桜木少意

2053年、ルポライターをやっている架空の人物です。

桜木少意

2053年、ルポライターをやっている架空の人物です。

最近の記事

こちらの作品、完結しています。 少子高齢社会の行く末を描きました。 明るくないけど興味深くはある、と思います。 https://note.com/siv2501/n/na7b7545accac

    • 命のコスパ-2053年の尊厳死- 第14話(最終話)

      あとがき 今、柴田さんの遺品であるライターで、タバコに火をつけた。  遺品整理を特殊清掃業者に依頼した際、廃棄するというので貰い受けたのだ。勝手だが、なにか一つくらい彼の人生の影響を受けたかった。  吸うのも柴田さんと同じ銘柄にした。相変わらず吸いなれないが、存外紙巻きタバコも悪くないと思い始めている。コーヒーとよく合う。  本稿の取材を始めたとき、半信半疑だった。本当にこんな制度を利用する人がいるのか、歳をとったからと言って自分から死んでしまうなんてことがあるだろうか。そ

      • 命のコスパ-2053年の尊厳死- 第13話

        電源を落とすように 8月。  柴田さんの葬儀の日が来た。  場所は埼玉県三浦市の公営火葬場だ。柴田さんの住居からは随分遠いが、火葬場の不足は相変わらず解消されていない。遺体を保存しておくにも場所も費用もかかるため、結局はこうして他自治体に「輸出」しなくては、東京都内では立ち行かないのだ。それでも、市外からの利用では料金が5倍以上になる。こんなところにも金の問題が絡むのかと思うとうんざりした。  柴田さんの場合、本人が希望しなかったので、葬儀もなかった。直葬あるいは火葬式と言

        • 命のコスパ-2053年の尊厳死- 第12話

          コラム:意味の変わった特殊清掃業 特殊清掃業は、徐々にその意味を変えつつある。 「特殊」とつくだけあって、もともと従事者の少ない、需要も限定的だった業態だ。  だが、急速にその範囲は拡大していった。  孤独死が爆発的に増えたからである。  少子高齢化が深刻になり始めた当時から、さんざん言われていた問題だが、結局はなんの打開策もなかったのだ。  介護職は慢性的な人手不足が続き、さらに全世帯で医療費の負担額は3割に統一された。これによって、潤沢な資金のない高齢者は、満足な介護を

        こちらの作品、完結しています。 少子高齢社会の行く末を描きました。 明るくないけど興味深くはある、と思います。 https://note.com/siv2501/n/na7b7545accac

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第11話

          執行人 自殺請負。そう揶揄されても確かにそれは必要で、求める人がいた。事実、尊厳死法の利用を希望する人への援助を目的としたNPO法人「トーチ」は、尊厳死法成立の翌年から活動を開始している。  代表者は、設立者でもある高須啓太さん(仮名)である。彼も自身の母親が尊厳死制度を利用した人で、実際にそうなったときに手続きをどうしたらいいのかまるでわからず、苦労したことから設立を思い立ったという。  事実制度として存在するのだから、利用する人がいてもなんの不思議もない。  だが、実際

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第11話

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第10話

          親殺し NPO法人「トーチ」で働いていると、どうしても自分たちの手には余る相談を受けることがある。  それが「親に尊厳死を勧められないか」というものである。  自分が尊厳死をしたいと相談にくるのなら、「トーチ」で支援できる。そもそもの意思確認が一番大変だが、まず話が聞ける。その後に本当に意志が変わらないなら、行政手続きの説明をし、書類を渡して記録する。いつ辞めてもいいと念押しもする。  だが、割合にするとそれは相談の半分くらいだ。残りの半分は、どうにかして自分の親の始末を付け

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第10話

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第9話

          賽の河原 限界が先にくるのが、年上だとは限らない。  西川さんとはNPO法人「トーチ」で知り合った。「トーチ」の活動を取材をしているのか手伝っているのかわからなくなっているところに、相談にきたのが西川さんだった。たまたま他に応対できる人がいなかったので、筆者が少し待ってもらうように案内したのがきっかけだ。  当時、相談者がもつ悲壮感にあてられて、どうしても黙って同じ空間で待つということが難しかった。今思えばどうかと思うが、雑談のひとつとして、尊厳死について記事を書こうとしてい

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第9話

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第8話

          尊厳死法の道程「生命における尊厳を失わないために必要な措置に関する法律」、通称「尊厳死法」。  この法律を根拠に、いま尊厳死を選択した人々を追いかける本稿だが、成立したのは2043年の国会においてであり、施行から10年が経っている。  その間の制度利用や、法律そのものについても見てみたい。  元厚労省官僚から、匿名を条件に話を聞くことができた。そのため、それをもとに考察しレポートする。  あくまでインタビューベースであり、根拠資料とはなり得ないことを念頭に置いていただきた

