

洋の東西を問わず研究者にとって重要なのは、「講義技術」よりもむしろ、自らの専門領域に対する深い洞察と真摯な学究的姿勢なのだと気付かせてくれるとともに、決して「専門バカ」になるのではなく、幅広い教養に裏付けらた専門性こそが物事の深奥を見通す上で重要なのだということを気付かせてくれる一冊でもある。


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