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Beside | Ep.9 戦闘準備

Beside-あなたと私のためのベットサイドストーリー

戦闘準備を開始せよ。それぞれの明日のために。

chap.1

結局降りそうで降らなかった雪。翌朝日曜は打って変わって快晴だった。2月が過ぎていった記憶はさっぱりないが、どうやらカレンダーは3月の準備をし始めているようだ。年々時間が過ぎるスピードが早くなっている。時間が《《過ぎている》》と言うこと自体も怪しい。マジメな話、タイムスリップしてるんじゃないかと疑う朝も数回ある。

ー天気いいから…会社いこかな

典型的なワークホリック。この場合、雨が降っていても同じことを思うのだろう。良く言えばそれほど熱中している、この仕事に。悪く言えば俺の人生はそれ以外にやることを見つけられてないのかもしれない。没頭できる何かがあれば、俺はそれでいいんだろう。選んだ仕事が当たりだった。その事自体で幸運を使い切っているのかもしれないなと思った時、ポケットのスマホが振動した。

新着メッセージ1件

ーユンギヤ
ー金曜は私が悪かった。ごめん
ー明日から戦闘準備に入るので引き続きフォローお願いします
ー暇だからって仕事しないでゆっくり休んでよ
ーbye

口元が緩む。なんでわかるんだよ。戦闘準備って相変わらず頼もしいやつ。丸一日反応が無かったからまだ怒ってるのかと思ってたけど、どうやらモードの切り替えが済んだようだ。《《闘志》》のインストールでも終わったのか?なんでも良いけど、散々この世の終わりのように凹んだ後も、そうやって何度でも立ち向かっていけるのがアミのすごいところだ。本人はその事について何にも自覚がないようだけど、誰にでもできることじゃない。

ー簡単に手放しちゃいけない、大切なものは。

ホソクの言葉が浮かぶ。あいつは時々、本質的なことを言うから困る。
これから俺が選ぼうとしてる道は、果たしてどっちの結果になるんだろうか。

ユンギがしばし解けない問題に集中している時、再度スマホが振動した。今度は着信である。

「もしもし、かーさん?」
「うん、今日休みだけど、なんかあった?」
「…え?わかった、すぐに向かうよ。」

chap.2

「え?今日ユンギ休み?」
「はい、先ほど連絡ありました。」

月曜日、思ったよりもスッキリした感じで出勤してきた先輩に、ユンギメンターからの伝言を伝える。ジョングクはユンギ直属のチーム所属のため、上長不在の場合は、隣のチームのアミに繋ぐよう指示されていた。

「珍しいな。でもあいつの場合、代休も有給も消化率悪そうだからちょうど良いか。」
「今日はよろしくお願いします。」

「おはようございます」
「あ、テヒョンア、おはよう!あーいきなりだけど、金曜はごめん。」

テヒョンが来るなり、アミが謝罪を始める。後輩にも潔く謝るんだなと少し驚く。僕は直接現場を見ていたわけでは無かったけど、あの後テヒョンが立ち直るまでユンギが辛抱強くフォローしていたし、その後きっとヒョンはアミさんのフォローに向かったんだと思う。物静かでいつもクールに見えるヒョンだけど、どれだけ自分が忙しくても、常に周りに気を配っているのがわかる。僕はそういうところを心から尊敬している。

「…あ、そんな、僕は大丈夫です。それより、ユンギヒョンとアミさんが仲直りしてたらいいなって」
「いや、全部、私が悪かったんだ。ほんとにごめんな。ユンギとはいつもあんな感じだし。心配させてごめん。」

僕のことは気にしないでと笑う2個上のイケメンは、今日も朝からイケメンである。
この流れで朝礼となり、アミさんからも伝達事項が告げられた。

「聞いてると思うけど、来月のカンファレンスで2人は研修に参加する。そこで各支社に出された事前課題のプレゼンテーションがある。今日から準備を始めたいと思う。」
「はい、わかりました」
「2人とも一緒にスタートだ。いいか、正直研修だからだるいなとか思ってるとられるぞ。各自戦闘に備えるように。準備開始!」

