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長男と不思議の国のアリス症候群①

 長男は身体が弱く、小さいころから1ヶ月に2度くらい病院に行っていた。基本的に持病とまではいかないのだが、気管支が弱く、小児喘息の一歩手前と言われていたのでプールに通ってひたすらに鍛えたところ、改善したので、今はもうプールには行ってない。今や、キックボクシングなんかやっちゃって、まあまあ体力もついてきたみたい。身体も大きくなり、父の身長を越え、非常に頼もしい。
 でも当時は熱が出るとすぐに高熱になり、せん妄にやられてしまう。目が開いてこちらを見ているんだけど、その黒目はこちらを見ていないような、不思議な目線を母に向けて、表情がなくなり、母を透かして天井にいる何かに話しかけている。高熱とその熱せん妄とやらのコンビネーションは本当に恐ろしい。下手するとひきつけを起こすかもしれないし、脳みそって、温度は何度まで耐えられるんだっけ?と不安になるくらい頭の後ろが熱くなる。
 その日も、高熱を出して寝込んでいた長男だったが、やはり同じように母を透かして何かを見ていた。不安で目が離せないんだが、とりあえず今私を見ているようで見ていない目には何が映っているのか、そっちに興味がいった。彼の口がぼそぼそと何かを言っているが、聞き取れない。急に大きな衝撃を与えるのも怖いから、何もせずにただただ熱が下がるのを待つ。手が冷たくなり、ああ、もしかしたらいよいよひきつけを起こすかもしれないと思った瞬間、長男が口を開く。
 「ああ、ママ、オレ今、夢を見てた」
 え。AKIRA?と思ったけど、そんなん言っても12歳には通じないから黙る。長男はまた少し考えて、何かを説明しそうになって口を開けたけど、けだるそうに黒目ごと母を見て、ゆっくり目を閉じて、すっと眠ってしまった。
 長男は、小さいころから何やら大人びていた。会話ができるようになってきたのは2歳後半から3歳くらいと遅めだったが、4歳になるころには、わがままを言う母をたしなめていた。私が、自分の買ってきたモノについて「この色やっぱり辞めたらよかった。。」とくよくよしてぶつぶつ言っていたら「ママ、この色はこの色でかわいいんじゃない?もう気にしなくていいよ」と右肩をポン、と叩いてきた。4歳。まあ、異常に本は読み漁っていたし、一度言葉を使い始めたら成長は早かった。小学校5年生ころまでは周りの同級生との感覚が離れすぎていてあまり理解できない、と友達は少なかった。中学生になってから、なんとなく足並み揃えられるようになり、徐々に外にも気持ちが向くようになった。14歳の今は、毎朝6時半に母を起こしに寝室まで来てくれて、自分で弁当を詰めて学校へ行き、帰ってきたら3歳年下の自由人な弟をたしなめ、励まし、宿題をやらせる。母が仕事から帰ってきて弟の習い事の送り迎えをしている間に、自分が勉強を終わらせ、キックボクシングに出かける。夜の9時に弟が小学生タイムで就寝してからは、いつもだいたい30分から1時間くらい、母や父と様々なことについて語り合う。酒でも飲んでいるような雰囲気で意見をかわす。ものすごい充実した時間なので、この習慣は続けたいが、いつまで続くのか。
 そんな長男だったから、母の中では「もしかしたらちょっと脳みそ、違う構造してるかも」と思っており、保育園の先生からも「こんなに理解力のある、ものわかりのいい子は、実は逆に少し異常かもしれません」と言われたこともある。保育園の先生というのは、違和感を感じるものだというが、私も同感したので、言ってもらえてよかったと思う。障害とまではいかなくとも、少し苦労するかもよ、と教えてくれたわけで。この話をすると、「え?自慢?」とか言われたりするが、まあね、優しくて面倒見の良いお兄ちゃんについては自慢だけど、彼の脳みそについては不安があるなと思っていたのは事実で、それをプロから言ってもらっていたのは自分のもっていた違和感も、正しかったんだな、と確認できたので良かった。
 彼の高熱は、すやすやと寝てから朝になったら気持ちよくどこかにいっていた。まるで何事もなかったかのように起きてきた長男は、
 「ママ。夢を見た」
と、もう一回AKIRAに出てくるおばあさんの顔をした少女になった。
 長男は言葉がとてもしっかりしている。多読ゆえなのか、集中力も半端なく、小さなことも良く覚えているため、大人を言い負かすことも多い。説明力が素晴らしい。
 熱せん妄にやられている間、彼の瞳には、部屋に浮かぶ球体が映っていた。大きな銀色の、中身がどうなっているかわからない球状の物体が、プカプカと部屋の中で浮いていたという。
 「なんか、色々な大きさの球体なんだよね。それが重さがわからない感じで浮いていたり、動いていたり、そして自分に近づいて来たりする。そういうのが起こると、目が離せなくなる。声も、聞こえているんだけど、答えられなくなる。それでね?部屋の中の家具が大きくなったり小さくなったりするんだ。」
 そしてそれは、私が小さいころ、ストレスを感じたときに見ていた景色と全く一緒だった。
 

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