見出し画像

スタートアップにとって、「競争優位が持続可能である」とはどういう状態か

インターネット以後のスタートアップを急速に成長させ、テックジャイアントたちの地位を盤石なものにさせてきた因子の一つに、ネットワーク効果という概念があります。

ある製品やサービスを使うユーザーが増えることによってそれを使っている既存ユーザーの便益が増し、結果としてその製品やサービスそのものの価値が向上するという効果ですね。個人的にも大好きな概念です。

FacebookもAlibabaもTencentもLINEもメルカリもMonotaROも、著名なテクノロジー企業のほとんどが、ネットワーク効果を競争力の源泉にして大きな成長を遂げてきました。テクノロジーを武器とするスタートアップにとってネットワーク効果は、いわば競争優位構築のための一丁目一番地です。

このネットワーク効果という古くて新しい概念は、効果がある or ないの二元論で語られることも多くありますが、「ネットワーク効果がある」という状態の中には、当然ながら強い状態もあれば弱い状態もあります。

また、およそインターネットを活用したビジネスである限り、ユーザーデータがプロダクト改善にフィードバックされる過程で既存ユーザーに何らかの便益が還元されているであろうことを踏まえると、本質的にはその効果の有無よりも強弱を議論する方が理にかなっているのではないかと思います。

他方で、ネットワーク効果が高成長の源とされたユニコーン企業が上場後に株価を落ち込ませる事例も出始めており、ネットワーク効果が魔法の杖ではないという当然の事実も衆知を得るようになってきました(ユニットエコノミクスの議論もそれと同等かそれ以上に重要ですが、論旨から逸れるためここでは一旦置いておきます)。

こうした例から我々が学び、備えるべきは、競争優位を一過性で終わらせずいかに持続可能な状態に昇華できるかという点について思考と行動を巡らせること、ただその一点に尽きます。

そしてそのためのヒントは、競合他社にとっての参入障壁となるネットワーク効果と、ユーザーにとっての退出障壁となるスイッチングコストの組み合わせに見出すことができます。

そこで今回は、ネットワーク効果の強弱を分けている因子を改めて考察した上で、ネットワーク効果の現象の一つとしてしばしば書かれがちな(一方でどちらかと言えば補完関係にある)スイッチングコストについてもその類型を示し、持続可能な競争優位を構築するための具体的方法を模索してみたいと思います。

ネットワーク効果の強弱を分けるもの

まず一般に、「ネットワーク効果がある」とされるプロダクトにおいて、ネットワーク効果とネットワークの規模の関係性は以下のように表されます(引用はAndreessenのブログ記事から)。

画像1

つまりネットワークの規模(≒ユーザー数)が増えるにつれてネットワークの価値が指数関数的に向上する、という構図ですね。

しかし、実際にネットワーク効果を持つ製品の代表例の一つに数えられてきたUberのようなライドシェアサービスでは、以下のようにネットワークの規模がある一定のレベルに達すると、そのネットワークの限界価値が低下することによってグラフの傾きが寝てしまう事実がわかってきています。

画像2

新たにドライバーが一人増えると、配車を希望するユーザーの待ち時間が減少して既存ユーザーにメリットが出る。ただ一定の水準を超えてしまえば、ユーザーが感じる限界効用も小さくなってしまう。10分から5分へ待ち時間が減少するのは大きいが、4分から2分、2分から1分に減少してもそれほどメリットは感じないということですね。

このことから導ける、ネットワーク効果の強弱を測る一つ目にして最大の基準は、「ネットワーク規模の拡大がもたらすネットワークの価値上昇率は持続的か」という点になります。

次に、そのネットワークが扱う商材の特性によっても、ネットワーク効果の強さは変わってきます。

画像3

UberやLyft、DiDiのようなライドシェアアプリはその特性上、ドライバーというコモディティー性の高い商材を在庫にしてユーザーをマッチングさせる事業であるため、そのネットワークにドライバーが一人追加されたときの(待機時間短縮以外の)メリットが限定的です。