研修アサイン初めての出張でうかれていたけれど、もしかして、物騒な所に連れて行かれるのかもしれない。俄然不安になりながらも、Yes, Sirと答える。どうやら僕たちにとっては、新しい1週間が始まったみたいだ。

chap.3

ーどうして俺は今、このクソ忙しい月曜日に、ここでポケモンを見ることになっているのか、誰か100文字以内で説明してくれると嬉しい。

「なぁくまモンて出るのか?」
「出るわけねーじゃん!ユンギ!ポップコーン買ってな!」

「え…くまモン、出ないの?ポケモンなのに?」
「出ないってば。ユンギ、コーラも!」

「…わかったよ。ポップコーンとコーラ買っとくから先にトイレ行っとけよ」

ポケモンにくまモンは出ないらしい。非常に残念である。開始10分で寝るかもしれないなと諦め、売店に並んだ。キャラメルと塩バターだったらどっちがいいだろうか。

chap.4

BT.Co ジャパン支社のプレゼン練習戦闘準備が始まった。まずは全支社に出されている共通課題お題のインプットをして、僕たちで草案を準備する。今年の課題は、アジア2地点でビジネスを展開する仮想企業A社に対して、自分達の支社がある国への進出プランと事業提案である。自由度が高い分、料理の仕方に自分達の色を出しやすいが、うまくまとめていけるだろうか。

「ご清聴、ありがとうございました」

とりあえず持ってきたものを発表してみる。
アミが感想を率直に述べた。

「勝てない。」
「え?」
「これじゃシンガポール支社の奴らに勝てない!」
「ヒィっ」

すごい剣幕である。今日は練習初日では無かったか。僕たちはこれから戦にでも行くのだろうか。

「非常に個人的な理由で申し訳ないが、シンガポール支社には絶対に負けられない理由がある」
「…ぜったいに?」
「絶対にだ!」

君たちのアフター5はしばらく預からせてもらうと告げたアミ先輩の目には、青色の炎が宿っていた。どうやら僕たちの研修は何か重要な意味があるらしい。それが何かはまだわからないけど。

chap.5

アミの目に宿った青白い炎の意味を後輩たちが考えあぐねている頃
ユンギは泣いていた。

ーくそ、油断した。すげー泣けるじゃねーか、ポケモン。マジでいい話だった。くまモンでないなら即寝ようと思ったのに。

「ユンギ泣いてやんの〜男なのに、カッコわり」
「男とか女とか関係あるか。お前若いくせに考えが古いぞ」
「だってかーさんが、おにーちゃんは泣くなって…」
「泣きたい時に泣いとけ。我慢したって背伸びねえぞ」
「…。」

この生意気なガキーソヒョンは兄のところの長男で9歳。隣の県から1人でここまでよく来れたものだと感心するが、結局帰り方がわからなくなり、警察に保護されていた。兄夫婦はまさに第3子のために里帰り中で、ソヒョンは祖父母の家に預けられているところだった。血相を変えた母さんから代わりに迎えに行ってやってくれと電話があったのが昨日。ついでに今日も面倒を見ろと言われて今に至る。息子の有給休暇をなんだと思っているのかとも思ったが、こうでもしないと消化できないかもしれない。それにしても、いつの間にこんなにでかくなったんだ?こうやって甥っ子がいつの間にか赤ん坊から小学生になっていると言うのも、タイムスリップを疑う要因だ。
映画が終わったので、公園でアイスでも食べることにする。ついでに家出少年の冒険記でも聞いてみようか。

「なぁソヒョナ?どうして家出したんだ?」
「俺はもうオトナだから、ひとりで冒険できることをしょーめいしてた」
「で、どーだった?」
「世界は…広いってことがわかったぜ…。気づいたらここがどこだかわからなくなっていた…あそこは魔法の街かもしれないぞ!」
「それを迷子って言うんだよ。お巡りさんに保護されてるようじゃ、まだまだ修行が足りないな。」
「ちぇ。次こそはもっと…」
「それに、かーさんを泣かせてるようじゃ、いつまでも半人前だ。」
「…。」

兄弟が生まれる時、それが何回目であろうと、先に生まれた方は動揺するようだ。所謂赤ちゃん返りをしたり、気を引こうとしたり、逆に妙に大人ぶって、親の手が不要なことを証明しようとしたりするらしい。母親を占領して自分を優先順位の最上位に置こうと画策するのは、動物の生存本能というが、ソヒョンも何か本能的なものに駆り立てられたんだろうか。その結果として個人的な大冒険時代を幕開けるとは、子供の行動力は大したものだ。

「実は俺もなー…冒険の旅に出ろってボスから言われてんだ」
「おぉ?!ユンギすげー!どこに行くんだ?!」
「隣の国にしばらく行って、仲間を助けることになる」
「ヤー!ユンギ!俺も連れてってくれ!!」
「一人前になったらな」
「ずるいぞ、俺も行きたい!ユンギは、誰も泣かせてないってのかよ!」
「当たり前だ。」

