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本からもらうもの。「敗者たちの季節」より

こんにちは!tamasiroです。
気温が上がり夏の訪れを感じる頃になると、高校野球の情報を耳にすることが増えます。
夏の高校野球というのは球児にとって感慨深いもので、意気込みの強い公式戦です。
なかには全国から強豪の集まる甲子園球場への切符を手にし、見ている観客を熱狂させるスーパープレーを成し遂げる選手も。
しかし、勝者がいれば、当然敗者もいます。
今回はそんな敗者にスポットをあてたお話です。

こちらの著者は、あさの あつこ さん。
発行はKADOKAWAです。
発刊当時の帯には「敗者のままで、終われるものか」とあります。
2014年の作品。発行当時新刊として購入し、以来何度も読み返しています。
心理描写が秀逸で、何度読み返してもリアルさに引き込まれます。

私はスポーツ観戦が好きで年に数回、地方の高校野球公式戦を見に球場を訪れます。
出身学校が野球部に力を注いでいて、頻繫に観戦する機会があったことがきっかけです。
目についた選手がプロ入りしたときは、成長を楽しみに見守ることも。
しかし球児の多くは敗者となって引退するため、その後の動向を知ることはありません。
悔しくも敗者となってしまった瞬間、何を思うのか。
白球を追い続けた熱量は一体どうなってしまうのか。
引退数年後、現役球児を見た元球児の心境とは。
これが手に取ったきっかけです。


⚾こんなお話


舞台は甲子園出場をかけた地方大会決勝戦。
同点九回、あと一人のアウトで延長戦にもつれこみ、勝利への道も見えるという期待を背負いマウンドに立つ海藤高校投手直登と捕手郷田。
絶好調といえるコンディションに勝利を意識した瞬間、サヨナラホームランを浴び敗退が決定してしまいます。
目標をなくし挫折に立ち直れない日々を送る、そんな直登に信じられないニュースが。
優勝校が出場辞退、繰り上げで甲子園出場が決まったという。
いったいなぜ辞退することになったのか。
辞退校の選手たち、そして繰り上げ優勝を手にした選手たちの心境。
取り巻く大人たちも多くの葛藤と苦悩を抱えています。
スポーツ青春小説です。


⚾読後に


終始野球用語が飛び交うので、読みづらいと思うかたもいるかもしれません。しかし、作者も野球未経験なので、それほどわかりにくい内容ではないと思います。
あさのさんの作品には人物の感情がじわじわと染み出すような表現が感じられます。そのため読者の感情が、読みながら作品に同調していくような感覚を私は毎回味わいます。
登場人物達には、それぞれの深い苦悩があり、葛藤ゆえに苦悩がリアルさを感じさせ、苦悩がスッキリ解決することはなく、そこがまたリアルさに繋がっているのではないでしょうか。
葛藤するほどの苦悩ですから、人生経験を積むことにより、折り合いをつけていくということを表現したいのかなと思います。
結論ではなくて、折り合いです。
迷いの末に、結論ではなくて折り合いをつけるというのは、誰にでも経験があるのではないでしょうか。
迷いと苦悩の心理描写。私が あさのさんの本を何度も読み返す理由だと思います。
それぞれの選手や大人たちが直面する事象と苦悩が主軸です。印象的な場面はたくさんありますが、作中の印象的な部分を2つ抜粋します。

1つめ。監督八尾と記者藤浦の会話。監督八尾の言葉。両名とも葛藤と苦悩を抱えています。私はどうしても、あまり恵まれていなかった自分の生い立ちに置き換えて読んでしまいます。人生や経験、現在や過去、そして将来です。

「何かを背負っているから不利だとか、解き放たれたから強くなれるとか、そういうもんでもないでしょう。野球ってのは、一筋縄ではいかない深くて広いものですから。それに、どんな理由があろうとも一度背負い込んでしまった荷は、自分しか下ろせないでしょう。選手たち一人一人が、自分のやり方で背中から重荷を下ろしていく。それは、甲子園で勝つことかもしれないし、野球を続けることかもしれないし、まったく別の何かかもしれない……。正直、わたしには見当がつきません。わかっているのは何を背負おうとも、この夏、あの子たちは甲子園に挑めるということだけです」

『敗者たちの季節』163頁より

2つめ、甲子園で試合観戦後。敗戦したあるチームの記事を手掛ける元高校球児の記者。

『大和タイムズの記者』、藤浦英明は甲子園スタンドの記者席で、ボールペンを握りしめたまま動けなかった。

『敗者たちの季節』288頁より

強い葛藤が伝わります。

どう書けばいい?
英明は、自問する。
今の試合をおまえはどんな記事にするつもりだ。
惜敗という単語が浮かんだ。  

『敗者たちの季節』288頁より

書きなれた言葉を表現とするのは当然だと思います。

ばかな、そんな陳腐な記事かけるものか。甲子園を戦った選手たちに対し、あまりに無礼ではないか。

『敗者たちの季節』288頁より

経験者だからこその思いです。
そして、藤浦記者は、最も最適な表現にたどり着きます。
とても重く、しかしこの言葉しかないという説得力のある言葉でした。

最後に作品中、最も印象に残った場面は1年後のこと。卒業後の会話です。とても深い意味を感じました。
冒頭に予選敗退したはずだったグラウンドに母校の決勝戦を見に来た直登とバッテリーを組んでいた郷田のふたり。
直登は当時の辞退校ピッチャーを思い出します。その時の直登の考えはありえない未来でしたが、野球を通して得た希望のような思いがにじんでいました。
物語を通してバッテリーを組んでいた二人の関係性も象徴した場面。
こちらは抜粋してしまうと伝わりきらないと思うのでしません。

⚾まとめに


青春スポーツ小説として楽しむこともできますが、
「苦悩こそが人を熟成させる、故に明日を恐れるな」
という背中を力強く押されるようなメッセージを私は感じます。

最後に届かないことを承知でエールを。

球児たち、怪我には気をつけて。
真摯に勝負に挑む姿、どんな結果でも
君たちをたくさんの人が見守っているぞ!


最後までお付き合いいただきありがとうございました。
今日が素敵な1日となりますように😊

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