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小さな拠点・移住|海を臨み田畑と暮らす、人生の楽土。探求を続け、歩み続ける松尾さんの物語。

京都市と宮津市日置での二拠点生活を謳歌し、自ら求める農の在り方を追求している松尾吉高さん。「自分の考える道を実践していくのって楽しいけど、最近それって自己満足でしょ?っていう気がしていてね、少しでも地域に何かを残したい、貢献していきたいっていう気持ちが強くなったんだ」

農と出会い、地域と出会い、人と出会い変化し続ける松尾さん。その思いと、この先に描くストーリーを伺いました。

はじまりは或る夏の日。汗を流して得たものは何ものにも代えがたい。

「まだ会社員だったときにね、父親の代わりに実家の庭木を整えた。暑い暑い夏の日でさ、盛大に汗をかいた。夜に父親が労ってビールをついでくれて、枝豆を食べたんだよ。そしたらそれがとにかく美味い!夜も部活の合宿みたいに爆睡して、翌朝はバッチリ快便でね、これだ、このリズムだ!って思ったわけ」

呵呵と笑い、快活に話す松尾さん。松尾さんは現在69歳。京都市内にある自宅と、宮津市日置の拠点を行き来して暮らし、都市と自然サイクルの中での暮らしを実現するラーバニスト。(ラーバンは、農村・田園を意味する「ルーラル」と、都市を意味する「アーバン」を組み合わせた言葉。ラーバニストは、都市にこだわらず、都市から農村への移住や、都市にも農村にも拠点を置いて自然のサイクルの中で暮らしを考える人のこと)

松尾吉高さん。惚れ込んだ景観を臨むご自宅のテラスにて

「50代になろうってときに、自分の人生について考えてみたんですよ。そうしたら残りの人生20年か30年。会社にしがみついていても先が見えてるなって思った。そんなときにこの夏の体験をして、このリズムが非常に心地よかった。汗を流して働いて美味い物を食うってのはとにかく健康に良い。そのとき、農業をしようって思い立ったんです」

一念発起した松尾さんは、当初独学で農を学び実践。その後、橋本力男氏の堆肥セミナーや、社会人向け週末農学校スモールファーマーズで農を学びました。

「橋本さんに学んで、畑の中の微生物がいかに作用するのかってことを聞いて、もう目からウロコ!そうだったのか!って感動したよ。その後スモールファーマーズでも有機栽培を座学と実践で学んで、色々とシンクロすることが多くてね。ますます堆肥や農に興味が沸いて、もう老後にやることはこれだ!って決めたんだ」

そう思ったら即行動。
「はじめは京都市内でちまちまとやってたんだけどね、堆肥をつくろうと思ったら落ち葉を集めたりして広い場所がいる。更に作ったものをすぐ食べられるような場所はないかっていうのと、もともと“海を見ながら死にたい”っていう浪漫があって。そんな土地を探して探して、宮津にたどり着いたんだ。海も釣りも好きだしね、海の見える絶景の畑なんて、他にはないでしょ?」

ひと目で惚れ込んだ土地は10年以上の放棄地。所有者との交渉の末、畑と海を見下ろす絶景の家を建て、松尾さんのラーバン生活がはじまりました。

田畑の緑と空と海の青が隣接する絶景

「でもね、さぁ移住だって思ったとき取れた大きな仕事の影響で、結局会社員を続けることになってしまって。それが55歳のとき。もちろん仕事はしっかりやったけど、代わりに週休4日をくれって上司に交渉したよ!」
金曜の夜に東京を出て新幹線で京都へ。そこから宮津に行き3日滞在、4日目の朝にまた東京に戻る生活。「それが63歳まで続いてね、まぁいわゆる半農半Xかな」

長距離移動も、仕事との並行も大変だったのでは?と尋ねると「でもまぁ、リタイア後の夢のある生活の準備って思うと疲れも感じないし、会社で僕のつくった野菜を売ったりね、色々楽しかったよ。それに営業職だったらから、週末には関西のお客さんのアポを入れたりしてさ、みんなも週末は関西に行くんだろ?っていう空気でね、それも面白かった」と茶目っ気たっぷりに笑う松尾さんなのでした。


