マガジンのカバー画像

タンブルウィード

31
ーあらすじー これは道草の物語。露木陽菜(ツユキヒナ)は地元山形を離れ、仙台に引っ越してきて三年目。自宅とアルバイト先を行き来するだけの淡々とした日々を過ごしていた。ある日、誤…
運営しているクリエイター

#オリジナル

12

「デビと陽菜ちゃんは先に降りて祭り行ってて、うちは車停めてきちゃうから」 市街地から少し離れた道路脇に荒々しく車を停めると、まゆは後部座席の二人へ言った。 新緑の銀杏並木が立ち並ぶ道路の向こうからは、既に賑やかな音が陽菜たちのところまで微かに聴こえていた。 長い時間を待っていたとばかりに聴こえる笛や太鼓の協奏曲は、照り付ける日差しを浴びて高いところで響いている。 まゆは助手席に散らばった大学の資料やファイルに気付くと、エンジンを切る事もせずに隣へ体を曲げた。 シートベルトを外

11

橘(タチバナ)君は、苦笑しながら電話口の店長の話を聴いていた。 先日出したアルバイトの休日申請が、一度穏便に通ったと思われたが、急遽出勤して欲しいという内容の電話だった。 何か先だって予定があった訳ではないのだが、こういった話しが月に度々ある為、タチバナ君は便利なスペアパーツの様な気分だった。 部屋の姿見に映るのは雷に打たれた様な毛色の、こんがりと肌の焼けている、見事な眉毛を蓄えた青年だ。 「またクボさんすか」 握ったスマートフォンの裏面を、人差し指でカチカチと叩きながらタチ

10

「さ、入って」 部屋の壁に無造作に貼られた見たことのない文字のメモ達、何処かの国の言語なのだろう。上にルビがふられている。陽菜は流し目にそれを見つめた。 まゆはガラステーブルの上に置いてある大小様々な小物を片付けている。香草の様な香りが部屋からほのかに漂った。 初めて訪れた隣人の部屋は、同じ間取りにも関わらず陽菜とは全くの別世界だった。云わば隣国の民家を訪れている様な心持だ。 かかとを使って靴を脱ぐと、陽菜はまゆの部屋へ踏み入れる。慎重な様は貰いたての子猫のようだった。 「お

アジアのどこか。深く生い茂る木々を抜けると絵本に出てくる様な木造の小さな店が在る。 霧の中で匂いだけ頼りに導き出した答えの様な、淡く頼りのない印象だった。 店の前に立つと象形文字を横に引き伸ばしたみたいな焼印が、扉の横に押されているのが見えた。 どういうわけか、生い茂る野草達は店の周りだけ一面ペンキを撒いた様にトウモロコシ色だった。焼きたてのパンみたいな匂いが鼻をくすぐる。 ドアを開けると店内は外から見るよりずっと広く、大木を切った上に板を乗せた様なテーブルには幾人かの男女

玄関先で一通の手紙を見つめながら陽菜は立ち尽くしていた。 どこか遠くの国の海辺の街が描かれた封筒の宛名の欄には初めて字を覚えた子供のような筆跡で「小峰まゆ」とある。 自分宛ではない手紙が何故自室のポストに投函されていたのか陽菜は封筒の住所欄へと目を移した。 陽菜の住むアパートは二階建てでワンフロアに七部屋が並列している。陽菜の住む部屋の番号は101だったが、手紙の住所には107と書かれていた。 しかしながら陽菜も最初は筆跡の癖も相まってその数字が1なのか7なのか少し躊躇ってし

0.5=7

再び陽菜が彼女に目線を戻したタイミングで演奏が終わり幾人かが手を叩いて彼女の歌声を称えた。 「ありがとうございます。改めまして、りさと申します。不定期でこの場所で歌ってます。今歌った曲はBob DylanのBlowin' in the Windという歌です。」 彼女は目線を下に落したり時々目の前の人々に向けたりを繰り返しながら話した。 「、、わたしは東京の会社を辞めて仙台にやってきました。次の曲はその時私を後押ししてくれた曲です。聴いてください。」 そう言うと彼女は次の曲を演

