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運命的に出会った本「世界の美しさをひとつでも多く見つけたい」

最近、図書館の蔵書検索システムが入れ替えか何かの理由で、使用不可なんです。いつもはお目当ての本があって行くのですが、何がどこにあるのか検索ができないので、適当に歩き回りながら目に留まった本を手に取って借りることにしました。

そんな時に、目が留まったのがこちらの本。

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石井光太さん著「世界の美しさをひとつでも多く見つけたい」

タイトルを見て、どんなことが書いてある本なんだろうと気になりました。

それこそ、世界の様々な「美しいもの」について紹介されている本なのかなと。

でも、読みだしてみると、良い意味で大きく裏切られました。

そこに描かれていたのはスラム、事件現場、被災地など国内外様々な場所へ赴き、ひたすら現地で生きる人びとと交わった記録、そこで得た人生訓。作者が赴いた場所は「美しい」とは真逆ともいえる苦難だらけの状況でした。

そこに書かれている人々のストーリーも胸に刺さるものばかりでしたが、なぜ、時にスラム街の物乞いと共に暮らしてまで、また、時に悲惨な現場に精神のバランスを壊しかけてまで、その現状をルポタージュとして伝えたいと思うのか、という著者の想いも心揺さぶるものでした。

自分がいかに恵まれた環境にいるか、また、いかに自分が無知だったか。

貧困にあえぐ途上国の人々の生活は、私の想像をはるかに超えた過酷さや残酷さを持っていました。

とてもとても強烈だったこの本について、ご紹介したいと思います。

著者はある日、次のように決心します。

「途上国の地面に這いつくばる人たちが全身から発する生命力がなんなのか追い求めて活字にしてみたい。いや、しなければならない。これは自分がなんとしてでもやるべきことなのだ。」

大学時代にアフガニスタンの難民キャンプを訪れて、目を覆うような悲惨な状況に打ちのめされると同時に、そこの難民が持っていた生命力を探究して描きたい、と思うに至るのです。仕事に対して志を持って「志事」として取り組むというのはこういうことか、というのが著者の具体的なエピソードや言葉から伝わってきました。まさに、人生をかけて戦っています。

著者はカンボジアをはじめとしてラオス、ベトナム、タイ、ミャンマー、スリランカ、ネパール、インド等の8か国を旅して回ります。旅と言っても、一緒に過ごしたり、インタビューしたりするのは物乞いやストリートチルドレン、障がい者、売春婦など。その旅で得たものをこのように語ります。

旅で得たもの。(中略)あまりに多すぎて一つにまとめることができません。(中略)ただ、無理を前提にあえてまとめれば、人間が生きるという当たり前のことがどれだけ悲しくて、美しくて、尊いものなのかを思い知らされた旅でした。

毎日ご飯があって、支えてくれる人がいて、生きていけるということが当たり前ではない世界があまりに広く広がっていることのショック。

この本に出てきたエピソードは沢山あり、全てはご紹介できませんが、衝撃を受けたものの一つがインドのレンタルチャイルド。

マフィアが赤ちゃんを誘拐し、物乞いに貸し出すのです。なぜなら、赤ちゃんを連れている物乞いはお恵みを受けやすいから。でも、その赤ちゃんが育ってしまうと、赤ちゃんほど同情を集められなくなる。すると、マフィアはその子供の目をつぶしたり、手足を切断したりして、人工的に障害児にするのです。そして、子供たちは一日中物乞いをさせられて、集めたお金はすべてマフィアが徴収する。

ひどすぎる。むごすぎる。この世の話とは信じられないくらいです。

でも「あのマフィアを追い出すことは出来ないのか。」と著者が言うと、子どもたちはこう言ったというのです。

「パパ(マフィア)のことを悪くいわないで。ちゃんと遊んでくれるもん。ご飯も食べさせてくれる。とっても良い人だよ。」

生まれながらに親と離れ離れになり、物乞いを続ける中で人からは無視し続けられる生活。そんな中で、皮肉にもマフィアだけが子どもたちの大切な存在になってしまっているんです。

この世は非常に厳しく、ほとんどの人間は生きていくのにやっとなのです。傷だらけになり、苦しみ、もがきながら生きている。

そんな中で、人が心に空いた穴を埋めようとした時に求めるのは、他者のぬくもりです。

そのぬくもりを求める相手が、時に自分の人生をぶち壊した当の本人であるという皮肉。そこまでしても、やっぱりぬくもりが欲しいし、生きていきたい。

以下は著者の言葉です。

私はこうした人間の姿に業を感じるとともに、そこまでして生きようとする人間を愛くるしくさえ思いました。その人を取り巻く状況は厳しくて悲惨なものであることには違いありません。しかし、それでも他者のぬくもりを渇望してまで生きていこうとする真っ直ぐな姿はあまりにも純粋で、美しくさえあったのです。

そう、本のタイトルにあった「世界の美しさ」とはこういう美しさのことを言っていたのです。

私は正直、これらを「美しさ」という言葉で表すことについて、まだ消化しきれません。人間の懸命さ、ひたむきさ、生きることを諦めない気持ち、それら自身は美しいものだと思います。でも、現実が悲惨すぎて、その中で生きようしている姿さえも、「美しい」と肯定するよりは、何とか別の形にならなかったのか、もっと別の言葉が適切なのではないかとも感じてしまいます。

ここまででも十分発狂しそうな現実ですが、更に衝撃の現実なのは、著者が出会ったマフィアも過去にはレンタルチャイルドだったということです。もう何がなんだか。

最後に著者はこのように述べています。

現実には多面性があり、良いところもあれば、悪いところもある。グレーなところもたくさんある。それらが複雑に入り交じってほどけなくなっているからこそ、問題は問題でありつづけているのです。
(中略)
私はこれまで活字で誰かを非難したことはありませんし、これからもするつもりはありません。非難できるのは一面からのみ判断しているからだと思っています。もし現場へ行って当事者になることで多面性を認めれば、素直にそれをそのままの形で描くことしかできなくなる。重たさと複雑さを描写して問題提起して考えていくことしかできない。それを果たすのが私の責任だと思っています。

何の気なしに手にとった本でしたが、そこに描かれた現実も重ければ、言葉ひと言ひと言も重たいものでした。出会えたことに本当に感謝です。

この本の魅力が伝わったら嬉しいです。

色々と書いてきましたが、今、私が一番感じているのは、一周回って、やはり一番最初に書いた事。自分がなんて呑気に幸せに生きてきたか、恵まれた環境にいたか、無知であったか、そして無力であるか。ズーンとひたすら重たい後味です。

世界って美しいことだけではないのね。わかっていたつもりだったけれど、ここまでだとは。。。私には何が出来るんでしょう。

<おまけ>
図書館に行った際、大人図書コーナーでたまたま手にとった本が今回ご紹介したものですが、同じ日に子ども図書コーナーでたまたま借りてきた絵本が以下のもの。返す時になって、なんとなんとこちらも同じく石井光太さんの本だと気づき、とーっても驚きました。どちらも数ある本の中から、なんとなくピンと来て手に取ったもの。あー、ビックリ!!

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