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言葉の魔法


言葉には、人知を超えた力があります。
中でも、指導する立場にある方の言葉には、強力なパワーが宿ると思っています。
その方のたった一言で、才能を伸ばしてもらったことも、自尊心をぺしゃんこにされてしまったこともあるからです。

とはいえ、相手の自尊心を傷つけずに、ピンポイントで的確に改善するというのは、大変に高度な技術です。

今回は、その技術の結晶である「言葉の魔法」を目の当たりにしたお話を綴っていきます。



とある指揮者との出会い


昨年、とあるアマチュアオーケストラに、ヴァイオリンでエキストラとして参加した時のことです。

夢だった映画音楽づくしのプログラム。
ジョン・ウィリアムズ作品やハリーポッター、ディズニー、その他にも往年の映画名曲を詰め込んだ、アマチュアではなかなか演奏できない内容でした。


アマチュアオーケストラは、仕事や家事と両立して参加する人がほとんどです。
なので、通常、指揮者はプロの方をお招きして指導していただきます。


オーケストラは社会の縮図と言われています。
職場の雰囲気が上司次第であるように、オーケストラの雰囲気も、指揮者の人柄と指導方法によってガラッと変わるんです。

その時の指揮者は、劇団四季『ライオンキング』の指揮を初演から14年に渡って務められたご経験のある、大勢をまとめあげる力のある方でした。

映画音楽は、聴くのは天国、弾くのは地獄…。
無理難題としか思えない、おびただしく難解な音符が並ぶこともあります。
心折れそうになる中、先生のユーモアたっぷりのお話で、団員の「楽しい!」というモチベーションは保たれていました。
その方のイメージする細かな表現を、アマチュアでも再現できるように、言葉を尽くして、体を張って、あの手この手で私たちに伝えてくださいました。


とある日の練習にて


「ハリーポッターのテーマ曲」を練習していた時のことです。

この曲は、「チェレスタ」と呼ばれる楽器が大活躍します。
冒頭から始まり、随所に散りばめられる、鉄琴のような高く柔らかい音色。
全体の肝と言ってもいいパートを、音大生のエキストラの方が一人で担っていました。

そのチェレスタが、中盤のソロ部分で、どうしてもテンポより少しだけ遅れてしまう箇所がありました。
ほんのわずかに、紙一枚分、もたれてしまうという印象です。
そこが遅れてしまうと、その後の全体の合奏部分に影響が出るので、何とか改善しなければならない部分でした。


こうした場面でも、オーケストラは社会の縮図です。
一人が担う重要な部分がうまくいかず、全体がストップしてしまう時、
当人だけを責めるように注意すると、心が深く傷つきます。

また、表面化している問題の原因は、実は別にあることもあります。

だからと言って、どこに問題があるのか、立ち止まって考える時間もないので、
一瞬、「どうしよう…」という空気が流れました。


言葉の魔法がかかった瞬間


その一瞬の静寂の後、先生がこうおっしゃいました。



「自分から運命の糸をたぐり寄せるイメージで弾いてみて」



そしたら、なんと。

たちまち、チェレスタがテンポ通りになったんです。

テンポだけではありません。
流れを生み出すほどに、意志を持った推進力のあるメロディが奏でられたんです。


魔法だ、と思いました。


その場しのぎの練習を力づくでさせるでもなく。
実力のせいにするのでもなく。

決して、テンポだけを微調整する作業にされなかったんです。


自分からテンポを掴み取りにいくんだ。
自分がこのオーケストラを導くんだ。

確固たる誇りと意思が、確かにチェレスタの音色に表れていました。


その人の行動だけでなく、マインドをも生まれ変わらせる表現を、
瞬時に膨大な引き出しから選び取り、柔らか語り口で伝えられるとは。


プロの真髄を目の当たりにした、生涯記憶に残るであろう場面でした。



指揮棒に見えたのは、魔法の杖だったのかしら。
…というのは冗談です…笑


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