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第8話

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第7話

          コラム:死ぬ死ぬ詐欺 2000年頃から、特殊詐欺と呼ばれる犯罪が広く知られるようになった。  オレオレ詐欺、振込詐欺などとも呼ばれていたが、要するにSNSや電話などで被害者とコンタクトを取り、騙して金銭を犯人へ振り込ませる詐欺のことだ。  世間に認知を得てから半世紀も経つことに驚きを隠せないが、この特殊詐欺に、近年新しい派生が加わった。  それが「死ぬ死ぬ詐欺」である。  尊厳死法が制定され、しばらくしてから目立つようになった詐欺である。  手口はこれまでの特殊詐欺とほぼ

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第7話

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第6話

          治ってしまう認知症 認知症の治療法は、決して幸福を約束しなかった。  劇的に進歩した医療は、多くの目測と期待に沿って、確かに認知症を完治するに至った。  特段医療の進歩が目覚ましかったとか、奇跡が起こったというようなことではない。ただ黙々と医学が進歩を続け、ついにそこに至ったというだけの話である。実にロマンのない話ではあるが、事実そうなのだから仕方がない。  だが、一般的にイメージされる「完治」と、実際の医療での「完治」には差があったようだ。  NPO法人「トーチ」の代表、

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第6話

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第5話

          永久凍土 10070問題が叫ばれて久しい。  100歳近くなった親がまともに生活することができず、70代の子供に頼り、子供自身も親の年金に頼って生活するという状態のことだ。  親子ともに年金に依存して生活しているため、親に死なれると収入が半減か、それより下がる。  親子二代の年金でぎりぎり暮らしていた家庭が、その半分以上の収入を絶たれるのだから当然だ。100歳近い親が死んでしまえば、70代の子供も連鎖的に貧困のさらに下に落ちることになる。  さらに、子供の世代はずっと賃金が

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第5話

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第4話

          介護の果て 西川彰孝さん(仮名)は、父親の認知症が完治するまで、ずっと介護をしていたという。  クルーネックの白いシャツにグレーのセットアップという出で立ちがよく似合う、すらっとした印象の人だ。細めの黒縁眼鏡の位置を直す仕草が様になる。 「地獄ですね」  ビジネスマンのような様相の西川さんは、介護中はどんな生活だったか、という質問に、視線を落としながら簡潔に、鋭く吐き捨てた。見た目とのギャップに少しぎょっとする。  存命の肉親、しかも今でも同居している父親に対する言葉としては

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第4話

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第3話

          終わりの後の生活 最初に訪ねたときに、話し込んでしまった詫びに、食事でもどうかと柴田さんを誘った。  一食浮いて助かる、と無邪気に言ってくれたので、おすすめの町中華に連れて行ってもらった。  JR蒲田駅の東口、飲食店が立ち並ぶ中の一軒だった。長くこの街にあるお店らしい。柴田さんが居着いた頃から続いているという。そうなるともう50年以上は営業していることになるだろう。入れ替わりの激しい飲食業ではかなりの老舗だ。 「最近はめっきり来なくなっちゃったけどね、美味しいね」  といいな

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第3話

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第2話

          ゲームオーバー 自ら死を望む、というのはどういう心境だろうか。  誰でも一度くらいは考えたことがあるのではないだろうか。筆者にも経験がある。だが、それは結局考えただけで、実行に移しもしなかったし、現にこうして生きている。いかに苦しまずに実行できるとしても、筆者はそれを選ばなかったし、今のところそんな意思はない。  それでも、こと「死」について、ひとは考えずにいられないのではないかと思う。だがそれでも、今目の前には、自ら死を選んだ人が確かにいても、なお死に踏み込む心理は計り知れ

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第2話

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第1話

          あらすじ※2023年6月4日、14話で完結  2053年の日本。少子高齢化が進み続け、総人口は1億人を割り込んだ。社会が時間とともに変わっていく中で、10年前に「生命における尊厳を失わないために必要な措置に関する法律」、通称「尊厳死法」が成立した。  75歳以上の高齢者に、公的に自死を認め、その手段を与えるこの法律を、実際に利用しようとする人、あるいはその周辺にいる人の実態を追う。  75歳を迎えると同時に尊厳死を迎えようとする人、認知症の親の介護に悩まされた結果尊厳死を選ぶ

          命のコスパ-2053年の尊厳死- 第1話