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SaaSをより強くするためのMarketplace、あるいはMarketplaceをより強くするためのSaaSに関する考察

ジェネシアの相良です。日本と東南アジアで、シードステージのDXスタートアップに投資をしています。

先日来、DXスタートアップの二大ビジネスモデルであるSaaSとマーケットプレイスについての考察を進めるにつれて、両者は別物ではなく互いの強みと弱みを補完し合う関係性にあると感じることも増えてきたため、この辺りで掲題のテーマについて筆を執ってみようと思います。

サマリーは以下です。

業務プロセスへの浸透を通じて粘着性を高めやすい一方でネットワーク効果が利きにくいSaaSと、ネットワーク効果が利きやすい一方でスイッチングコストの低さにより粘着性を高めにくいマーケットプレイスが、それぞれの良いところを取り入れて磨き合うことで、より強固で盤石なビジネスモデルを構築し得る可能性がある。具体的な手法としては、SaaS事業に軸足を置きつつマーケットプレイスの要素を加えることで自社ビジネスのエコシステムを拡張していくアプローチと、マーケットプレイス事業を主軸として売り手と買い手のいずれか(または両者)に業務効率化を促すSaaSを提供することで取引体験を向上させてリテンションを強化するアプローチの二つがあるが、双方ともに単体のビジネスよりも奥行きが生じ事業の強度が高まると共に収益性の向上も見込めることから、今後より一層折衷型のモデルが増えていくものと考えられる。

DXスタートアップの二大ビジネスモデル

DXの本質は、デジタル(ソフトウェア)を起点に、企業内オペレーションや企業間取引/対顧客取引を持続可能なモデルに転換、昇華することだと考えており、その意味でSaaSとマーケットプレイスはDXスタートアップにとっての二大ビジネスモデルと言えます(SaaSに関してはProfessional ServiceやSI/BPO領域も含む広義のソフトウェアビジネスを指しています)。

つまり企業内オペレーションのDXを担うのがSaaSで、企業間取引/対顧客取引のDXを担うのがマーケットプレイスであり、この二つの導入普及を押し進めることで結果的に産業社会全体のDXが成るという構図です。

また、業務プロセスに溶け込む特性を通じて利用粘着性を高めやすい一方でネットワーク効果が利きにくいSaaSと、ネットワーク効果が利きやすい一方でスイッチングコストの低さにより粘着性を高めにくいマーケットプレイスは、いわば各々の強みと弱みを補完し合える関係にあります。

実際に、SaaSとマーケットプレイスを折衷したビジネスモデルで持続的な高成長を実現している企業もここ数年で多く出てきているため、以下ではその類型を整理しながら、それぞれの型がもつ特徴や成功の要因について考察してみたいと思います。

SaaS版App Storeの興隆

IT市場におけるSaaSの浸透、成熟とともに、各領域でトップを走るリーディングカンパニーを中心に、SaaS版App Storeとも言えるソフトウェア・マーケットプレイスのローンチが相次いでいます。

特に米国では、多くのメジャーなSaaS企業がApp Storeを提供しており、AppExchange(Salesforce)、HubSpot App Marketplace(HubSpot)、App Directory(Slack)、Zendesk Marketplace(Zendesk)等はその代表例と言えるでしょう。

ではなぜこれほど多くのSaaS企業がこぞって顧客向けのマーケットプレイスを提供するのかと言えば、第一には他社製品とのインテグレーションが増加することで構造的にスイッチングコストが高まり解約が生じにくくなるからです。ある調査によると、4つ以上の外部プロダクトとのインテグレーションがあるSaaSは1つもインテグレーションがないSaaSに比べて30%程度利用継続率が高いというデータも出ています。

また第二の理由として、利用可能なSaaSの数が増加の一途を辿る状況において顧客側の製品選定コストが高止まりしているという背景が挙げられます。ゼロから要件に合う製品を探し出すよりも、既に導入済みのSaaSにより併用の親和性についてお墨付きを得ている製品ラインナップから検索・選択した方が効率的に意思決定ができるということですね。

そして第三には、単独のSaaSでは構築しづらいネットワーク効果を、外部パートナーを巻き込む形で構築したい(Moatをより一層強固なものにしたい)という思惑があります。この点については、各App Storeの利用状況を分析してみないと確からしさは測れませんが、Salesforceの顧客でAppExchangeから入手したアプリを使っている顧客の比率は87%にのぼるとのデータも出ているため、一定の蓋然性は認められそうです。