ユーザーの利用動機があくまで効率的/経済的な移動にあることを踏まえると、高級車に乗るドライバーや容姿が優れたドライバーを大量に招いて差別化を志向したところで需要がついてきません(高級車はハイヤー&お抱え運転手市場とぶつかるし、美男美女に関してはそもそも課題欲求のピントがズレる、と思いきや過去に美人過ぎるタクシー運転手が流行ったことを踏まえると意外にアルのかもしれない。ただアったところで供給が追いつかず価値上昇率が持続しないのでいずれにせよナシ)。

他方で民泊物件を取り扱うAirbnbや高級旅館を取り扱うReluxのようなマーケットプレイスは、在庫そのものが差別化の要素を含むため、物件が一つ増えたときのユーザーメリットの増加幅は一定で推移するか、場合によっては大きくなることもあります。

そこでネットワーク効果の強弱を測る二つ目の基準は、「そのネットワークが抱える商材は差別化の要素を持ち得るか」になります。UberにとってのUber Eatsは、アンチ・コモディティーのファイティングポーズなのです。

さらには、そのネットワークに集まるユーザーの質もまた、ネットワーク効果の強さに影響を与えます。

画像4

あるネットワークに参加するユーザーが、そのネットワークにとっての「貢献者」なのか「中立者」なのか「汚染者」なのか(そしてそれらがどういう割合で構成されているか)によって、ネットワーク効果の強さは大きく変わってきます。

Facebook等のソーシャルネットワークを考えてみるとわかりやすいですが、他のユーザーの興味や居心地を削ぐ「荒らし」のユーザーが多いと、そのネットワークに友人を招待したり何度も訪れて交流したりする意欲が減退してしまう。

反対に、そのネットワークに参加する他のユーザーにとって価値のある投稿や振る舞いを多くしてくれる貢献的なユーザーが多いと、それがもたらす体験の向上がさらなるユーザーを呼び込み、ネットワークは強く大きく膨らんでいきます。

ということで、ネットワーク効果の強弱を測る三つ目の基準は「そのネットワークに集うユーザー全体に占める貢献者の割合は十分に高いか and/or 汚染者の割合は十分に低いか」となります。

まとめると、

1. ネットワーク規模の拡大がもたらすネットワークの価値上昇率が持続的で
2. そのネットワークが抱える商材がコモディティーに限定されず
3. そのネットワークに貢献的なユーザーが多く集まっている

状態をいかに作るかということが、ネットワーク効果を考える上で、ひいてはテクノロジー企業が持続可能な競争優位を築く上で肝要なポイントです。

なお、2や3については1の原因としても作用することから、一言でシンプルにネットワーク効果の強さを測るとすると「ネットワーク規模の拡大がもたらすネットワークの価値上昇率が持続的であるか」否かをつぶさに観察すれば良い、ということになります。

副次的/間接的なネットワーク効果

ところで、ネットワーク効果には誰の目にもわかりやすいそれと、一見するとわかりにくく、副次的/間接的に機能するそれの二種類が存在します。

前者がFacebookやWeChat(SNS)、AmazonやAlibaba(マーケットプレイス)等のコンシューマー向けプロダクトに顕著な一方、後者はSaaSに代表されるB2Bプロダクトに多く顕れる傾向があります。

副次的/間接的なネットワーク効果の唯一にして最大の特徴は、プロダクトがネットワークの体を成す前にそれ単体で機能するものであるという点です。

ワンサイドで成り立ち、シングルモードでプレイできるプロダクトが、多くのユーザーに使われることによって徐々にネットワークの形を帯び始める、いわば遅効性を持つネットワーク効果と言えます。