ー誰も泣かせてはない。泣かせたくない人はいるけどな。

新支社の立ち上げがあるとソクジンから聞かされたのは去年の年末だ。場所はソウル。アジア各支社からプロジェクトメンバーを選出することになっており、ジャパン支社からは俺を推薦したいという話だった。立ち上げが終わったらまたジャパンに引き戻す予定だとナムジュンがいう。もちろん俺の意向を尊重すると、いつもの思いやりを添えるのを忘れない。自分のキャリアパスにとっては他にないくらい最高のオファーだった。俺の他に候補がいるわけでもないから、ゆっくり返事してもらって構わないとソクジンがいう。彼はいつもの笑顔でチャーミングに話してはいるが、俺がYES以外を持ってこないという自信が垣間見える。その予想は少なからず当たっていることに、少し恥ずかしくもあり、甘えたくもなる。今の部署のことも考えたい、という適当な理由を告げて執行猶予をもらう。頷く2人のボスにはとっくにバレているだろう。本当は何のための時間稼ぎなのかを。付き合いが長い分、余計なことも風通しが良い。気恥ずかしいが仕方のないことだ。お互いの信頼の厚さとして受け取ることとする。

冒険は母さんを泣かせない範囲でやるとソヒョンに約束させて、甥っ子を実家まで送り届けた。

ー次は、俺の番か

chap.6

最近固定客がついてきたホソクの店も、月曜の夜はお客さんもまばらだ。しばらく定時上がりの常連客を捌いた後は、この店もゆっくりとした時間が過ぎる。一息つこうと時計を見ると、そろそろジミンのシフトが終わる時間だった。

「あれ、そういえばジミナ、来週にはもう出発しちゃう?」
「はい、シフト空けちゃってすみません」
「いいのいいの、初めからその約束だったし。公演はどこまわるんだっけ?」
「結構色々、アジア一周です。トータルで2週間くらいかな?」
「それはそれは成長できそうな旅だね。頑張ってね。今日もおつかれ様。」

可愛い子には旅をさせよとはよく言ったものだ。ダンサーの卵にとって移動を伴う講演は最もプロ意識を試されるいい機会になるだろう。外部環境が目まぐるしく変わっても、体と心のコンディションを一定に保ち、怪我なく帰ってこれるか。(そうそう、僕も昔少しだけダンサーを職業にしていたんだよ。まぁこの話はどこかのスピンオフで書いてもらうことにしよう)そういえば、アミちゃんたちももうすぐ出張だったような。みんなあちこちを飛び回って羨ましい。飲食店の長期休暇はなかなか取りにくいものだが、たまには計画しようかななどと考えていた時、見慣れた顔がふらと現れた。

「わぁ、いらっしゃい!」
「おー」
「って、え?今日、月曜日ですよ?!珍し!ヒョンついに仕事辞めたとか?!」
「いや、辞めてねえよ。」

今日はたまたま仕事を休まざるを得なかったと言って、私服のユンギがカウンターに座った。

「えー?迷子の甥っ子を保護して1日保護者してたの?!それは大変でしたね。仕事大丈夫だったんですか。」
「まぁ、アミに任せてるし。大丈夫だろ。」

金曜日とは打って変わってご機嫌だ。何があったのか根掘り葉掘り聞いてやろうと思った時、帰りがけのジミンがこちらを見つめていた。否、あれは睨んでいると言った方が適切な表情をしている。あぁ、この人…ヌナのこといつもいじめてるやつか、とでも言いたそうな顔をして。ここでホソクは気づく。そうか、この2人はまだ未対面だった。そして思う。今会うのはなんかまずい気がする。

「ホバ、ポケモンの映画見たことあるか?」
「あー多分小さい時に見たことあります」

(ジミナっ、は、や、く、あ、が、れ!)

「今日甥っ子に付き合って初めて映画見たんだけどさ」

(え、ホソギヒョン何? な、ん、て、いっ、て、る、の?)

「なんでかすげー泣けたんだよ…それでさ…」

(は、や、く、あ、が、れ!!)

「やっぱ冒険しないとダメだよなっとか考えちゃって、って…ホバなんだよそのポーズ」

ジミンへの渾身のジェスチャー。よし、帰った。

「あ、えっと、ポケモンにいるでしょ?なんだっけ、ラプモン?の真似ですよ」
「アー?そんなのいたか?まぁ、てことで、俺も冒険に出ることにするわ。ラプモン探しに。」

ホソクの必死の努力でなんとか危機が過ぎ去った時、ユンギのスマホが鳴った。電話の相手は必死な様子だ。これじゃぁ勝てないだとか、ヤバい状態だとか、軟禁していいかとか、傍目には物騒な単語が聞こえてくる。電話の主は静かに微笑んでいる。アミの好きにしていいと伝える声はこの数日でどうしてこんなに甘くなったのか。きっと当のアミちゃんには聞こえてないだろうけど、その声を聞いて普通でいられるのはあなたくらいですよ。

