火星旅行は悪くない【ショートショート】【30日間毎日note:その20】
茜の空が、蒼く暮れていく。
天井と壁一面のスクリーンが映すのは、宇宙一の夕暮れ。
窓の無い部屋の中央で、ベッドに寝そべって眺めていると、ここが留置所とは思えない。
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ある程度の資産と、好奇心があるなら、火星旅行は悪くない。
着いた途端、逮捕される可能性は高い。火星では、ありとあらゆる事が犯罪だ。地球製の靴下を履いているのも、声を立てて笑うのも。
俺は、くしゃみで逮捕された。
だが、火星旅行は悪くない。留置所も、強制送還船も、金星の最高級ホテルよりも贅沢な造りで、保釈金は金星旅行より若干安い。
貧乏人には薦めない。保釈金が払えなければ、留置所に行く前に、カプセル船で強制退去だ。星に帰れる保証は無い。
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突然、警告音と共に、スクリーンが真っ赤になった。無機質なアナウンスが響く。
「スパイ容疑。別件逮捕する」
スパイは重罪だ。保釈は無い。勾留は無期限。
俺は、顔に出さずに笑った。悪くない。
火星の秘密を探るには、好都合。
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お目に掛かれて嬉しいです。またご縁がありますように。