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ある新聞記者の歩み

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元毎日新聞記者佐々木宏人さんの記者人生の聞き書きです。入社直後の水戸支局時代を皮切りに、記者としての歩みを連載で辿ってゆきます。 佐々木さんは、経済部や政治部に所属、エネルギー分… もっと読む
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ある新聞記者の歩み 26 支局のもうひとりの若手、のちのオウム事件での激烈な取材の…

元毎日新聞記者佐々木宏人さんのオーラルヒストリー第26回は、甲府支局時代の若手3人のお話の3…

ある新聞記者の歩み 25 支局の若手の一人は未来の社長!

元毎日新聞記者佐々木宏人さんからの聞き書き第25回です。前回は、佐々木さんが甲府支局長時代…

ある新聞記者の歩み 24 「日本一の支局!?」を支えた若手3人

元毎日新聞記者佐々木宏人さんからの聞き書き第24回です。今回は、甲府支局長時代の2回目とし…

ある新聞記者の歩み 23  甲府支局長に赴任。家族6人そろって転居、地域とつなが…

元毎日新聞記者佐々木宏人さんは、44歳の春、山梨県の甲府市局長として赴任しました。中央から…

ある新聞記者の歩み 22 記者から労組委員長へ 2年間の得がたい経験

元毎日新聞記者佐々木宏人さんは、勤続18年、42歳のときに、いったん記者生活を離れて労働組合…

ある新聞記者の歩み 21 牙を抜かれる前の誇り高き時代の大蔵省こぼれ話 地下に霊安…

元毎日新聞記者佐々木宏人さんの経済部大蔵省担当完結編(3回目)は、官庁の中の官庁と言われ…

ある新聞記者の歩み 20 禁断の木の実を食べたらどうなるかと案ずる人たち

うーん、100周年の時は1972(昭和47)年でしょう。僕は水戸支局から経済部に上がって2年目。130周年の際に出された『毎日の三世紀 新聞が見つめた激流130年』を見ると「2月21日に各本社で『百年記念式典』を挙行」とあります。でも、全然覚えてないなあ。その頃、経団連クラブで電機メーカー担当で飛び回っていたころですね。式典にも行っていないと思います。 むしろその2ヶ月後に表面化して大騒ぎになった、外務省沖縄密約機密漏洩事件で祝賀ムードは吹っ飛んじゃったことを思い出します。

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ある新聞記者の歩み 19 数字相手の仕事ながら、ハチャメチャな先輩やら少年自衛官出…

◇政治部にいても先は明るくないよと言われ・・・  違和感はなかったなあ。古巣に戻ってホッ…

ある新聞記者の歩み 18 誰も首相になると思ってなかった中曽根康弘の実像(下) そ…

  ◇遊説先で記者をたたき起こして・・・  選挙になると遊説で各地を回る政治家に同行取材…

ある新聞記者の歩み 17 誰も首相になると思ってなかった中曽根康弘の実像(上) 1…

 ◇中曽根担当になるのを喜べなかった背景にトラウマ  いやあ、実はあまり気乗りがしなかっ…

ある新聞記者の歩み 16  外交のおもしろさ実感 カップ麺で空腹しのいで原稿打電も…

元毎日新聞記者の佐々木さんのオーラルヒストリー第16回です。前回は、大蔵省より実は人気だっ…

ある新聞記者の歩み 15 若くしてひとり地方に降り立ち、もまれて育つキャリア官僚

元毎日新聞佐々木宏人さんのオーラルヒストリー第15回です。前回は、経済部から政治部に移って…

ある新聞記者の歩み 14 激動の日々の記憶に残る政治家群像

元毎日新聞記者佐々木宏人さんからの聞き書きの14回目です。前回お伝えしたように、佐々木さん…

ある新聞記者の歩み 13  会社“倒産”!それでも新聞記者で生きる。

元毎日新聞記者佐々木宏人さんからの聞き書きも13回目となり、前回から政治部の時代に入りました。しかしこの時期、毎日新聞社は、大変な経営危機に見舞われ財界などの支援を受け、倒産を回避する「新旧分離」という荒治療によって危機を乗り越えます。経済部から政治部への転身と同時に会社勤めの“サラリーマン”として、どうやって危機を乗り越えたのでしょうか。政局によって大きく動きが変わる政治部は経済部とまったく違う文化の政治部で活躍する佐々木さんですが、どうそれに対処していったのか。「まあ、そ

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