【書評】五里霧中の社会を生きる「道標」――『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』
書店に行くと、「課題設定」「問題解決」系のフレームワーク本が多く平積みされている姿が目に飛び込んでくる。「先行き不透明」「目まぐるしく変化する」などと形容されがちな世相とあって、これらの書籍にニーズがあるのは自明だろう。
1カ月先の状況さえ見通せない現代社会をいかにサバイブするか――。思考のフレームワーク本が絶えず出版されていることからも、かようなビジネスパーソンの強い問題意識が感じられる。
そういう意味では、本書は問題解決の作法やヒントを与えてくれるものではない。本書が説くのは「ネガティブ・ケイパビリティ」の重要性。すなわち、「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる力」こそ、現代人に必須の能力というのが著者の主張だ。
つまるところ、「早急に答えを出さず、じっと耐えよ」というわけである。
世の中の仕組みとは得てして複雑なもの。クリティカルな解が得られたり、問題を明快に処理できたりすることの方が少ないはずだ。著者が危惧するのは、素早く答えを出すために問題の表層だけをなぞり、深層にある真の問題を取り逃してしまうこと。そして、表面だけをなぞった解が声高に叫ばれ、社会の混乱を招いてしまうことである。
早急に答えを求めることの危うさ
コロナ禍がまさにそうだろう。未知のウイルスが猖獗を極めたことで、玉石混交のさまざまな風説が流布した。
なかでも、「米国上院議会で新型コロナは嘘であると発表された。よってワクチンは有害無益だ」と書いたメールを学生に送信した大学教授、「ワクチンを接種したら5年後に死ぬ」と会議で言い放った上場企業の経営者、「ビル・ゲイツが新型コロナのワクチンを利用して、人々にマイクロチップを埋め込み監視しようとしている」という言説……。約2年の間で"陰謀論"へ傾倒した例は枚挙にいとまがない。
これはコロナパンデミックという状況を拙速に理解しようとした結果、引き起こされたのではないか。問題の本質を理解せず、性急に答えを求めることの危うさは、昨今の状況が色濃く示唆している。
「精神科医」として患者と向き合うなかで、そして「作家」として物語を紡ぐなかで、ネガティブ・ケイパビリティの重要性を理解したという著者。本書が取り扱っている考え方は、医者でも作家でもない私たちにとっても、五里霧中の社会を生き抜く道しるべとなるだろう。
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