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岡山県に行くと、必ず覗きたくなる居酒屋チェーン。

日頃の言動からか、僕はチェーンの居酒屋には行かないと思われているフシがあります。しかし、もちろんそんなことはありませんので念のため。
あまりチェーン店に足が向かない理由は、食べる前から味がわかるようなメニューが多くて楽しくないということ。さらにはタブレットやQRコードでオーダーを取るような、メンドクサい店が増えてきたということ。さらには、アルバイトの店員さんに今日のお勧めを聞いてもわかりそうにないこと。などなどです。しかし、そうではなければチェーン店でも大歓迎なのです。

とは言え、そんな居酒屋チェーンがありますか? と思うかもしれない。それが、あるんですよ。たとえば、岡山県内で10数軒営業している『成田家』という居酒屋チェーンとか。そして、この店について岡山県の人に語ると、たいてい似たような、冷めた反応が返ってくるから楽しくもあるのです。

岡山県民であれば誰もが知っている。しかし県外の人は誰も知らない。

この店に、最初に行ったのは8年前の冬でした。
その頃、僕は仕事で岡山に通い始めたのですが、そんなある日の打ち合わせの帰りに、仕事仲間三人で軽くビールでも、ということになり、岡山駅西口広場前の成田家に入りました。店内は狭いけれど、とても活気のある大衆居酒屋だな、という第一印象。
地元出身の仕事仲間は、ビールと湯豆腐を注文しました。「え? なぜいきなり湯豆腐を?」と思ったけれど、あまり気にせず、僕はいつものようにポテトサラダからエントリー。
で、出てきた湯豆腐を見て、軽く衝撃を受けました。ここの湯豆腐って、茶碗で出てくるんですね。

湯豆腐といえば鍋、と思い込んでいたけれど、こうして茶碗で出てくると、とてもカジュアルというかファストフード感が増します。このチェーン店の看板メニューのひとつであり、お値段は300円ほど。

もちろん僕も、このカジュアルな湯豆腐を注文しました。出汁はカツオと昆布? あとは具材は無く、豆腐がご覧の状態でどっさり入ったシンプルなもの。しかし味は、立派に湯豆腐なのです。鍋では大袈裟になるけれど、冬の寒い日など、こんなサイズの湯豆腐はちょうどいい。

その仕事仲間に聞いて、ここがチェーン店であることを知りました。そして、このチェーンは岡山県にしか無いこと。そして彼が言うには「おそらく、岡山県の人しか知らないんじゃないですか?」ということ。
たしかに、後から岡山県外の人に「成田家って知ってる?」と聞いてみるものの、誰も知りません。もしかすると広島の人でも知らないかもしれない。そして後日、少し興奮気味に岡山県内の人に聞くと、「なぁんで成田家がそんなにおもしろいの? 鶏酢は食べた?」という意外そうな反応。つまり当たり前過ぎて話にならないようなのだ。そのくらい岡山県ではお馴染みということなのだろう。

僕はこういう、ある一部の人だけが当たり前のように知っていて、他の人はまったく知らないという事実に直面すると、心地よいカルチャーショックを覚えます。それがその土地ならではというローカルな要素が加わると、さらに深く知りたくなるというもの。

そして鶏酢。

さらに楽しいことに、その友人が言うには、
「成田家って、チェーン店のくせに店によって味が違うんですよ」
とのこと。
チェーン店というと、レシピが厳格に決まっていて、どの店に行っても同じ味で出てくるというイメージがあります。だからこそ安心という人もいるだろうし、だからこそつまらないという人もいる。
しかし、店によって味が違うとは… これはいよいよ興味深い。

たとえば、湯豆腐と並ぶ『成田家』の看板メニューに「鶏酢(とりす)」というものがあります。見た目ではこんな感じ。

軽く焼いた鶏もも肉とはるさめを、三杯酢で和えたもの、と言えばいいのでしょうか? お値段は300円以内。

これがさっぱりしていていいんですよ。この店にいると、おひとりさまで入ってきたお客さんが、「とりあえずビールと鶏酢」を注文する姿をたびたび見かけます。なんだか、スタイルがあってカッコいいのです。

そしてそんな看板メニューが、店によって味が違うと。
たとえば上の写真は『成田家 中店』の鶏酢ですが、下の写真は『西口広場店』のもの。たしかに見た目も違う。

中店の方が味が濃いめに対して、西口広場店はさっぱりしている。いいなぁ、自由で。

だからこそ、岡山県の人たちの間では、
「あそこの鶏酢よりも、こっちの鶏酢の方が好き」
なんて会話があるのかもしれない。こういうこともまた、地域の文化と呼べるのではないでしょうか? 地元の人たちは、全く気にしていないかもしれないけれど。

この「鶏酢」と「湯豆腐」を柱に、この居酒屋チェーンの膨大なメニューは組まれている。メニューはホントに多いです。中には、その店にしかないメニューもありそう。しかも、そのほとんどは300円台というお値段。思い切り贅沢しても500円台かな。なので、けっこう満足した後でお会計しても、3000〜4000円でお釣りが来ます。このチェーン店が、東京・新橋あたりにお店を出したら、おそらく行列ができる繁盛店になるのではないでしょうか?

