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命のコスパ-2053年の尊厳死- 第7話

コラム:死ぬ死ぬ詐欺

 2000年頃から、特殊詐欺と呼ばれる犯罪が広く知られるようになった。
 オレオレ詐欺、振込詐欺などとも呼ばれていたが、要するにSNSや電話などで被害者とコンタクトを取り、騙して金銭を犯人へ振り込ませる詐欺のことだ。
 世間に認知を得てから半世紀も経つことに驚きを隠せないが、この特殊詐欺に、近年新しい派生が加わった。

 それが「死ぬ死ぬ詐欺」である。

 尊厳死法が制定され、しばらくしてから目立つようになった詐欺である。
 手口はこれまでの特殊詐欺とほぼ変わらない。主にSNSを利用して被害者に近づく。目新しい部分は、被害者が40代から50代くらいの世代に多いことだ。
「尊厳死をするが、遺産を処分するあてが、遠縁のあなたしかいない」
 こんな文句で被害者に取り付き、あとはそれまでの特殊詐欺と同じく、手続きに必要だと言ったり、トラブルが起こったなどといって金銭を振り込ませるのである。
 これまで特殊詐欺といえば、高齢者の貯蓄を狙ったオレオレ詐欺や還付金詐欺、若者を狙って詐欺や犯罪の片棒を担がせ、脅しつけて受け子、出し子、強盗の実行犯などをさせる闇バイトなどというものが多かった。現在でも特に闇バイトの手口は根強く残っており、被害額もそれまでのような100万年単位の大口ではなく、10万円以下の小口のものが増えて飽和状態にある。AIを利用して、クレジットカード番号を総当りして生きているカード番号を割り出し、リスト化するのも一般化している。
 そうした個人情報をもとに、ごく少額ずつ、ただし膨大な数に対して行われる、大規模な詐欺事件も多い。
 要するに、あまりにも特殊詐欺が一般化しすぎて、割に合わなくなっているのが実際だろう。

 40代から50代といえば、現役の働き盛りで、可処分所得も多い世代だ。
 この世代が被害に合う詐欺と言えば、投資詐欺や架空請求、闇バイトなどが主だった。そこに新たに加わったのが、死ぬ死ぬ詐欺である。
 詐欺という大きなくくりで言ってしまえば、非常に古典的な犯罪だ。
 だが、この死ぬ死ぬ詐欺には、言い知れない腹立たしさを感じる。
 実際に尊厳死を選択した人に関わったからといえば、そうかもしれない。だが、その当事者たちの思いや実態とは、まったく無関係なところで利用されているのが、なんとも言えない感情を沸き立たせるのだ。
 人口分布で言うと、今の40代から50代は、その上の世代よりもボリュームが小さい。というより、少子化が進み続けているために、分布図は逆ピラミッド型になって半世紀を過ぎた。近年それも底を打ったと言われ、回復傾向にあるとも言われるが、ここから人口増加に転じるにはまだ時間がかかるだろう。合計特殊出生率は、日本で人口再生産が可能とされる2.07を上回ったことは、1974年以降一度もない。あるいはもう、人口増に向かうのは不可能なのかもしれない。なにしろ百年近く出生数が減り続けているのである。
 それはつまり、子供を生み育てる、家庭というものの絶対数が減っているということだ。婚外子が極端に少ない日本において、子供の出生数と家庭の数は強い相関がある。
 やせ細ってしまった家庭を支えている、支柱ともいうべき世代を、その親を利用して騙している。
 誰かのために生きられなくても、せめて誰かのために死ぬことはできる――そんな思いを踏みにじるものだ。
 そんな構図が、どうにも腹に据えかねる。
 もちろん、犯罪はどれも犯罪である。そこに良いも悪いもない。それまであった特殊詐欺にしろ、そういった人や家族の縁や、信頼関係をかすめ取るようなものであるのには違いない。マルチ商法やネズミ講、投資詐欺などはその最たる例だ。
 だが、人の死、それも尊厳を保つための最後の選択を食い物にする、というその発想が、他の犯罪とは決定的に違うように思う。
 いつだってそうだったと言えばそうかもしれない。犯罪は、人の肉体や精神を引き裂いて、糧に変えるものだ。新しい犯罪が発生するたび、こんな青臭い怒りは、多かれ少なかれあった、ありふれたものだろう。
 だが、それでも。
 それでも、尊厳死という選択だけは、傷つけてはいけないと思うのだ。
 優劣も善悪も貴賤もなく、ただ、人の尊厳だけは、死という重い選択をした意志だけは、守られてほしい。
 切にそう願う。

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