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海外に行くと価値観は変わるのか、という話。
大学の時だった。
私は芸術学部の音楽科を専攻していてたのだが
とあるレッスンの日、私のピアノの門下の先生が
若い頃短期留学をしていたという小話になった。
というのも他の授業で、他の先生が
声を高らかに
"親のスネなんてかじれるだけかじればいい!海外に行きなさい!人生変わるよ!"
と言っていたのだ。
それを私がレッスンの時にポロっと話したのだ。
〇〇先生がこんなことを言ってたんですよね。
私海外に行ってみたいです、と。
私の門下の先生は学科内でも威厳があって怖そうと言われてて、実際に威厳があって怖い先生だった。
ファの♯をナチュラルのまま弾いたら
「Fの音が違うだろおおおお!!!!」とのだめを叱る千秋先輩並みに怒られた。
それでも「君が部屋に入ると空気が和むな」と言って私とは小話をよくしてくれた。
コーヒーには蜂蜜をいれるとか、私が失恋した時なんか、僕はもう失恋することすらないんだから羨ましい限りだよとまで言ってくれた。
そしてその先生は一刀両断で
「そんなバカな話あるか。海外に行ったからって人生なんか変わるわけないだろ!やっぱり日本が1番だ」
と言っていた。
当時の私はふーん、そうか、そういうものか
ぐらいで受け止めていて
そこまで真剣に海外に行くってことは考えてなかった。
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大学を卒業した後、ある男性と出会った。
彼は中学からスイスに留学していてアメリカの大学を出たらしく。
英語が正しくペラペラだった。
私は彼のことが好きだったけど
彼はオーストラリアに行ってしまった。
アメリカのビザがなかなか降りないから
それまでオーストラリアに行ってくるって。
私はそれを聞いた時正直びっくりした。
私のこれまでの人生じゃ想像もできない人生を歩んできてる人がいて、アメリカのビザが取れないからとりあえずオーストラリアに行くなんて。
そんなまるで
あっちのスーパーやってないから
ちょっと近くのコンビニ行ってくるわ
ぐらいのノリで
海外に住めちゃう人がいるんだって。
とにかく衝撃的だったし憧れた。
「いいな、英語喋れて。私も行ってみたい」
と彼に言ったら
"何で行かないの?本当に行きたい人は行動に移して行ってるよ"
と言われた。
その時の私は、いや英語喋れるからそんなこと言えるんだよと思っていたし
英語さえ喋れれば鳥のようにどこにでも行けるんだな、と思った。
その後振られた私は初めてワーホリに興味を持って説明会とかに参加したりパンフレットを集めたりしていた。
でも当時の私は"まだ音楽をしていたい"
という感情の方が強く、海外渡航は一旦保留となったのだ。
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しばらく音楽活動をしていたけど
そろそろフリーター生活辞めたい、ちゃんと働きたい、という感覚が私にも芽生えていた時があった。
音楽関係の仕事にひたすら履歴書を送ったが
呼ばれたから行ったのに圧迫面接されたり、拒否されたり結果は散々だった。
新卒カードを捨てフリーターでやりたいことをやってきた無職歴、無資格の人間を雇ってくれることなんてないし、そもそも面接で言える強みも経歴も私には無かった。
このままじゃ何も変わらないということだけは明白だった。
その時部屋にあるワーホリのパンフレットを見つけて
"行きたい人は行動に移して行ってるよ"
という言葉がパッと浮かんだ。
大学の先生は海外に行ったからって人生は変わらないって言ったけど、ここに居ても私の人生は変わらない、と思ったのだ。
彼に"行きたいと言いながら何で行かないんだ。本当に行きたかったらもう行ってる"と言われた時は、なんだか見下されたような感じがしたけれど
よくよく考えれば彼もまた英語が喋れないのに中学生で単身スイスに行ったのだ。
凄まじい行動力と決断力だと思う。
もう海外に行く以外の選択肢は無いと思った。
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私は初めてトランク2つだけで日本の外に出た。
"行きたい人は行っている"
この言葉は行動に移してその経験をした人間だから出た言葉だ。
行ってみなきゃそこに何があるかはわからない。
色んな人に出会ったけれど
カフェで働いていた時、常連のお客さんが来なくてどうしたのかなと思っていたら、彼は仕事をクビになって今はフランスにいるということを知ったことがあった。
彼もまた生きてるスケールの違う人間なんだと思ったし、そこにシビれて憧れた。
そして一年半暮らしてわかったことは
人はトランク2つ分の荷物とまとまったお金があれば生きていけるということと
経験こそが私にとっては財産ということ。
生きるのに必要なものなんてそんなに多く無いんだと思った。
"人生は選択の連続である"
シェイクスピアの言葉だ。
海外に行って人生や価値観が変わったかどうかは私にはまだわからないけど、
子供を産む人生と産まない人生では
全くちがう世界線が出来上がるの同じように
海外に行く前の私と
行った後の私は違う世界線上にあるな、と思う。
私ももしかしたら、少しでも、
"生きてるスケールが少し違う人間"
になれてたらいいな、と思う。
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