探求、研究、追求。自分が知らないことを知ることは、とにかく気持ちが良い。

朝は5時に起床、3時間ほど畑仕事をして、昼食の後にはちょっと昼寝。夕方にまた2時間ほど畑に向かいます。
「今は1.5反くらいの広さで野菜と米、それと果樹を少量多品種でやってる。作業は多くて忙しいけど毎日やることがあるってのは幸せなこと」

忙しいとストレスもあるのでは?と聞くと「前の日にね、明日やることを考えるんだ。でも考えたことの半分くらいしかできない。それで作業がたまってくるんだよね。それがストレスと言えばストレス笑。でも、最近そんな自分を見て“何をあくせくやってるの”ってささやく自分もいてね」と、自分との問答を教えてくれました。
そうやって自分に問かけると、あくせくしなくなりますか?という問いには「いや、気になるよ笑」とあっけらかんと答えが返ってくるのでした。

要るものは何でも揃っている、という松尾さんの魅力的な道具小屋

そんな松尾さんが今探求しているのが“無肥料”。「スモールファーマーズで勉強して、農薬を使わないってのはもう当たり前。次の段階で無肥料での栽培ができないかなって考えてる。」

成果は出そうですか?と聞くと「うーん、病気にはならないけど、実がまだ小さいね。堆肥は入れてるけど、それだけではまだ追いついてない感じがしてる。売るためにやってることじゃなくて、自分がとことん追求していきたいって思うからやってるんだけどね、まぁ、僕もまだまだ人間ができてないから、何とかもう少し大きく育ってくれないかなって思ってしまうし、思わず肥料に手が伸びそうになっちゃう笑」とカラリと笑います。

松尾さんの堆肥作り
「落ち葉メインで、タダで手に入る資材でできる絶品堆肥だよ」と松尾さん

「果樹栽培、おもしろいよ」という松尾さんの畑には、梨や桃、柿に栗、とたくさんの果樹があります。「果樹のことは習いにも行ったけど、後は本を読みながらの独学。米は長野の竹内孝功先生の“無農薬水稲栽培コース”があって、そこに1年通って勉強した。あれは良かったよ!」という松尾さん。気になったこと、分からないことは日本中どこにでも飛んでいき学び、納得できるまで追求するのが松尾スタイルです。

「勉強するとね、自分がいかに無知だったかを知っていくでしょ。知らないことを知っていくっていうのは気持ちが良い。だから僕は勉強するんだ」と“しなやかな頑固さ”を覗かせるのでした。

松尾さんの田んぼ。ミネラルたっぷりの水で育つ米は粘り気があって、冷めても美味しいんだよ!と松尾さんからの太鼓判
そして秋、松尾さんから届いた実りの便り。奥様の収穫風景

宮津での暮らし、人とつながり、人をつなぐ。

これまでと違う土地での暮らし、すぐ馴染めましたか?と伺うと「ここに来た頃、僕の畑作業を見ていたおばあさんがいてね、挨拶して少し話してるうちに、そのおばあさんが僕がやってることに興味をもってくれて、どんどん話ができた。おかげで地域の人につながっていくことができた。ありがたいよね」と松尾さんは言います。

「だからね、挨拶することは本当に大事。新しい土地で、自分の力だけで何でもできるわけじゃない。これから移住しようって思ってる人には、僕はちゃんと挨拶することを大事にしてほしい」

地域の人たちは、僕たちのことをちゃんと見てくれてる、と言う松尾さん。若い人のガムシャラなところも、コミュニケーションを通してちゃんと受け入れてもらえるし、喜んでもらえるのだと言います。

「ここは本当に良いところ。だから一人でも多くの人に宮津、日置に来てもらって農業をしてほしいって思ってる」
特に、松尾さん自身が学んだスモールファーマーズの人たちと一緒に農業をやりたいと思っているのだそう。
「海も本当にきれいで近い。海が好きな人はぜひ来てほしいなぁ!」

そんな松尾さんの声に応えた人がいます。
スモールファーマーズの卒業生、安藤さん。第二の人生を考え、候補地を巡っていたときに宮津の海と畑の美しさに惹かれ松尾さんに相談したところ、地域で信頼できる不動産屋さんを紹介していただいたそう。
今は宮津でマンションを借りての二拠点生活をスタートさせています。

