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“集団“に入れなかった新人たち

先日、私の職場に今年の新人がやって来ました。「やって来た」と言っても正式な着任は6月8日(月)。まだ「人事預かり」という微妙な立場で、配属が決まっている部署での「現場研修」を週に1日というペースで受けに来たのです。

こんなことになっているのは、もちろん新型コロナのためです。例年ですと新人は4月に一つの研修施設に集められ、カリキュラムをこなしながら同期と親睦を深めていきます。5月の大型連休明けにそれぞれの部署に配属され、そこから社会人としての本格的な第一歩を踏み出していくことになっていました。

それが、今年は研修施設に集合することが「密」となるため難しく、一度も「集合研修」ができなかったのです。カリキュラムは全てリモートで行われ、リポートの提出などもあったようですが例年と比べるとかなり軽い内容で終わったようでした。

リモート研修もそろそろ限界だろうということで始まった「現場研修」。
担当者から伝え聞いた新人の言葉で私がいちばん驚いたのが「多くの人と会うのが久しぶりでちょっと怖い」というものでした。

考えてみれば2か月近く自宅に閉じこもったままでしたから当然と言えば当然のことなのですが、多くの人と共同作業をするのが社会人の基本です。最初のステップで「職場でもなく成果を出さなくてもいい」研修の場を奪われ、「いろいろな人と気軽に話をする」場が持てなかった新人たちは大変だろうなと思います。まずは「雑多な人に慣れる」ことを、いきなり現場で始めなくてはいけないのですから。

異例の「デビュー」が社会全体で進んでいるこの時期。今回は新人に思いを馳せつつ、あるミュージシャンのデビュー作を聴いてみましょう。カーティス・フラー(tb)の「ニュー・トロンボーン」です。

カーティス・フラーは1934年12月、アメリカ・デトロイトの生まれ。幼いころに両親と死別し、孤児として育ってきたそうです。高校卒業後にトロンボーンを始め、1953年から55年の間に軍楽隊でキャノンボール・アダレイ(as)、ジュニア・マンス(p)、学生時代からの友人であるポール・チェンバース(b)と共演しています。これがインターンシップ的な期間となり(?)、ユーゼフ・ラティーフ(ts,fl)のバンドに参加するようになりました。

1957年にNYにやって来たフラーはさっそく「引っ張りだこ」になります。この年にプレスティッジで本作をレコーディングするほか、ブルーノートでも3枚のリーダー作を残しています。

本作のオリジナル・ライナーノートにはフラーがマイルス・デイヴィス(tp)を熱心に聴いていたことが記されています。確かに彼のサウンドにはモダンな響きがあり、音楽全体の設計を意識しているようでもあります。勉強熱心なところが「大型新人」となった所以なのでしょう。

1957年5月11日、ニュージャージーのルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオでの録音。

Curtis Fuller(tb) Sonny Red(as) Hank Jones(p) Doug Watkins(b)
Louis Hayes(ds)

③Blues Lawson
カーティス・フラー作曲のブルース。驚くのは、2年後に録音される傑作「ブルースエット」にも通じるアレンジの萌芽が聞かれることです。あの作品ではベニー・ゴルソン(ts)による厚みのあるアレンジが大きな効果を発揮していますが、フラーの中に温いトロンボーンの音色を生かしたアイデアが早くからあったことが分かります。曲はピアノによるイントロから2管によるメロディ提示で始まります。このホーン・アレンジが実にモダンで決まっている・・・と思ったところでピアノ・ソロが始まり、そのバックで2管がアクセントをつけます。このアレンジが「ブルースエット」の名曲「ファイブ・スポット・アフター・ダーク」を思わせるところがあり、何とも味わい深い。ハンク・ジョーンズの気品あるピアノ・プレイも聴きものです。続くフラーのソロは温かみのある音色を生かしつつも、ハード・バップらしいスムーズさがあり、徐々にスピードを上げていくプレイが「新時代」のものであることを示しています。その後のソニー・レッドお得意のブルージーなソロもなかなかいいです。

⑤What Is This Thing Called Love?
おなじみのスタンダード。トロンボーンに合わせた(?)のか、ミドル・テンポでメロディが提示されるのですがこれが独特の味わいがあっていいです。まずトロンボーンによるワン・ホーンで始まり、メロディ途中でアルトにスイッチ。③とは違い、それぞれのホーンが単独でメロディを歌い上げるというアレンジが小粋です。最初はソニー・レッドのソロ。少しジャッキー・マクリーン(as)に似た「泣き」の入ったソロで引っ張っていきます。続いてフラー。ルイス・ヘイズ(ds)が巧みに煽ってくるのをうまく生かし、次第に力強さを増していくソロになっています。これを受けたハンク・ジョーンズはコロコロと転がしていくような粋なソロを紡いでいきます。ダグ・ワトキンスの重厚なベース・ソロを経て2管の小節交換があり、最後は揃って2管で終わっていくアレンジも「考えてるなー」という感じです。

新人の集団研修が行われなかったことへの懸念を書きましたが、30年近く前に研修をした私の世代といまの若者では違うところもたくさんあるでしょう。私が学生の頃はインターンシップがありませんでしたし、何よりデジタルを駆使したコミュニケーションというものがありませんでした。

それがコロナの影響もあってリモート化が進む世の中では「直接は会わない」ことが基本になりかねず、新しいスタンダードには若者の方がなじみやすいのかもしれません。

ただ、会う場が減るのであればなおさら、短い時間に効果的なコミュニケーションが求められるはずで、そこは経験で磨いていくしかないのだろうとも思います。

迎える側としては「学生と社会人の狭間」である研修を奪われていることを頭の片隅に置いておきながら、先入観を持たずに新人の可能性を見ていきたいと思います。

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