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命のコスパ-2053年の尊厳死- 第1話
あらすじ
※2023年6月4日、14話で完結
2053年の日本。少子高齢化が進み続け、総人口は1億人を割り込んだ。社会が時間とともに変わっていく中で、10年前に「生命における尊厳を失わないために必要な措置に関する法律」、通称「尊厳死法」が成立した。
75歳以上の高齢者に、公的に自死を認め、その手段を与えるこの法律を、実際に利用しようとする人、あるいはその周辺にいる人の実態を追う。
75歳を迎えると同時に尊厳死を迎えようとする人、認知症の親の介護に悩まされた結果尊厳死を選ぶ人、そしてその支援をするNPO法人や医療体制、医療技術の発達の結果をルポルタージュとして記述する。
献辞に代えて
このルポルタージュはフィクションである。
――が、30年後の未来においては、定かではない。
プロローグ
2043年、国会において「生命における尊厳を失わないために必要な措置に関する法律」、通称「尊厳死法」が国会において賛成多数で可決した。
"第一条 この法律は人々の幸福追求権に基づき、あらゆる人の尊厳を維持することを目的とする。"
どのような法律であるかを表す第一条には、死という字は無い。だが、実際に何が可能になったかと言えば、75歳を超えた国民には自死を公的に認め、その手段を提供する、ということである。
法案提出時には大きな波紋を呼ぶかのような言説が散見されたが、それらの予想に反して、可決時には世論の大きな反応は見られなかった。
新聞や報道番組のようなオールドメディアが散発的に反対意見や懸念を述べたが、それらもすぐにしぼんでいった。
背景に、進みすぎた少子高齢社会があるのは間違いないだろうが、それでもこの状況と尊厳死法の成立は、どうにも直感的に一致しない。
2043年当時、既に65歳以上の高齢者人口は4000万人近くなり、その後すぐに超えた。2050年を待たずして総人口が1億人を割り込み、さらに人口が減った2053年現在の日本では、人口の約四割以上、ほぼ二人に一人が老人である。
総数が減ったと言っても、割合で見れば半数近くを占めているのは、65歳以上の老齢人口なのだ。
それなのに、自らの命を断つ可能性をほんの僅かでもあげる法律がたった数年で可決してしまったのは、率直に言って飲み込みにくい。
一方で、いわゆる「シルバーデモクラシー」が世論の中心から遠ざかったのは、肌感覚ではあっても事実だろう。
これは一体どういうことなのだろうか。
そもそも老人がマジョリティであるという事実から導かれたシルバーデモクラシーが瓦解したという話は、冷静に考えればおかしいはずだ。本稿の取材を始めるとき、そこにどんな理由があるのかついぞ思い当たらなかった。
実際に言葉を聞いて、ようやく掴めた瀬戸際にいる当人たちの心情、そしてそれが反映された現実というのは、月並みだが想像を超えて凄惨だった。
ざっくりと言ってしまえば、今の老人たちの多くは、生きることを諦めているのだ。
誰も決して望んで死にたくはない、という思い込み――思い込みと言っていいのかはわからない――が、実はそれほど一般化できるものではなかったし、そう単純でもなかった。死にたくはないけれど、生きたくもない。通底するのはそんな本音だったように思う。
確かに歳を取れば、未来に対して悲観的になることもあるだろう。若いときより残された時間は確実に減っているのだし、身体的にも自由ではなくなるかもしれない。しかし、だからといって短絡的に死ぬことはないはずだ。そう思っていた。
この感覚の隔たりこそが、この法律が成立したことへの、当事者と筆者との間にあった断絶そのものだった。
彼らは短絡的でもなかったし、考えが足らないのでもない。単純に世をすねているわけでも、ニヒリズムに傾倒しているわけでもなかった。ただ彼らの生きてきた時代と、現代の環境が、強くその考えを裏付けていた。そうならざるを得なかった、とは言いたくないが、それでも納得できるだけのものは確かにあった。
命を扱う法律としては近代以降初めて立法されたにも関わらず、驚くほど静かに受け入れられた「尊厳死法」。
紙一重の解釈で自殺幇助と取られかねない法案が提出されるという時点で、それを受け入れた社会は、以前と大きく変わったのだろう。
その変化、世相とも言うべき意思が、どこからきてどこに向かっているのか。
これからの日本で歳を取っていく者の一人として、どうしても調べ、そして記さずにはいられなかった。
本稿は、2053年現在において、尊厳死を選択した人たちの記録である。
第2話リンク
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