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#スネアドラム
経験13年・ブランク20年。打楽器を始めてやめて再開するまでのお話・その8 - ReStart -
その7はこちら。2018秋以降の動向が見えてきたら締めくくろうと思っていたらこんなにずれこんでしまいました。言い訳ですハイ。
さて、学生も打楽器も卒業して社会人になる・・・かと思ったら就職超氷河期に巻き込まれ、大学院卒業後の4月1日時点で無職と言う状況に陥り、なんとか4月のうちに働き口を見つけて社会人になったのは良いものの、1年で過労で体を壊し、その半年後にIT業界に転身するというなかなか厳しい
経験13年・ブランク20年。打楽器を始めてやめて再開するまでのお話・その7 - 1st Career Finished. -
その6はこちら。
このnoteで触れている「sutwind」は、「東京理科大学Ⅰ部体育局吹奏楽部」のことです。今は神楽坂のほうにもインカレ式吹奏楽部があるのですが、私の在学中はまだなかったです。在学中、神楽坂メンバーを増やそうと同期の神楽坂メンバーとちょくちょく動いてましたが、距離の壁は大きく2つ下の世代でようやく数名連れてくるのが精いっぱいでした。
1.左手タンバリンさて、大学2年になると、
経験13年・ブランク20年。打楽器を始めてやめて再開するまでのお話・その6 - Keyboard challenge -
その5はこちら。
記事のタイトル、マガジンタイトルの文字数制限に合わせて短くしました。中年オッサンであることはあまり重要じゃないしね。知らんけど。
今回は理科大吹奏楽部(sutwind)時代の前半のお話です。
1.初めての鍵盤楽器吹奏楽部は毎週火・木・土の週3回練習があったのですが、自宅や神楽坂から移動時間がかかるのと、交通費がかさむので、私は土曜日は必須出席、平日は「行けたら行く」というスタ
経験13年・ブランク20年。打楽器を始めてやめて再開するまでのお話・その5 - Change My Career -
その4はこちら。
前回は割と決死の告白だったつもりですが、反響は一連の記事の中で最も薄かったですww。アンサイクロペディアというネタサイトに「魂を込めて書いた記事はまずスルー」という身も蓋もない記事があるのですが、まさにそれを食らいましたと。
それはさておき。今回から見出しを付けてみます。
1.横浜から来た宇宙人1994年の4月某日。その日は大学の部活動・サークル紹介があり、いろんなサークル
経験13年・ブランク20年。打楽器を始めてやめて再開するまでのお話・その4- I'm Battered... -
その3はこちら。
今回は、高校最後の1年間の話。
最初に断っておきますが、この回はネガティブな話が中心です。書こうか迷ったのですが、この時期について書かないと、大学以降の話に繋がっていかないので、極力誰も悲しませないよう、気を付けて書きます。
高2の全国大会が終わった後、高3の夏にオランダのケルクラーデというところで4年に一度行われる「世界音楽コンクール」(Wereld Muziek Con
経験13年・ブランク20年。打楽器を始めてやめて再開するまでのお話・その3- Getting Glory -
その2はこちら。
説明が遅れましたが、私の打楽器経験の大半はマーチングパーカッションです。ですので、吹奏楽・管弦楽と言ったシンフォニック系の方にとっては「良く分からない専門用語」が結構出てくると思います。
とりあえず、以下を憶えていただければよいかと思います。
①マルチタム(テナードラム):タムを複数括り付けてミニチュア版ティンパニのようにした楽器。近年は6個つけるのが主流。見た目の派手さは
経験13年・ブランク20年。打楽器を始めてやめて再開するまでのお話・その2 - Play Snare-Drum! -
その1はこちら。
まず、前回はブランク期間を間違えて計算してました。18年じゃねーだろと。もう加齢で衰えて四則演算が出来なくなったのかな?と思ったのですが、中学時代の数学のテストで途中計算までは完ぺきだったものの最後に「3+3=7」とやってしまい満点を逃したという伝説をやっているので、衰えじゃなくて基本能力ですね。はい。
さて、中学は中高一貫型のマーチングバンド強豪校に進学することになり、そこ