君の夢をみたよ。
そーっと入ってきたのだろうか。
人の気配がする。
こちらもそーっと覗いてみる。
曇りガラスの戸の向こうには、
金髪と、見慣れた大きな身体のシルエット。
帰ってきたの!!
思わず戸を叩いて声を掛けると、
ぼんやりしたガラス越しにも分かる、
恥ずかしそうに笑う君の顔。
ゆっくり目の前に出てきた君に
もう一度、
帰ってきたんだね!
そう言うと、
やっぱり恥ずかしそうな顔で
ハイ…と頷き返事をした。
私は嬉しくて、
“ああ、帰って来た。
何処で何をしていたのか分からないけど、
帰って来たんだなぁ…。”
君の大きな身体をポンポンと叩いて
よく帰ってきたね、お帰り!
と言った。
君はまた恥ずかしそうに
ただいま…と笑った。
そして
本当に食べる事が好きな君は、
テーブルの上にある“お漬物”を見つけると、
小さな声で
『あのー、これ、食べてもいいですか?』
と言った。
あっ!お腹空いてるね?
分かった!
すぐに作るから
待っててよ〜!!
君はホッとしたような顔をして
すいませ〜ん…
恥ずかしそうに、ニッコリ笑った……。
……目覚ましが鳴ってハッとする。
本当にありありと、
今まで君がそこに居たのに。
それは夢だった。
溜め息をついて起き上がる。
ちょっとだけ涙が出て、
今日も一日が始まった。
彼から聞いた、彼の人生はこうだ。
彼は乳児院、
そして児童養護施設で育った。
中学卒業時に、
進学しないのなら
施設を出なくてはならない
と言われた時、
君には発達障害があるのだし、
これからの人生は、
生活保護を受けて生活するようにと
提案されたのだそうだ。
彼はそれを断わり
住み込みの職場で働き出した。
社会はそんなに甘く無い。
いろんな事があって、
気付けば
怖い人達から逃げ回る事になっていた。
彼はその頃、
私達と縁のある青年と出会い、
彼を見るに見かねたその青年から、
“コイツを北海道へやってもいいですか?”
と相談が来たのだ。
そうして彼は、バッグ一つで
生まれて初めての飛行機に乗り、
私達の元へとやって来た。
所持金は80円。
ここに来る子達は
大体皆んな、そんなものである。
彼と初めて会った時の事は
忘れられない。
彼を紹介してきた
少年院出身の青年の触れ込みでは、
『○○組の幹部の運転手してた、
100キロ越えのゴッツイ半グレや!!』
ほ〜う…そうかねぇ。
一体どんなのが来るのかねぇ…?
ところが、
お邪魔します……
と玄関を入って来たのは
大きな身体に
つぶらな瞳の可愛い少年だった。
目と目が合った瞬間
彼がニコッと笑い、
私は思わずつられて吹き出してしまった。
彼の大層な肩書きの触れ込みは、
“100キロ越え”以外はガセネタだった。
北海道の、帯広の夏はとても暑い。
彼が来たのはもう9月に近かったが
よく晴れた暑い日が続き、
一週間もすると
日焼けで腕も顔も真っ黒になった。
『北海道でこんなに暑い思いするとは
思わなかったです』
ツートンカラーになった
腕と肩の色を見ながら、
笑って一緒に写真を撮った。
彼は朝から5合もご飯を食べる子で、
たちまちスマイルリングの台所事情は
火の車になってしまった。
それでも、
美味しそうにご飯を食べる彼の顔を見ると、
やっぱりお腹いっぱい食べさせたくて
何とか工夫する毎日だった。
私が台所に居る時には
必ずそばにやってきて、
意味も無く
冷蔵庫をパタンパタンと
開けたり閉めたりしながら
『お腹空いた〜』
を連発し、私を焦らせた。
『今日のご飯は何ですか?…
うわ、美味そう〜。
さいこう〜!』
そんな素敵な言葉をくれる子だった。
そんな彼が、
様々な要因が重なり、
ある日突然、姿を消してしまった。
LINEで彼にメッセージを送った。
何処に行ってもいいのだ。
でも彼には、
何処に行く当ても無いのだ。
LINEが既読になった一週間後、
恥ずかしそうに、
彼は帰って来た。
私はただただ安心し、
嬉しかった。
彼が一人で生きていけるようになるまで、
安心して頑張れるように
ゆっくり見守っていこう。
それだけが、
私の願いだったのだ。
彼と一緒に、
遠くで困っている青年に
食糧などの支援品を送る為に
買い物に行った時の事。
重い段ボールを持った彼に
大丈夫?
重いねぇ…と言うと、
『もっと重いバックを持って、
一日中、知らん所を
ただずーっと歩いてたんだし、
それよりは全然軽いです』
と、静かに笑って答えた。
独りぼっちであてもなく、
重いバックを引き摺るように俯き歩く、
彼の笑顔の消えた、
丸いトボトボと歩く背中が胸に浮かび、
胸がギューッと、苦しくなった。
それからしばらくして、
また彼は、静かに姿を消してしまった。
彼はまだ、
たった19歳の自分の人生を
『産まれた時から終わってるんだから、
どうなってもいいんだ』と言っていた。
私はそんな彼と、
もっと一緒に居たかった。
もっと静かに、もっとゆっくり、
彼の成長を見ていたかった。
時折彼に“元気にしてるかい”と
LINEを送っている。
今回はまだ、既読にならない。
それでもいいのだ。
私が彼と“切れた”と思うまでは、
私はいつまででも、
彼を想い、待つ事が出来るのだから。
君の夢をみた。
何処に居たっていいよ。
君が良い大人に巡り会えますように。
生きている事は結構大変で、
不器用な私には
今でも辛いと感じる事が沢山あるの。
でも、とにかく、生きている事。
生きてさえいれば
いつか必ず、
良かったなぁって思える事もあるんだよ。
君の無事を今日も祈る。
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