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ひとくちの大きさ

 あまり雑誌は買わない。昔の雑誌が捨てられなくて、飽和状態だから。暮しの手帖とか、天然生活とか、ku:nelとか。

 時々読み返す。読み返し始めると、止まらなくなる。選び抜かれた大切なものだけに囲まれた暮らし。素敵だなあ。写真を眺めては、うっとりする。

 うっとりして、雑誌から目を上げると、雑然とした自分の家。ため息が出る。どうして我が家は、こんなに物が多いのか。

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 片付けは苦手だ。

 色んなものを捨てられずにいる。

 引っ越しの度に苦労してきた。何度かの引っ越しのお陰で、捨てると言う事を少し覚えた。だけどやっぱり、部屋はいつも散らかっている。

 部屋に限った事ではない。

 疲れやすい癖に、色んな予定を詰め込もうとしてしまう。普通の人なら普通にこなせる日程なので、自分には無理がある事になかなか気がつかない。腰痛を起こしてから、慌ててセーブする。

 日記が続かない。はじめはいつもメモ程度だ。でも次第に、書く量が増える。あれもこれも書きたくなる。追い付かなくなって、気づいたら止めている。新しい手帳や日記ソフトを見つける度に、同じ事を繰り返している。

 枕元にも机の上にも、未読の本がある。それでも本を買ってしまう。

 色んな事に執着する。忘れたくない。覚えておきたい。留めておきたい。だけど忘れっぽい。それでも忘れたくない。

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 休みの日、昼下がりの少し遅い時間帯に、妹とお昼ご飯を食べに行った。

 お店は空いている。店員さんも和やかで、料理も美味しい。

 なのに、妹は、食事の手を止めた。何故か笑い転げている。何か言おうとしているけれど、笑いすぎていて、なかなか言葉にならない。

「どうしたの?」

「……お姉ちゃんさあ、食べる時に、お箸で、ひとくち分取って、口に運ぶまでの間に、なんで、毎回、必ず、何かこぼすの?」

「ちょっと待って! 毎回必ず、じゃないよ、大袈裟な!」

「じゃあ、サラダをひとくち食べてみて」

「サラダ? いいけど。……あれ?」

「ほら! こぼした! 面白いなあ!」

「……いや、まあ、しょっちゅう何かをこぼしているのは、確かだけどね。四十半ばを過ぎて、これって、自分でもどうかとは思うけど」

「お姉ちゃん、口が小さいのに、おっきい口、開けて、一生懸命食べるよねえ。ちっちゃい時から、そういうとこ、変わらないよね。ほんと、面白いなあ」

「いやいや、これでもね、昔よりは、ましになっているつもりなんだよね。昔は、よく怒られたもんなあ。食べる時のひとくちが大きすぎて、みっともないって」

「そうだねえ。そりゃ、今は、あの頃よりは全然ましだけど」

 妹は目尻に涙を溜めている。

「あの頃のお姉ちゃん、食べてる時、口いっぱいに、何か入れてて、飲み込んだかと思うと、ぐわっと口を開けて、なんだか、わ、わ、わ……」

「わ?」

「わ……わ……わにみたい……だったんだもん……ああ……駄目だ……お腹痛い……笑いすぎて……死にそう……」

 わにですか。

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 早く食べる事が美徳だと、長く勘違いしていたのは、学校給食の影響も有ると思う。食べるのが遅く、いつも先生に怒られていたから。

 早く食べる方法を見つけた時は、嬉しかったなあ。ひとくちの大きさを大きくして、あまり噛まずに飲み込む。発見でしたね。

 しかし、それを極めたら、一時期、わにになってしまった……。

 食べ方がみっともないし、せっかくのご飯を、味わわずに飲み込むのは、ご飯に対しても失礼だ、と、散々叱られて、どうにか人間に戻った。

 しょっちゅう何かこぼしているけれど、人間に戻れただけ、ましなのかも。そういう事にしない?

 そうそう、それに、私は握力が弱い。両手とも17kgくらいだ。小学生並みだそうだ。小学生並みにこぼすのは、仕方が無くない?

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 言い訳をしていたら、ようやく笑い止んだ妹が言った。

「あのね、握力は関係ないよ。小学生もそこまでこぼさないし。どう考えても、お姉ちゃん、一度にお箸で取る量が、明らかにおかしいの。試しに、お姉ちゃんが取ろう、と思っている量の、半分くらいにしてみたら、こぼさないと思うよ」

 試してみた。

「本当だ! これだと、私でもこぼさないで食べられるよ! でも、世間の四十代って、ひとくちで一度に食べる量って、こんな少ないの? いやあ、この歳まで知らなかったよ!」

「いいえ、年齢は関係ありません。人それぞれ、適量ってものがあるの。お姉ちゃんの適量は、そのくらいです。もうねえ、こんな事、この歳になったら、妹くらいしか、言ってあげられる人、いないんだからね」

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 人それぞれ、適量ってものがあるの。

 そう、私は、自分の適量が、いつも分からない。

 私は口が小さい。手も小さい。握力も小学生並みだ。持病が腰痛だから、荷物も沢山は持てない。

 好きなものはとことん好きだけれど、苦手なものはとことん苦手なので、心の許容量もそう広くはないと思う。

 つまり、手に出来るものは、自分が思っているよりは、少ないのだろう。

 だけど、あれもこれもと手を伸ばしている。色んなものに。常に。手に出来るものが、どのくらいなのかという事に、無自覚のまま。

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 人生の折り返し地点で、どうやら、選択を迫られている。

 残り時間は、昔ほどふんだんにある訳じゃない。今までみたいに、手に出来るものが、どのくらいなのかという事に、無自覚のままで居る訳には、いかないらしい。

 私は欲張りだ。今までの人生、手にしたいものを全部手にしようと、必死で手を伸ばしてきた。

 そんな生き方をしてきた事を、否定はしない。手を伸ばすのも、手にするのも、重たい荷物を抱えて、必死に走るのも、みんな楽しかったから。

 だけど、こぼしたくないものも、手のひらからこぼしてしまう。部屋は散らかる。腰は痛む。そして、まだまだ手にしたいものがある。もうこれ以上、荷物は持てない。

 多分、そろそろ、選択の時間だ。

 自分が一番好きなものは何? どうしても手にしたいものは何?

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 片付けは苦手だ。

 色んなものを捨てられずにいる。

 それでも、部屋を片付けよう。ものを減らそう。

 自分が本当に大切にしたいものを、見極めて、選ばないと。

 部屋の中も、頭の中も、人生も。

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 と、書いては見たものの、どこから手をつけたらいいのやら、途方に暮れている。

 途方に暮れてはいるけれど、ここに書いてしまえば、きっと、少しは片付ける気になるんじゃないか。そう期待して、書いてみるのです。

お目に掛かれて嬉しいです。またご縁がありますように。