6.5

駅から市内へ続く道路を歩道を挟む形で仙台駅前には大きなアーケードが連なって存在している。 アーケード内には小規模飲食店やコンビニ、ゲームセンターなどが併設されていて、休日は人で溢れるのが常だ。 平日でもその賑わいは薄れることは無く、授業を終えた学生達の賑々しい声がアーケードのあちこちから聴こえてくる。 陽菜は山形から仙台に来てすぐこのアーケード内の人の波を存分に経験し、以降人混みを懸念し避けてきていた。 私生活もアルバイト先と自宅との往復が日々のルーティーンと化していて、買い

「クボさんって料理が好きなんですか?」 コンビニであらかじめ買っておいたお茶をカップに移し替えながら陽菜はクボに話しかけた。 「実家が八百屋なんだ。そういう事も関係してるのかもしれん。」 クボは部屋の丸テーブルをよそに窓際の壁にもたれかかり、外の静寂を見つめながら答えた。 「八百屋。ですか。。。」 料理と八百屋がどういった理由で関係しているのか分からなかった。 陽菜はカップのお茶を自分と相手側に寄せて丸テーブルの上に置くと床に腰を下ろした。 「わたし、なんだかさっきのパスタの

一日の営業が終わりコラフを出て歩き出した陽菜に、横からぬっと現れたクボが、おぅ。と声をかけた。手にはうまい棒が握られている。 ゆっくりと歩みを進める陽菜のそばにクボは体を寄せ一緒に歩き出すと、一本どうだ?とタバコを差し出すような仕草でうまい棒を陽菜に向けた。 クボが差し出したうまい棒を陽菜は見つめる。たこ焼き味。。納豆味、売ってなかったのかな。。 喉が少し渇いていたことと今はたこ焼きな気分ではなかったので陽菜は少し微笑みながら丁重にクボからのうまい棒をお断りした。 夜の仙台は

言い逃げをするクボを見つめた後、陽菜はゴエモンに再び視線を戻した。 ゴエモン、まだ、食べていない。。寝てるのだろうか。。 ゴエモンの卓にナポリタンが到着してから既に10分は経過していた。ナポリタンからもうもうと立ち上げていた湯気が収まる頃、ゴエモンはすぅっと鼻から空気を吸い込んだ後カッと目を見開いた。 陽菜が再びゴエモンに目をやった頃合には彼はまるで待て!の指示を解かれた犬のように一心不乱にナポリタンを食べていた。 もちもちとした麺と絡み合う具材をフォークという刀を使い戦う

コラフの古めかしい店舗も陽菜にとっては水無月コウタロウを想う故に輝いて見え、この場所に来る度に心が少し浮き足だつのであった。 「よ!」コラフの入り口を開けた陽菜の横からドッと大きな声が響いた。突然のことに思わずひゃっという声が漏れ体をよける陽菜。 「新人。昨夜はカレーをたべたな?」先ほどまで安堵していた陽菜の心はやつきばやな一言に一瞬にして崩れ落ち思わず衣服を嗅いでしまった。 匂いますか。という陽菜の問いに対し彼女はグララァと豪快に笑いながら厨房に進んでいった。何がそんなに面

「イラシャイマッセー」鼻にかかった日本語に無いイントネーションの声に陽菜はレジに顔を向ける。インド人・・・ 仙台には一年前から急に外国からの留学生が増えた気がするが、近所のこのコンビニでもアルバイトとして雇用をし始めたらしい。 抑揚が異なる日本語を聴いただけで異国情緒を感じた陽菜は、もう一度そのインド人を流し目に見つめつつ、カゴを手に取った。 新発売のシールが貼られた海鮮サラダとシーチキンのおにぎりをカゴに投げ入れ早々にレジに向かう。会計を済ませお釣りを受け取る時にもう一度イ

1

露木陽菜(ツユキ ヒナ)  彼女は今、木漏れ日の射す自室のベッドに横たわり天井を見つめていた。 肌を刺すような寒さは徐々に木々の瑞々しい息吹を纏いながら暖かなそよ風に変わる。 宮城県仙台市、東北一の都市と言われたこの街の春、陽菜は天井の一点を見つめていた。 「わたしは、なにをすればいいのだろう。」 その言葉を発するでもなく、しかし考えるでもなく陽菜は、只、思う。 ひたすらに見つめ続けていた真っ青な淀みない天井はまるで湖の様で ぐるぐると頭の中を巡らせた思いは、結果、よくも分