このSaaS版App Storeというモデルは、一般的には導入検討プロセスが簡素なSMB向けのSaaS事業に適していると思われがちですが、上に挙げたニーズや課題はエンタープライズにも共通して見られることから、エンタープライズ向けSaaSにも十分に適用、応用できるものと考えます。

事実SalesforceのAppExchangeでは、導入検討プロセスが複雑で意思決定のリードタイムも長くかかるエンタープライズのニーズに合わせてその機能をチューニングすることで顧客満足度を高めています。具体的には、AppExchange上に「Consultant Finder」という機能を設置し、顧客が認定コンサルタント(SalesforceとAppExchange上のパートナー製品に精通した水先案内人)を通じて自社のニーズに最も合うSaaSプロダクトを効率的に探索・選定できるよう導いているのです。

「Consultant Finder」はガイド付きの検索エンジンで、顧客は地域、コンサルティング企業の規模、製品、業界の専門知識などの条件で絞り込みをかけられるほか、コンサルタントの評価や言語などのフィルタリングを利用して適切な相談相手を見つけることができます。とりわけ、技術的専門性や複雑性が高く意思決定に労力が掛かるプロダクトを探したいシーンでは重宝する機能です。

この、いわばSaaSナビゲーターとも呼べる機能は、自社の要件に最も適した組み合わせでSaaSを利用することで導入効果を最大化したいという普遍的なユーザーニーズを汲むものであり、従来は職種ごとの勉強会やベンダー企業自身の推薦によって賄われることも多かったように思いますが、多種多様なSaaSが林立するこれからの時代においてはさらに重要性が増していくものと思われます(優秀なSaaSナビゲーターas a Serviceがあれば前のめりに課金したいと考えているユーザー企業の方も多いのではないでしょうか。ここに切り込み得る数少ないプレイヤーの一社が実は先日出資したROUTE06社であったりするのですが、深掘ると長くなるのでまた別の機会に譲ります)。

なお、SaaS版App Storeに出品するベンダー側の視点で見ると、マーケットプレイスに参加する最大の目的は集客導線の構築であり、次点で信用獲得(特定分野におけるトップのSaaS企業からのお墨付きを得ているという証)ということになるので、App Storeを提供するプラットフォーマーは高い集客力と信用保証という二つの要件を具備する必要があります。

それを踏まえると、App Storeを提供し得るSaaS事業者は須く「特定分野で第一想起を獲得できているチャンピオン」である必要が生じるため、自ずと海外のSaaSリーダーに事例の多くが集中してきましたが、日本においてもここ5年10年で名刺管理のSansanやクラウド会計のfreee等、外資ベンダーに引けを取らないSaaSのトップランナーが登場し始めているため、これらの企業が周辺プレイヤーに共創の機会を提供しつつ王者としての地位を確たるものにするためにApp Storeを開設する日もそう遠くはないかもしれません。

マーケットプレイスのアンカー(錨)としてのSaaS

以上で見てきたのはSaaSを軸としてそれを強化するためにマーケットプレイスを構築する手法ですが、その一方でマーケットプレイスを軸としてそれを強化するためにSaaSを展開するアプローチも存在しており、事例が増えるにつれてその有用性も徐々に認められつつあるように感じます。

米国ではSEM(SaaS-Enabled Marketplace)と呼ばれることもありますが、ここでは数あるケーススタディーの中から、米Upworkの事例を取り上げてみたいと思います。

Upworkは、仕事を依頼したい企業とワークリソースを提供したいフリーランサー(含エージェント)を繋ぐマーケットプレイス事業を運営しています。日本ではクラウドワークスやランサーズが同様のビジネスモデルで展開していますが、いわばその先駆けとなる企業ですね。

Web開発やデザイン、マーケティング、カスタマーサービス、会計等様々な分野のプロフェッショナル人材が登録しており、企業は求人情報を投稿して応募を受けたり、Upwork独自のアルゴリズムによって推薦される候補者のショートリストから仕事を依頼したりすることができます。

一方のフリーランサーは企業がUpwork上に公開する求人投稿に応募して新たなクライアントを獲得するとともに、仕事の実績を通じて肯定的な評価を蓄積し、自身がレコメンドアルゴリズムに引っかかる可能性を高めるための努力を重ねます。

とここまではよくある構図ですが、Upworkはフリーランサーがより効率的に仕事を受けたり自らのリソースを管理したりするのに役立つ様々な機能をSaaSとして提供することでプラットフォームの粘着性を高めています。機能の一例は以下の通りです。

・シンプルなUIのファイルアップロード/レビュー機能
・時間単位で割り当てられる仕事に対してどの程度リソースを費やしたかを可視化、管理するリソースマネジメント機能
・各プロジェクトの締め切りやマイルストーンを設定して進捗を追跡するプロジェクトマネジメント機能
・納品した仕事がクライアントに承認を受けた時点で自動的に報酬が支払われる自動振込機能

