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【創作小説】飢餓不死鳥喰 第四夜

十、弔葬

 黒王の葬儀は盛大に行われ、北方の民は突然の王の死を嘆き悲しみ、葬儀の行われている殿中に続々と詰め掛けては亡き王への敬愛と悲しみの意を表した。また、黒王の制圧した西方、東方、南方の各国よりも続々と使者が派遣され、香典や王の死を悼んで贈られる献上品の数々に、宮殿は埋めつくされんばかりであった。
 
 偉大なる王の弔いの儀式は終わることなどないかのように続けられたが、しきたりに従い王が棺に横たえられてから十九日目の夕刻に、数多くの葬送品と共に棺には蓋がされ釘が打たれ、そして焼かれた。
 彼の棺の中には既に朽ち果てた鳥の残骸も収められていた。
 棺に火が放たれると、櫓に組んだ香木へ燃え移り王の棺を包み込むように火柱が吹き上がった。その炎は色を七色へ変化させ、踊るように燃えた。
 その美しさに祭司たちは目を奪われ、黒王の比類のない功績がもたらした奇蹟だと信じた。

 こうして、美しい鳥は黒王と共に灰になった。

十一、卵

 火葬の執り行われた翌日、朝焼けとともに棺の燃え滓の中から灰と骨を拾い集めるのは最も位の高い王の妻の役目であり、即ち朱金の奥方であった。
 彼女はこの度の事態について最も心を痛めている人物のひとりだった。彼女と黒王の寵を競っていた白銀の奥方は、その命をもって王を救おうとしたが、鳥の死は終いに、王の死へと結びついてしまった。

 朱金の奥方は黒王の鳥に対する耽溺ぶりを憂慮しながらも自らは何もせず、ただ手をこまねいてみすみす黒王を失う結果になったことに深い自責と後悔の念を抱き、それらに苛まれたまま、彼の葬儀に臨んでいた。
 居並んだ祭司の見守る中で、棺の燃えた灰が朱金の奥方の前へと運ばれると、彼女は涙も枯れ尽した面持ちで、灰となった黒王と対面した。
 灰の中からまだ形の残る骨を、存分な時間をかけて拾い集めながら、朱金の奥方は灰の中にわずかに鈍く光るものを見つけた。
 彼女ははじめそれを、黒王が身につけたまま棺に収められた彼の装飾品の一部かと考えたが、しかし棺に入れられる前に王の身体は清められ、一切の装飾品は取り払われ、死に装束に包まれていたはずだと思い直した。
 不審に思いながらも朱金の奥方はそれを周囲に気取られぬ様、落ち着き払った態度のまま、灰の中から鈍く光るものを取り出した。

 それは彼女の親指程の大きさの、灰をかぶった小さな白い卵だった。

 朱金の奥方はそれを目にすると咄嗟に、王が最後まで愛玩した鳥のことを思い、続けて自らが幼い頃に聞いたお伽噺の中の不死鳥に思い至った。
 伝説の中の彼の鳥は、火の中より幾度でも蘇る鳥であり、この卵を目にした瞬間、朱金の奥方は黒王の鳥が伝説の鳥であると一人密かに確信した。彼女は周囲に気づかれぬ様そっと卵を袖下に隠し忍ばせ、何事もなかったかのように葬儀を続けた。

 誰の目にも朱金の奥方の悲しみは深く、そして彼女の拾い集めた王の遺骸が埋葬され、すべての儀式が滞りなく終了すると、全世界に向けて三年間、或いはそれ以上、黒王の喪に服す期間を定めた法令が発布された。
 儀式を済ませた朱金の奥方も、服喪に臨むべく身を清め衣装に身を包み、彼女の侍女たちと共に偉大なる王の死を悼んだ。
 けれど朱金の奥方はひとり、内心では踊り出さんばかりの気分だった。どうしてこんなに心が浮き立つのか、彼女は自身にもその理由がわからなかった。しなしながら、確かに言えることはひとつ、持て余すほどの心の高揚は確かに、あの時、あの灰の中からあの鈍く白く輝く、あの小さな卵を拾い上げた、あの瞬間から訪れたことを。

十一、孵化を待つ

 朱金の奥方は密かに持ち帰った卵を温め、その孵化を心待ちにしていた。   彼女は王の灰の中から卵を見つけて持ち帰ったことも、密かにその卵を温めて孵化させようとしていることも、そして孵る雛が、彼女の考えではおそらく不死鳥の雛であろうことも、身の回りの世話をする侍女を初め、誰にも洩らさなかった。

 鈍く輝く卵は不死鳥の卵。

 朱金の奥方の聞き知る伝説では、不死鳥の卵は親鳥が手を掛けるまでもなく、数日で孵化するはずだった。
 彼女は黒王の持ち物であった鳥籠を、王がかつてその中の美しい鳥を愛でた金の鳥籠を、孵化した雛のためにと部屋へ運び込ませると、高鳴る胸を押さえながら孵化の時が訪れるのを待ちわびた。
 朱金の奥方がこうも不死鳥の卵に心時めかせたのには、彼女の知る不死鳥の伝説に由来していた。
 淡い虹色の光彩を放つ美しい鳥、即ち不死鳥の生き血を一滴でも口にすることが出来れば、その者は永遠の若さと命を手にすることができる、という伝説を。この話は朱金の奥方の生まれ故郷である西方の国の、とりわけ南方の多島海域に近い地域のみに伝わる伝説であった。
 かつて遠い昔、鳥の住処を見つけながらそれを狩ること命じた西方の女帝は、生粋の西方育ち故にそれを知らなかったのかも知れない、と朱金の奥方は考えていた。だからこそ、あの美しい鳥を狩り、みすみす滅ぼす様な愚かな真似をしたに違いない。

 彼女は鈍く輝く卵を真綿でくるみ、更に絹地を重ねて、それをそっと胸に抱き込んだ時、零れる笑みを抑えることができなかった。
 もし誰かに見咎められれば、彼女の笑みは王の喪中故に不謹慎と戒められたかもしれないが、しかし彼女は、とても上手くことを運んだ。
 ほどなく、朱金の奥方の期待は裏切られず、鈍く白く輝く卵からは雛が孵った。

【第五夜へ】

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