松尾さんと安藤さん。立ち話の話題はもちろん「農」

「地主さんにも繋いでもらえて、畑を借りることもできました。何と小屋付き!」と安藤さん。「その地主さんが新しいことが好きな人でね、綿マルチっていうのを田んぼで実験したりしてて、僕自身もまだまだ新しいことを知るチャンスになってる」

綿マルチに覆われた地主さんの田んぼ

そんな安藤さん、暮らしのスタイルはまだまだ模索中だと言います。
「今は良いけど、80歳くらいになったらまた町に戻るかも知れないね。生活環境が高齢になったときにどうなんだろう…って。だから自分が動ける時間を過ごす場所をしっかり選んで楽しんでいきたいって思ってますよ」


新しい役割を担って、地域に何かを残したい。目の前に広がった新しい道。

宮津という土地で、自分自身を探求し続ける松尾さん。「でもね、実は今ちょっと虚しさを感じていて、自分の考える道を実践していくのは楽しいけど“それって自己満足でしょ?”っていう気がしてるんだよね」

宮津に惚れ込んでから約10年。「残りの人生を考えたときに、少しでも地域に何かを残したい、貢献していきたい」っていう気持ちが強くなっていってた」そんなとき、ある出会いがありました。

それが、オリーブ。

「宮津も高齢化が進んで、耕作放棄地が増えてきてる。それで市が力を入れてやろうって言ってるのがオリーブ栽培。仲間40人ほどで、これまでに4,500本くらい植えたよ」
松尾さん自身も野菜、米、果樹に加えて、オリーブの栽培に取り組んでいます。
「最初、僕のところに来た話は自治会の副会長をやってくれないかっていう話だったんだけど、よくよく聞いていくとオリーブの話が出てきてさ、それを是非やらせてくれって言って、今は僕自身もオリーブを栽培しならがら、宮津オリーブ生産者の会っていうところで会計や商品開発をやってるよ」

松尾さんのオリーブ畑。木の間隔も剪定も、探求に探求を重ねた賜物です

「元々は生産者が個々バラバラで動いてたんだけど、宮津オリーブ生産者の会を市が立ち上げてからは、組織として品質管理や販路開拓をしていこうって動いてる。僕のメインテーマは販路開拓だね」そう話す松尾さん、実は会社員時代は第一線で働く商社マン。

「商品開発もまだまだこれから。今は収穫量の3分の2はオイルに、3分の1は茶葉とかクッキー、それに新漬。あとは障害事業所の人たちがビスコッティをつくったりね。
でもまだまだ採算ラインには乗ってないね。今は4,500本だけど、採算ラインに乗せようと思ったら数万の木が必要。まだ道半ばだよ」と経験豊富な商社マンの顔を覗かせます。

オリーブの葉でつくったオリーブ茶。さわやかな口当たり

「今の栽培の担い手は、高齢の人が多い。万単位の木を植えたとしても、その先で誰が栽培を引き継いでいくのかっていうことが課題。若い人たちの誘致も育成もとっても大事だからね。僕はイタリアまで栽培研修に行って、イタリアと日本の土の違いも見てきた。剪定のやり方も、ちゃんと日本の風土にあったやり方があるんだ。そういうことを僕は若い人たちにしっかり伝えていきたいって思ってる」

熱い思い、若者たちに届きそうですか?と聞くと「今は、地域おこし協力隊で来てくれた人たちにも教えて、託していってるよ。でもみんな生活や人生があるからね。僕たちの都合じゃなくて、相手のペースにあわせながらじっくりじっくりやってるよ」

飽くなき探求心と人を思う気持ち、人生を楽しむ心。自分の変化を楽しみ、人とのつながりを尊ぶ松尾さんは、宮津での暮らしを「楽園」と言います。
そんな宮津の暮らしを伝えるために、最後にメッセージをいただけますか?とお願いすると、真っ先にこの言葉が飛び出しました。

「宮津で一緒にオリーブ栽培やりましょう!」

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レポートする人
今井幸世さん

2021年の夏から野菜づくりの勉強を始める。はじめての土、はじめての野菜、これまで想像もしなかったたくさんの経験と自然のふしぎを通じて、環境と状況の中にある自分を発見。自然の摂理に沿って生き、はたらき、出会い、食べる暮らしを目指し自給農に挑戦中。


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