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選んでいるのか選ばされているのか|長堀 紀子

ここでは女子の進路選択について考えてみたい。

日本の大学/大学院における専攻分野別の男女差を見てみると、人文科学、薬学・看護においては、女性が6割以上を占めており、逆に、理学では男性が7割、工学では男性が8割以上を占めている。みなさんは、このデータについてどう思われるだろうか?「当たり前?」「不思議?」。

この“理工系分野に女性が極端に少ない状況”が問題であるとし、科学技術分野への女性の参画を促進するため、あるいは、大学等研究機関における女性研究者の活躍を推進するために、全国の大学等において様々な取組が行われている。

例えば、大学の研究環境を女性研究者「も」働きやすいように改善する、女性研究者向けリーダー育成プログラムや女子中高生の理系進路選択を応援するためのイベントの実施などである。

近年は、企業でも女性研究者/技術者の獲得と定着に向けて、職場環境改善や女子学生向け奨学金、中高生向けイベントの実施等の取組が行われている。

さて、「理工系分野に女性が少ないのは問題である」という見方に対して、「女性が自分で選んだのだから仕方ない」「個人の選択の結果なのに何が問題なの?」という意見があげられることも少なくはない。

確かに、ひとりひとりは、その時自分が置かれた状況の中で、実際に選ぶことが可能なベストな選択をしているに過ぎない。問題は、その「その時自分がおかれた状況」自体に、差別的な環境が含まれていないか、本当に公平なものであるかどうか、である。

以下、いくつかの調査研究の事例をもとに、見てみよう。

進路選択は、生徒本人の興味関心にのみによって行われているわけではない。本人の意識に加え、家庭、学校、地域、メディアといった外部要因の影響を受けている。

特に、大学進学時の進路選択に影響を与えた人物としては、文系理系を問わず両親の影響が大きく、特に理系選択に関しては、男性に対しては父親、女性に対しては父親母親両方の影響が大きい。また、男子と比べて女子の方が、周囲からの影響を多く受けている。

実際に理系進学した人に対して「両親が望んでいた職業のタイプ」を質問したところ、理系男性の親は、理工系・技術系の仕事を望む傾向が強いのに対し、理系女性の親は、資格や免許のいる仕事、専門的な仕事を望む傾向が強かった。これは、実際に女性が多く働いており、ライフイベントとの両立ができて働き続けやすい/再就職しやすい職業としての看護師や薬剤師を想定してのことと考えられる。実際、薬学・看護等分野の学部における女性割合はおよそ7割と極めて高い。

このように、親からの期待における男女差は、将来の職業イメージを反映しており、理工系・技術系の仕事では女性が働きにくい(と親/社会が認識している)ことの現れとも言えよう。



進学者本人の興味関心についてはどうだろうか?

様々な研究により、日本の小中学生の女子の理科の学力は男子と変わらないが、理科の関心は男子より低く、その差は学年が上がるにつれて大きくなるととが示されている。

それは何故だろうか?もちろん複合的な理由ではあるが、例えば、中学校の理科の実験の授業で、男女混合のグループでは男子が中心的な役割を担い、女子が補助的な役割を担うことが多いことが観察されている。さらに男子には自信や虚勢が見られたが、逆に女子には自信のなさが見られた。

別の質問紙調査では、理科の実験で「実験の中心」となった男子は40%近くいるが女子は20%程度だった。「先生は私が理科で良い成績をとれると期待している」という質問に対しては、そう思うと答えた女子は、中1、2年で7%程度、男子は16%程度と違いがある。このように、同じ空間にいても男子と女子で別の経験をしており、このような経験の蓄積が、女子の理科への消極性に関わっているのではないか。

さらに、家庭においても、女子は男子よりも、将来科学技術職に就くことに対する親からの期待を感じていない。なお「冷蔵庫やクーラーは何故冷えるのか」等、日常の科学的事象に対する関心には男女差はなかった。



上に述べたように、進路選択においては、本人の意識に加えて家庭や学校からの影響が大きいが、その影響は、現に社会が持っているステレオタイプ「理系=男性」「女性は数学に弱い」を反映しているに過ぎない。

例えば、数学の試験の前に「数学は天賦の才能である」と教えられると、女子生徒の成績が悪くなる。あるいは、試験前に「この試験の結果には性差がある」と伝えられた場合に女子の成績が悪くなるが、「この試験の結果には性差が無かった」と伝えられた場合には成績の男女差が見られなかったという調査結果がある。

このことは、ステレオタイプ脅威が個人の能力発揮を妨げること、また、社会に「女性は数学に弱い」というステレオタイプが強固に存在することを示しているといえよう。


数学の成績の男女差について、OECDによる国際的な学力調査(PISA)においては、日本の女子生徒の数学の平均点は、OECD諸国の平均より高いが、日本の男子と比べると若干低い(2015年データ)。

さらに、この調査において学習や学力に関する意識を調べたのだが、数学に対する不安を持つものは女子に多かった。また、成績上位者のうち、数学に対する自信が同じ男女で比較すると得点差は見られなかった。

つまり、女性の理系進路選択を促進するために、ステレオタイプの影響をやわらげ、女子の理数系科目に対する自信をはぐくみ、さらに興味関心を引き出す工夫をする等、社会の側が取り組めることはたくさんあるということだ。

ここまで「女子の理系進路選択」についての話題を取り上げたが、教育とジェンダーについては、まだ多くの課題があると思われる。

地域の小学校では、最近ようやく男女混合名簿が採用されたところだが、学校教育の中では、日常的な教師とのやりとりや態度、あるいは「男子が先、女子は後」のような慣習などの隠れたカリキュラムによって、男性優位のメッセージを生徒に伝達していることも多いであろう。

「男子も家庭科を学ぶ」「女子なのに数学が得意」など、言った本人は肯定的なつもりでも、ステレオタイプに基づいた発言がむしろ悪影響を及ぼす場合がある。中高生を対象とした実験では、数学の試験で良い成績をとった後に教師が「女子なのにすごいね」と褒めた場合には、数学の学習意欲が低下したという結果もある。

みなさんは「選んでいるのか選ばされているのか」について、どう思われますか?


参考資料

1.内閣府男女共同参画局 令和2年版男女用同参画白書
2.経済産業省 平成27年度産業技術調査事業「産業界の人材ニーズに応じた理工系人材育成のための実態調査」
3.内閣府 平成29年度「女子生徒等の理工系進路選択支援に向けた生徒等の意識に関する調査研究」
4.隠岐さや香「文系と理系はなぜ分かれたのか」
5.医学部入試差別問題を考える:女子生徒の数学苦手意識は植え付けられたものである 
6.「女子は理系に不向き」日本に巣くうジェンダーの呪いを解くために 
7.河野銀子「女子高生の「文」「理」選択の実態と課題」
8.森永康子「女性は数学が苦手」―ステレオタイプの影響について考える
9.クロード・スティール「ステレオタイプの科学」

長堀紀子(北海道大学人材育成本部ダイバーシティ研究環境推進室 特任教授)

プロフィール

プロフィール
理系の博士号を取得後、ライフサイエンスの研究、産学連携・バイオベンチャー支援、研究人材育成・女性研究者のキャリア開発に携わる。現在大学教員として働きながらバイオベンチャーを兼業中。趣味は子育て。

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