【書評】シニア人材に送る"応援歌"――『老人と海』
近年、シニア人材の活躍がしきりに叫ばれている。それは、令和3年4月1日に施行された「改正高年齢者雇用安定法」が大きく影響していることだろう。
同法では、70 歳までの定年の引き上げや定年制の廃止、70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入などを事業主に対して要請している。これらは義務ではないものの、公的年金の受給年齢引き上げが議論されていることから、多くのシニア人材が70歳近くまで働くことを視野に入れているようだ。生涯学習ならぬ、「生涯労働」時代の到来である。
こうした世の中の流れを、当のシニア人材はどう捉えているのだろうか。パーソル総合研究所が昨年に実施した「働く10,000人の成長実態調査2023 シニア就業者の意識・行動の変化と活躍促進のヒント」によると、55~59歳の就業者(プレ・シニア就業者)の多くが「65歳まで」と答えており、「60歳まで」「70歳まで」がやや拮抗している。
他方、60~64歳のシニア就業者の半数以上が「65歳まで」と答えており、3割程度が「70歳まで」、2割程度が「71歳以上」と答えている。さらに、65~69歳のシニア就業者になると、6割近くが「70歳まで」と答えている一方、「71歳以上」が4割まで拡大している。このように、年齢を重ねるごとに「長く働き続けたい」と考える人材が増加傾向にあるのだ。
とはいえ、終わりのない職業生活を送る中で、モチベーションを保ち続けるのは容易なことではない。ときには「なぜ70歳近くまでなって働いているのか」「これ以上働きたくない」というネガティブな感情を抱く場面にも、少なからず直面することだろう。
そんなシニア人材にお勧めしたい一冊が、アーネスト・ヘミングウェイの『老人と海』である。
『老人と海』は現代社会の縮図
本作はキューバの老漁夫を主人公に据え、海という自然の脅威に揉まれながらも大魚の捕獲に奮闘する姿を描いている。1954年にはノーベル文学賞を受賞し、今なお世界的にも読み継がれている米文学不朽の名作だ。
あらすじは次のとおり。84日間の不漁に見舞われたサンチャゴは、85日目の漁にしてようやく大物に遭遇した。大型のカジキマグロである。サンチャゴは3日間、不眠不休の状態で死闘を繰り広げ、ようやく捕獲に成功する。が、その帰り道、複数匹のサメの襲撃に遭い、捕獲したカジキマグロを食いちぎられてしまう。
作中で、サンチャゴはとにかく孤独な人物として描かれている。伴侶には先立たれ、同業者には馬鹿にされる。サンチャゴを慕う少年はいるものの、少年の親は自分の子どもがサンチャゴと親しくしていることを好ましく思っていない。経験と勘は豊富なものの、加齢による体力の衰えにはあらがえない。つまるところ、サンチャゴは「終わった人」なのだ。
それでも、サンチャゴは海に出る。いつか来る大漁の日を信じて。来る日も来る日も海に出る。それが漁師としての矜持だからだ。そして85日目の漁、サンチャゴは大物のカジキマグロと遭遇する。激しい荒波や暴れる獲物に翻弄され、心折れそうになりながらも、持てる力を振り絞り、やっとの思いで捕獲するのだ。捕獲した直後のサンチャゴは、大仕事を終えた手ごたえに満ち溢れていた。
大物の獲物に対峙するサンチャゴの姿は、シニア人材のそれとオーバーラップする。日々の業務も、サンチャゴの漁のように一筋縄では進まない。社会情勢の変化は潮の流れのように激しいし、対人関係も魚を捕獲するように繊細に築かなければならない。『老人と海』の世界観は現代社会の縮図と言っても過言ではない。
それでも、シニア人材には長年培ってきたスキルや経験という武器がある。長年の漁生活で培った経験をフルに生かし、自然の微妙な変化を読み、駆け引きを交えながらカジキマグロを捕獲したサンチャゴのように、若手や中堅、ベテラン社員にはない視点と手法で未来を開けるのは他でもない。シニア人材である。
本作はシニア人材に向けた「応援歌」的一冊と言えるだろう。
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