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「エンパイア・オブ・ライト」私を受け入れてくれる場所

ロケーション最高のイギリスの海沿いにあるクラシックな映画館を舞台にした作品。エンパイア劇場のロケーションも、内装も、映写室で編集したフィルムを上映する描写も、どれも映画好きにはたまらない演出。エンパイア劇場の内装の美しさが際立っていた。

あらすじ
人生を照らす光は、きっとある。英国の静かな海辺の町、マーゲイト。辛い過去を経験し、心に闇を抱えるヒラリーは、地元の映画館、エンパイア劇場で働いている。彼女の前に夢を諦め映画館で働くことを決意した青年スティーヴンが現れ、その出会いに、ヒラリーは生きる希望を見出していく。だが、時代の荒波は二人に想像もつかない試練を与えるのだった―。

エンパイア・オブ・ライト

映画館には思い入れがある。大学生の頃、渋谷の映画館でアルバイトをしていた。映画好きな仲間と同じ空間で働いたあの日々は、ただ楽しく幸せな時間だった。

あの頃、「映画館に行きたい」と思うタイミングは、観たい映画があるから、人気の大作が公開されたから、以外にもあったと思い出した。

サークル活動に馴染めなくて悩んだ時、家族と喧嘩したり周囲と上手くいかなかった時。片思いが実らなくて落ち込んだ時、
一人になりたい、知らない人の中に紛れたい、暗くて静かな空間で気持ちを落ち着かせたい、そんなときにも映画館に行っていた。
映画館のあの空間は、逃げ場所みたいだった。

主人公ヒラリーにとって、エンパイア劇場も同じだったと思う。

⚠⚠⚠ネタバレ⚠⚠⚠

この映画の主軸は、スティーブンが受ける黒人差別の苦しみと、ヒラリーが受ける女性差別による抑圧。それぞれの境遇がクロスし、二人が心を通わせ共鳴し、恋愛に発展していくところだ。

作品の中で分かりやすく描かれていたのは黒人差別の方だったと思うが、私が印象に残ったのは女性の苦しみの方だった。ヒラリーが男性たちから受けてきた屈辱や支配。精神的な弱さを利用されて、身勝手な男性の欲を満たし、傷つけられていたこと。社会構造上、女性が受けていた苦しみは見えずらかったように、この映画の中でも黒人差別ほど分かりやすくは描かれていない。

ヒラリーは精神が壊れていき、スティーブンは暴行に遭う。そのあと劇場に戻ったヒラリーが、映写技師に「映画を観せて。何でもいい。あなたが選んで。」と言って、ひとりで映画を観て、心が満たされた表情に変わっていく。

社会の中で抑圧され、息ができない時だって、劇場は受け入れてくれる場所だ。スクリーンの前で、私たちは何かをする必要はなく、何者かでいる必要もない。誰にも干渉されず自由でいられる。
暗い映画館から外に出て、外の光の中にもう一度立つとき。少しだけ新しい自分になったような感覚を持つことが出来る。

この作品の中に、羽を怪我して飛べなくなった鳩が、エンパイア劇場で傷を癒し、やがて飛び立つシーンがある。あれがまさに、私が映画館に対して感じていたことだった。傷を癒し、また飛び立つため、羽を休めることが出来る場所。

学生時代、映画館は私にとって、ただ映画を消費するだけの場所ではなかったのに、いつの間にか、他の商業施設と同じように、エンタメを消費するだけの場所になっていた。空間としての役割をこの作品を通じてもう一度思い出すことができた。
どこも同じようなシネコンばかりになった。エンパイア劇場のように、その空間に価値があるような劇場は減っている。だけど、また昔みたいに落ち込んだ時や心を整理したい時にだって、街の小さな映画館に行きたいと思う。きっとそこでは私を受け入れてくれて、癒しをくれるはずだから。

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