画像5

SFA/CRM単体で盤石な実績を作った上に自社製品との連携を前提としたパートナープログラムを設けることで緩やかなネットワークを築いたSalesforceも然り(前回の記事でも紹介した通り、近年多くの上場SaaS企業が自社製品上にソフトウェア・マーケットプレイスをローンチしています)。

レストラン向けに予約管理SaaSを提供する過程で必要十分な数の座席在庫をデータ化/ネットワーク化してエンドユーザー向けのレストラン予約サービスを開始したOpenTableも然り(近年ではShopifyもEC SaaS→コマースアプリでこの流れを踏襲しています)。

デジタルマーケティングの敵となるデータサイロを解消し顧客理解に必要なあらゆるデータの一元管理と即時利活用を可能にするSaaSを提供する過程で形成されたユーザーコミュニティーがナレッジシェアの場と化しツール以上の価値を顧客にもたらしているTreasure Dataも然り(古巣であります)。

これらに共通するのはネットワーク効果の遅効性ですが、まさにその遅さによって強固な参入障壁を築いているとも言えます。ネットワークの構築に長い時間と大きな労力が掛かるからこそ、後発他社が同じことをしようとしてもできない、あるいは同様の時間と労力をかけて堀を築いているうちに他のポイントで競争優位を築き直してしまえるわけです。

個人的にB2Bのプロダクトが好みであることもあり、そして実はこの記事を書くにあたっての当初の着想が「SaaSのネットワーク効果は弱いという定説を検証する」であったこともあり、副次的/間接的なネットワーク効果の威力は長らく意識していましたが、こうして整理してみると改めて興味深いですね。

この効果はネットワークだけでよく機能するというよりは、シングルモードのプロダクトが提供する機能便益の上にネットワーク効果が乗ることで事業の強度をより高めている点が特徴です。

競合に気づかれにくく、さらに結果が出始める頃には上述の通り大きな参入障壁となっていることも多いため、いかにしてこの副次的/間接的なネットワーク効果を発見し、粛々と地道に積み重ねられるかという観点が、とりわけB2Bのテクノロジースタートアップにとっては重要になると思います。

ネットワーク効果を補強する相棒としてのスイッチングコスト

ここまで、十把一絡げに語られがちなネットワーク効果の質による区分や、一見わかりにくい一方でじわじわと時間をかけて大きくなる副次的/間接的なネットワーク効果についてその特徴を見てきました。

ここで生じる純粋な問いとして、ネットワーク効果が弱いプロダクトに勝ち目はないのか、あるいは強いネットワーク効果を持つプロダクトがさらにその強度を高めることはできないのか、というものがあります。

これに対する解の一つが、「退出障壁」としてのスイッチングコストです。ネットワーク効果が競合他社にとっての参入障壁だとするならば、スイッチングコストはユーザーにとっての退出障壁になります。上述の副次的/間接的なネットワーク効果を持つプロダクトが強いのはまさにこの点に拠ります。

またこのスイッチングコストという概念はしばしばネットワーク効果の構成要素の一つ、あるいはネットワーク効果によってもたらされる結果事象の一つとして語られることが多いのですが(確かにそうした側面もあります)、スイッチングコストはそれ単体で機能する戦術でもあるため、個人的には補完関係にある別の概念として捉えています。

スイッチングコストの四類型:基幹性、結合性、情報資産、ブランド

スイッチングコストという概念自体は何も目新しいものではなく、ビジネスシーンで頻繁に見かける用語である一方、それが一体何によって構成されるものなのかを説明した情報はあまり多くないため、自らの思考の整理も兼ねてここでは四つの類型を示してみたいと思います。

まず一つ目が、基幹性です。その製品やサービスが使い手にとってどの程度基幹度の高いオペレーションに組み込まれているかによって、スイッチングコストは大きく変動します。言うまでもなく、基幹度が高ければ外れにくく低ければ外れやすいということですね。