「今ホバの店にいるから、騒いでないでみんなで来たら?うん。オー、わかった。じゃあな。」

今夜は急遽ここで作戦会議が開かれることになったようだ。急いで3人分の来店準備をしよう。

「いつの間に仲直りしたの?」
「さぁな。初めから喧嘩なんてしてないけどな」

よく言うよ、このヒョンは。そんな甘い笑顔で、嬉しそうにしちゃって。
月曜日の夜は思いがけず、賑やかに更けていった。

chap.7

プレゼン特訓も2週目。いよいよ時間も無くなってきたが、業務の合間をぬってやった割には、なんとか形らしいものは見えてきている。

「ジョングガ、提示データがよくなってる。」
「ありがとうございま…」
「ただ、提案内容が全く面白くない。教科書を見てるかのような案で新鮮さがカケラもない。」
(…っ!)

「テヒョンア、お前のアイディアは斬新だ」
「ありがとうございま…」
「ただ、斬新すぎてエビデンスに欠ける。それじゃなんとなく僕がいいと思ったからです、の域を出ていない」
(…っ!)

ドストレートなフィードバックには息を呑むしかできないものだ。どうしようと項垂れる2人。ここ数日はこの繰り返しである。内容は悪くないしそろそろまとめに入りたいところだ。だけどその前に、後1歩、気付いて欲しいことがある。一般的な手直しやプレゼンのお作法についてはもう教えることはない。あとは提案内容をどうまとめ上げていくか、2人の、ひいては支社の実力が問われる部分である。どんな問題を提起して、それをどんな側面で切り砕いていくか。私たちだからできる解決策ソリューションは何か。それはどんな展望プランで実現されるのか。

「ヒョン何かいい案ありますか…。僕データだけはこんなに揃ってます。」
「アイディアはたくさんあるんだけど俺は話をまとめるのに時間がかかるんだよ…」

そう、ジョングクは正確なリサーチ力。テヒョンは意表をつくアイディア。2人ともそれぞれに得意な分野がある。しばしカンファレンスルームの入り口で2人の動向を見守っていたが、これが非常にもどかしい。そろそろ時間切れか?流石にもう最終案を決めなければならない。痺れを切らし「だから2人の良いところをさ!」と言いかけた時、後ろから止められた。半ば強引に口を塞がれて。

「アミ、ストップ。」
(っ!?)

耳元で響く声。ここ7年毎日のように聞いていた声。
部長と話があるから、先にプレゼン練習始めていてと言っていたけど、もう終わったのか。

「その先は、2人が自分たちで気づくべきところだ。もう少しだけ考える時間あげよう。お前の言いたいことはわかるし、間違ってないと思うから。」

わかった、わかったけど、なんでそんなに近い。
肩越しに感じる重み。ユンギの長い指が見える。何かあったの?

「わかったけど、ユンギヤ、なんでそんなに近い…」
離れようとしたのに、逆に腕を引かれてしまう。これじゃぁまるで、後ろから抱きしめられてるみたいじゃないか。

「さぁ、なんでかな」

ワイシャツ越しに体温を感じる。首の後ろに、いつも少しだけ曲がっているネクタイがあたる。
吐息が耳にかかる距離で、少し甘くて、切ない声で、もう我慢できないとでもいうように、ユンギが言った。

「頑張ってるアミが可愛いから、離したくなくなった。」

ー今なんて…?

予想外の情報がインプットされれば、機械だってエラーになる。どれくらいそうしていただろう。しばらくの後、優しい拘束が解かれた。フリーズしている私を確かめるように、こちらを覗き込んだあと、フッと笑って離れていく。なんでもない、と言いながら。もしかしてこのうるさい音は、私の心臓の音だろうか。落ち着け、練習に戻らないと。一旦忘れよう、《《いつも通り》》にしよう。
ユンギは後輩2人の元へ合流し、話し始める。見事なポーカーフェイスとはこのことを言うのだろう。さっきまで後ろでどんな顔をしていたかはわからないけれど。

「テヒョンア、ジョングガ、いい感じだぞ。よく頑張ってる。1人ですべてをカバーする必要はない。俺たちはチームだ。それぞれが得意なところで120%力を発揮すればいい。」
「チーム…?」
「個人を寄せ集めたアウトプットは、1×1で1にしかならないが、各自が得意な役割を果たせば、チームとしてのアウトプットは1.2×1.2=1.44。0.44の差分。この差で勝つぞ?」

さすが、マネージャーのアドバイスは2人に効果的に働いたようだ。ジョングクのデータを使ってテヒョンのアイディアを構築していこうという結論を掴み取れたようだ。そう、その調子。個人戦じゃなく、チーム戦でなら、いつどんな状況だって、絶対に前に進んでいける。

カンファレンス本番まであと5日。
ねえユンギ。勝ちに行こうよ。あの時コテンパにやられた、自分達に。

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