お酒が飲めない人が、軽く湯豆腐だけ食べに来ることもあるらしい。

そんなある日の『成田家』ものがたり。

あれから8年の間、たびたび仕事で岡山に行き、僕もこの居酒屋チェーンに慣れてきた去年の秋。
たまにはひとりで行ってみようと、そして、どうせ行くんだったらファーストドア(その日、最初に飲み屋に現れる客)を狙ってみようと、午後の5時に、岡山城に近い「中店」のドアをガラリと開けました。

ところがどうだい、開けてびっくり、カウンターはほとんど満席。テーブル席も予約で埋まっていた。辛うじてカウンターにスペースを空けてもらい、どうにか落ち着くことができた。……って、これのどこがファーストドアなんだよ。
ほかの成田家は5時開店のはずなのに、中店だけは4時30分開店なのでした。で、ほんの30分で席は埋まってしまった、というわけです。やはりこの店は地元で人気なんですね。

とりあえずビールと鶏酢で落ち着いた後は、鳥皮串を軽く。これも成田家での人気メニューのようで、僕は中店の鳥皮串が好きです。充分に脂を落とした、カリカリの食感。

どうにか気を取り直し、ぼんやりとほかのお客さんの会話を聞いていると、カウンターを埋める客のほとんどが地元のお父さんやお爺さんのようだ。聞こえてくるのはコテコテの岡山弁。「おえん」って何だっけ?
電車に乗っていても、若い人の会話からはあまり岡山弁は聞こえてこないけれど、ここは違う。聞いていると、まるで初めて聞く音楽のようだ。さすがだ。

もちろん僕も「とりあえずビールと、鶏酢」を頼んだ。この店にひとりで入って、このひと言を言ってみたかったのだ。追加の鳥皮串でどうにか落ち着き、焼酎の水割りと「あなきゅう巻き」や「ニンニクの芽炒め」に進む頃、何と、カウンターのベテラン客たちは帰り始める。かなり早いな。そして夕方の6時を回る頃には、カウンターの大半は空席になった。
そうかそうか。この店のファーストドアたちは、パッと飲んでパッと消える。ずいぶん粋じゃありませんか。

この店では、巻き物もけっこう種類があってありがたい。以前、メニューには無いと知らずに、うっかり納豆巻きを頼んでしまったら、「いいですよ」と作ってくれた。以来、僕の裏メニューになっています。

お勤めの人たちが仕事を終えて現れる頃、常連客たちは席を明け渡す。のかどうかは知らないけれど、カウンターで長居はカッコ悪いですからね。
僕も負けずに一時間半くらいでお会計を済ませ、この店から歩いて10分ほどの岡山城近くまで散歩してみました。おごちそうさまでした。

ホロ酔い気分で川沿いを歩いていたら、なんと、中秋の名月が昇ってきました。早く席を明け渡したことへのご褒美だったのでしょうか。この日は後楽園で、月見の会が開かれており、多くの酔客たちが、涼しい風に吹かれていましたっけ。

まだ夜の7時前でしたが、この暗さ。秋の日は短いんですね。

ということで、もしも出張や旅行で岡山に行く機会があれば、ぜひ覗いてほしい居酒屋チェーンのお話でした。
もちろん、僕はたまたま岡山に行く機会が多いので、このような居酒屋チェーンは『成田家』しか知りません。ほかにも全国のどこかに、個性的な居酒屋チェーンがありそうですね。ご存じの方は、ぜひぜひコメントで教えてください。いつか機会があれば行こうと思います。

そして、最後にひとつオマケです。今年の6月上旬に岡山に行ったとき、駅前の再開発工事の真っ最中で、あの桃太郎像が撤去される直前でした。市内を走る路面電車の駅を、JRの駅前に集中させるとのこと。そのため、あの有名な桃太郎くんも、少し別の場所に移動するそうです。それでも見慣れたこの光景を忘れないように、ここに貼っておきます。







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