生産や販売、人事給与や財務会計といった、企業活動になくてはならない、言い換えるとミスが許されにくい基幹業務に付随して利用される製品やシステムには押し並べて高いスイッチングコストが認められます。コンシューマー製品でも利用目的や利用頻度で基幹度の強さを測ることは同様に可能かと思います。

二つ目が、結合性です。前回の記事でも紹介しましたが、ある調査によると4つ以上の製品とインテグレーション=結合が行われているSaaSは1つも行われていないSaaSに比べて30%程度継続率が高いというデータが出ています。

一つの業務で完結する機能から複数の業務に跨がるワークフローへ染み出すことにより、そのプロダクトが顧客内に持つ結節点が増加し、その結果強い利用粘着性が生じるというわけですね。

そして三つ目に、情報資産があります。SaaSにおける業務データやストレージサービスにおける写真/動画データにはじまり、SNSにおけるソーシャルグラフのような対人関係データや、ロイヤリティープログラムで蓄積するポイントデータ、ログインや購買の起点となるアカウントデータ、さらには特定のサービスに長年慣れ親しむことで得られる暗黙知やコミュニティー等も、広義では情報資産に含まれるものと思います。かなり強力ですね。

最後の四つ目が、ブランドです。会員制クラブや入会審査のあるクレジットカード等が典型的ですが、ソフトウェアの世界でも、初期のSlackが持っていたようなクールさや、Googleが高度なテクノロジーを結集させて開発したミドルウェアからほのかに薫る神々しさは、それを利用するユーザーにとって自己表現や自己承認に繋がるという意味で確かなスイッチングコストになり得ます。

ここで挙げた四つのスイッチングコストは、いずれも製品やサービスを提供するサプライヤー側の視点としてとても大事な要素ですが、本質的には提供価値がユーザーを向いているものかどうかでスイッチングコストの質が測れると考えています。契約によって縛るのではなく、体験によって縛るのが吉という真理は胆に銘じたいですね。

ネットワーク効果が強くスイッチングコストが高い事業は構造的に盤石であり、市場の評価も得やすい

さて、結論です。記事タイトルへの回答でもありますが、ネットワーク効果が強く、スイッチングコストが高い事業は構造的に盤石であるという極めてシンプルな帰結です。

画像6

ネットワーク効果だけが強い事業は中長期で脆さを露呈するリスクが高く、スイッチングコストが高い割りにネットワーク効果が弱い事業は拡張性が気になります(ただし構造上の脆さはないので、ネットワーク効果だけの事業よりも優位かと個人的には思います。一方議論の余地は大いにあるので意見考察大歓迎です)。

「市場の評価も得やすい」の部分は仮説でしかないのですが、上記の帰結が確からしいものであれば、PSR(時価総額/売上高マルチプル)等の財務指標にも織り込まれているはずと思いつつ、この分析にはそれなりの労力が要りそうなので、命題の真偽を確かめるための考察はまた別の機会に譲りたいと思います。

この記事は、先述の通り初期の構想が「SaaSのネットワーク効果」といったテーマだったこともあり視点がややB2Bに寄っている可能性は否めませんが、整理の軸には汎用性があるはずなので、業種業態を問わず、テクノロジーを武器とする全てのスタートアップ関係者・DX推進者に読んでいただき、ぜひコメントやフィードバックなどいただけると嬉しいです。

その上で、本稿について、あるいは起業中/起業検討中の事業について相談やディスカッションをご希望の方はぜひお気軽にご連絡ください!

Twitter:@snsk_sgr
Facebook:shunsuke.sagara

■■■■■
ジェネシアからのご案内です。もしよければ、TEAM by Genesia. にご参加ください。私たちは、このデジタル時代の産業創造に関わるすべてのステークホルダーと、一つのTEAMとして、本質的なDX(デジタルトランスフォーメーション)の実現を目指していきたいと考えています。TEAMにご参加いただいた方には、ジェネシア・ベンチャーズから最新コンテンツやイベント情報をタイムリーにお届けします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?