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「影のないボクと灰色の猫」02-A13 第十三章 私

この物語は、Twitterで自然発生的に生まれたリレー小説です。
aya(ふえふき)さんと一緒に、マガジンにまとめています。
詳細はこちら → はじめに

前回のお話(第十二章)


第十三章 私


「ボクは、君を轢いてしまった」

人間は、悲しそうにした。

「轢かれるのは君じゃなくて、ボクなら良かったんだ」

「それが、あなたの望みだったの?」

私は溜息をついた。

「そんな事、望んで欲しくない」

人間は涙の溜まった瞳で、私を見た。

「私ね、あなたと一緒にご飯食べて、美味しかったし、楽しかったんだ。その事はすごく良く思い出せる。……さっきまで、忘れてたけどね」

人間は涙を零した。

「轢かれた時の事は、今もあんまり思い出せないな。ブレーキ音がすごく嫌だった事は、思い出せるけど」

私は人間の涙を舐めた。海の味がした。

「それにね、あなた、私に、自分の人生を26年分もくれたんだももん。人間として26年過ごすのって、とっても楽しかったよ」

「残りの人生も、君にあげるよ。ボクの人生なんて何の面白味もないんだ」

「もう、充分だよ。私、あなたを轢くくらいだったら、26年を返上したっていいよ」

「だけど」

「あなた、私を轢いて、ものすごく苦しんだでしょ。同じ苦しみを私に味わわせたいの?」

人間は、はっとしたように、私を見た。

「ごめん」

「いいよ」

人間はまた、涙を零した。

私が人間だったら、頭を撫でてやりたいな、と思った。

「そろそろ行くね。マスターによろしく言っておいて」

「待って」

人間は慌てて私に向き直った。

「ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう」

空間が溶けていく。


Twitterリレー小説「影のないボクと灰色の猫」
02-A13 第十三章 私

書き手:清水はこべnotenana

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