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「影のないボクと灰色の猫」02-A09 第九章 僕

この物語は、Twitterで自然発生的に生まれたリレー小説です。
aya(ふえふき)さんと一緒に、マガジンにまとめています。
詳細はこちら → はじめに

前回のお話(第八章)

第九章 僕


僕と「僕」が辿り着いたのは、高台の喫茶店だった。開店前なのだろうか、ドアは閉ざされ、店内は暗い。

「僕」は、喫茶店のドアノブに手をかけた。施錠されている様にみえた扉は、あっさり開いた。僕は「僕」の後ろについて、店の中に入った。

「やあ、久しぶり」

店内に入るなり、「僕」は誰かに声を掛けた。

誰も居ないと思っていた薄暗い店内で、声を掛けられた人物は、驚いた様に振り向いた。

その顔を見て、僕は凍りついた。

……ボク?

いや、僕よりも随分若い。高校の制服を着ている。別人の筈だ。

そう、自分に言い聞かせる。

だけど、本能的に感じる。目の前にいるこの高校生は、やはり、ボクだ。

猫の姿になった僕。僕の姿の「僕」。そして、若いボク。

一体、何が起きている?

「お店の方ですか? 助けて下さい! 猫が……!」

若いボクは、涙目で「僕」に訴えた。

腕の中にいるのは、猫だ。今の僕の姿に良く似た猫は、若いボクの腕の中で動かない。

「残念だけど、この子は呼吸をしていない。脈も無い」

静かに「僕」は告げた。

「そんな……!」

若いボクは息を呑んだ。

「獣医を呼ぶ事は出来るけれど、獣医も同じ事を言うよ」

「嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!」

若いボクの叫び声は、僕の中でこだました。

嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!

「どうしてもこの子を助けたい?」

「僕」は静かに訊いた。

「どうしても助けたいです」

若いボクは即座に答えた。

「もしも、その為に、どんな代償を払っても?」

「代償?」

「例えば、君の人生の一部、とかね」

若いボクは、まっすぐ「僕」を見た。

「助けたいです」

「たまたま出会って、ほんの少しの時間を共にしただけの猫を、本当にどうしても助けたい?」

「僕」の声は、冷たく響いた。

「どうしても」

若いボクは「僕」から目を逸らさない。

「それなら、どうして君は、自転車に乗ってこなかった?」

それまでの静かな口調から一転して、「僕」は、激しく言った。

「自転車?」

若いボクは明らかに狼狽えた。

自転車?

僕も全身の毛が逆立った。

そうだ、ボクは、あの時……!

「でも、今回は、まだ頑張った方だね。その子の事を忘れずに、ここに連れてきた。ラストチャンスにふさわしいね」

「ラストチャンス?」

「そう、これが最後のチャレンジだよ。成功するといいね」

思い出した。僕は……!

「そろそろ時間だ。お客様がやってくる。その前に終わらせよう」

「僕」の口調は、再び静かになった。

「終わらせる?」

ボクの声は震えている。全てを思い出し、そして、気が付いたのだ。

自分に、影がない事を。

「そう、終わらせる。ボクの望みを叶えるのさ」

「僕」がそう答えた途端に、空間が歪んだ。


Twitterリレー小説「影のないボクと灰色の猫」
02-A09 第九章 僕

書き手:清水はこべnotenana


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