見出し画像

人間の力を信じたくなる本と音楽

本日はクリスマス。いよいよ今年も残りわずかになってきました。

この1年を振り返ると、「人間の力を信じたい」という機運が少しずつ高まってきているのではないかと思います。

先日、そんな現象を象徴しているような1冊の本に出会いました。
『くらしのアナキズム』(松村圭一郎著、ミシマ社)です。

この本、私が買った時点では帯にあるように「1万部突破」(3刷)でしたが、その後6刷まで版を重ねているということで、ささやかながら「話題の書」と言っていいでしょう。全国紙の書評でも取り上げられています。

私が驚いたのは「この内容が受け入れられているのか!」ということでした。著者の松村さんは1975年生まれ。文化人類学を専門とする岡山大学文学部の准教授です。専門分野で得た知見をもとに、松村さんは根源的な問いを投げかけます。

「国家は本当に必要なのか?」ー

国家がなくなれば無政府状態が出現し、人間は争い合うという「常識」は本当なのか?

松村さんがフィールドワークで訪れたアフリカのある地域では、まず共同体があり、その後に国家による支配が訪れたことが紹介されています。つまり国家は「後から来たもの」で、国がなくても住民たちは助け合って生きていた。そんな人間の「公共」をつくる根源的な力に著者は希望を託しています。

おいおい、それはアフリカの話だろう、現代の日本に応用できるわけがないじゃないか。ここまで読んでくださった方はそう思うでしょう。私も思いました。しかし、松村さんは「無政府状態」を目標としているわけではありません。

こんな文章があります。

この無力で無能な国家のもとで、
どのように自分たちの手で生活を立てなおし、
下から「公共」をつくりなおしていくか。
「くらし」と「アナキズム」を結びつけることは、
その知恵を手にするための出発点だ。
(「はじめに 国家と出会う」より引用)

そして、自らが経験した熊本地震や過去の日本の村落の合意形成、原発問題による地域の分断を回避した高知県の窪川町(現四万十町)の例などを出しながらくらしの中で自分たちがルールを作っていくことの重要性を訴えています。

確かにこの1年、私たちはパンデミックの継続や腐敗した政府という問題に直面してきました。その時に「国家が機能しない」ことで絶望ばかりするのではなく、「身の回りでできることをする」ということが必要なのではないかと思います。まずは困っている人にちょっと声をかけたり、ためらわずに応援するだけでもいい。再生のきっかけは自分たちの中にある・・・・。
そう考えるだけで気持ちが軽くなるではありませんか。

おそらくはことし最後になるこのブログ、今回は「できることから頑張って」素晴らしい成果を挙げた作品をご紹介しましょう。ジョー・ファンズワース(ds)の「シティ・オブ・サウンズ」です。

リーダーのジョー・ファンズワースについては去年9月にも書きました。

https://note.com/slow_boat/n/ne87701fd5e70

この時の作品は「コロナ前」だったのですが、新作はコロナ禍真っただ中のことし2月19~21日に制作されています。録音場所はNYのジャズ・クラブ「スモーク」。しかし、お客は入れず、ミュージシャンはマスク着用とアクリル仕切りの中で収録が行われました。

当時77歳のピアニスト、ケニー・バロンは「ステイ・ホーム」を忠実に守っていたそうですが「2重マスク」でスモークに現れて熱演を披露しました。英文ライナーでファンズワースの「これこそニューヨークのミュージシャンの不屈の精神だ」という発言が載っています。伝統の継承と現代性を併せ持つ、素晴らしい作品です。

2021年2月19~21日、ニューヨークの「スモーク」での録音。

Kenny Barron(p)  Peter Washington(b)   Joe Farnsworth(ds)

①New York Attitude
ケニー・バロンのオリジナルです。何といっても「出だし」の集中力が凄い!ピアノの「ガッ」というフレーズを瞬時に掴むようにリズム陣が猛追、テーマになだれこむスピーディーな展開が圧巻です。そこから一気にピアノ・ソロへ。アップ・テンポのリズムが刻まれる中、高速フレーズをたたき出しているのに悠然としているように聴こえるバロンのピアノ。後半はピアノとドラムの小節交換で、伝統的な手法であるのにも関わらず最後にファンズワースに存分なソロスペースを与えてクライマックスを作るところなどは大人の余裕が感じられてさすがです。

②The Surrey with the Fringe on Top
おなじみのスタンダード、「飾りのついた4輪馬車」です。ここはマニアックですが、ひたすらファンズワースの「ブラシ」を聴きましょう。バロンがテーマを演奏したところからファンズワースがブラシで入ってきますが、このプレイの実に見事なこと!ひたすら「シュッ・シュッ」というブラシでリズムを刻むのですがその正確なタイム感覚と時にバロンのピアノに「合いの手」を入れるタイミングが素晴らしい。後半はスティックに持ち替えてアップテンポが刻まれていき、バロンもスピードを上げて祝祭的な展開が待っているのですが、ファンズワースのファンとしてはブラシで頑張ってほしかった・・・。最後はテーマでまた見事なブラシが聴けるのは嬉しいです。

④Bud-Like
バロンのオリジナル。明らかにバド・パウエル(p)の「ウン・ポコ・ロコ」を参考にしたバップ調の曲です。ダークなバロンの左手のコードと軽快な右手の展開が交互するテーマが面白い。ファンズワースも複雑なリズムをシンバルを巧みに操って盛り上げています。ピアノ・ソロではテーマの余勢をかってバロンが仕掛けまくっています。高速フレーズをこれでもかとばかりに打ち出してきますが、そこに気品があるのがバロンのすごいところ。続いてファンズワースがソロに入ります。タムをうまく使って硬質に仕上げるテクニックは申し分ない。伝統的なビバップと現代的なセンスが見事に融合しています。

他にバラッド⑤Moonlight In Vermont もバロンの美しいタッチとケニー・ワシントン(b)のソロが聴きものです。

オミクロン株の東京での市中感染が24日(金)に確認されました。なかなか先は長そうですが、これにどう対応していくべきなのかも含めいい知恵を出し合い、「下からの公共」を作っていきたいものです。

この1年、ご愛読いただいたみなさま、ありがとうございました。
どうか良いお年をお迎えください。

この記事は投げ銭です。記事が気に入ったらサポートしていただけるとうれしいです(100円〜)。記事に関するリサーチや書籍・CD代に使わせていただきます。最高の励みになりますのでどうかよろしくお願いします。