一方で発注側の企業に対しては、以下のような機能がアンカーの役割を果たしています。いわゆるFreelance Management System(これだけに特化して片側SaaSを提供する企業も存在)には標準的に搭載される機能をプラットフォームに内包している形ですね。

・フリーランサーの履歴書検証(バックチェック)機能
・求人広告機能
・契約管理機能
・連結請求書の発行機能
・安全で暗号化された決済システム
・マイルストーン支払い(
事前に定義したプロジェクトマイルストーンにしたがって順次支払いを実行するカスタム支払い)を含む支払い管理機能

これらの機能だけでも十分に売り手(フリーランサー)、買い手(企業)の双方にとって利用粘着性の高いプラットフォームになり得ますが、個人的にUpworkのユーザーリテンション施策として最もユニークだと感じているのは、フリーランサーが獲得受注した金額の総量にしたがって変動する手数料率です。

受注金額が増加するにつれて、標準設定の20%から最低5%まで手数料率が低下していくボリュームディスカウント型のコミッション構造により、一度Upworkを利用したフリーランサーに同一プラットフォームを継続利用するインセンティブを与えることで構造的に離反を防いでいるのです。

お気づきの方も多いかと思いますが、これは契約期間の長期化によって利用金額をディスカウントするというSaaSリテンション施策の定石であり(もちろんプロダクトのMoatが作り込まれていないと契約の切れ目が縁の切れ目になってしまうため要注意ですが)、これに限らずSaaS事業者が顧客の粘着性を高めるために実施しているあらゆる施策はB2Bマーケットプレイス事業にも広く応用可能であることを改めて感じます。

このように、B2Bマーケットプレイスを2-sided SaaSとして捉えてみると新たな視界が開けてきます。加えて、SaaS機能を有償で提供できれば収益性の向上に繋がるためさらに強みが増しますが、切り替えのタイミングや順番を見誤るとユーザーの離反にも繋がってしまうため慎重な意思決定が求められます。とは言えユーザー価値に直結するものであれば適切な対価が期待できることを考えると、トライする価値は決して小さくないように思います。

実際、上述のUpworkの2019年度決算をみると、年間売上$268Mのうち10%強の$32MをManaged Service(SaaSによる収益)が占めており、Gross Margin(粗利率)も前年比2%増の71%という高水準を維持しています。

なお国内においては、先日のミスミモデルのnoteでも紹介したB2Bマーケットプレイス運営のラクスルが経営戦略としてSaaS事業の強化を明確に打ち出していますが、高い粘着性と強いネットワーク効果というSaaSとマーケットプレイスの良いとこ取りで持続的な成長を志向するB2B企業は今後さらに増えていくのではないかと感じています(先日代表の松本さんとZoom飲みをご一緒する機会があったのですが、その際に得た刺激がこのnoteのきっかけの一つになりました。松本さん、有難うございました&今後とも引き続きよろしくお願いしますmm)。

東南アジアにおける折衷型モデルのポテンシャル

ここまで、SaaSとマーケットプレイス双方の強み、弱みを踏まえて折衷案としての新たなビジネスモデルの成長可能性について考察してきましたが、こと新興国においては前提条件が異なるため、別途機会を分けて紹介したいと思っています。

とりわけ東南アジアにおいては、労働力単価の低さによってSaaSよりBPOに予算が流れがちであること、また人件費以外に一定の金額を毎月特定の口座に振り込むという商習慣が従来希薄であったことなどが遠因となり、日本や欧米の成功例がそのまま適用できない(適用しても効果がない)市場環境が存在しています。

大まかな方向性としては、マーケットプレイス事業による手数料収益を主軸としつつSaaSとBPOを折衷したような新境地が広がっていく感覚を持っていますが、このテーマについては別途外部メディアさんからタイアップのお声がけをいただいているので(6月中を目処にお届けできるよう準備を進めています)、配信まで今しばらくお待ちください。

おわりに

今回ご紹介した、SaaS×マーケットプレイスの新業態で産業社会のDXを推進していきたい起業家の方、または大手事業会社にお勤めの方はぜひ一度カジュアルに事業プランについてディスカッションしましょう!

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日本と東南アジアでシードアーリーステージのスタートアップに投資をしています。 既存産業DX (SaaS/B2B Marketplace) と与信の再定義領域の可能性に日々思いを馳せています。岐阜県恵那市出身。ex-Treasure Data (2013-2018)