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「おやおや、貴方もですか」と本をひらく

 僕は「通勤電車」という概念がそもそも受け付けることができないので、できるだけラッシュの時間帯からは距離を置きたいと思っているし、そもそも電車に乗ることさえも避けたいと思っている。

 それでも時たまに、避けられない用事や移動でラッシュアワーの車内に乗り込むこともある。
「あぁ、今日はツイてないな、、」
 体の強張りと息苦しさをうっすらと感じつつ、不本意ながらもカバンから文庫本を取り出す。今日は何を持ってきてたっけ。

ナチュラルに95Lのバックパックを使っているので片身が狭い

 ただ、そんな電車の中でも嬉しくなるタイミングが時々ある。
 前で座っているOLが洒落たブックカバーに包まれた文庫本を開いた時。斜め前のサラリーマンが愛おしそうにページをめくる時。初老の男性が年季の入った単行本を取り出した時。
 極め付けは、女子大生が「失われた時を求めて」を涼しげに読んでいた時。(すごい!手に汗握った)

 まわりの大勢が首を折って必死に小さな石板を覗き込む中で、あえて本というものを手にする彼らに、僕は神々しい反逆者の姿を見るのである。

 「反逆者」は盛りすぎかもしれない。
 それでも僕はニンマリとしながら、「おやおや、貴方もですか」とほくそ笑み、自分の本をひらくのである。

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 僕は「勝手に自分の仕事をつくる人」が好きだ。
 この世に存在しないのに、頼まれたわけでもなく求められてもないのに、誰も必要としてこなかったのに、勝手に肩書を作って仕事(遊び?)している人がいる。

 「ブックディレクター」の幅允孝さんも、その一人。本を選ぶ・本棚を作るという仕事を作り、世に広めた張本人だ。

村上春樹ライブラリー、1階の本棚。ここから色々始まった

 早稲田の村上春樹ライブラリー。遠野の「こども本の森」。松本の「松本十帖」。大町の三俣山荘図書室。僕自身も行く先々で彼の本棚に出会い、多くのインスピレーションを受けてきた。

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 選書サービス、を始めた。
 ずっと本に関わる仕事をしてみたかった。僕は本が好きだし、本のある空間も好きだし、本について語ることも、本を作ることも好きだ。今回、カナダ遠征にあたって資金を集めるため、一つのお返しとして「選書、やってみようかな」と始めるに至ったのも、ある意味必然だったと言えるかもしれない。

どんなシーンでも自分の写真素材があるの、我ながら少し引く

 「俺が読みたかってんけど書房」は、スポンサー募集の一環で始めた選書サービス。電話やメッセージでちょっとしたインタビュー(という名の近況報告会)を行い、それをもとに(僕の独断と偏見で)3冊の実物の本+3冊の書面における紹介、という形にしてみた。
 数人の物好きが声かけてくれれば面白いな、くらいの思いで始めたのにも関わらず、予想に反して多くの申し込みがあって行天した。

 支援のお返しには他にも自身の写真集やアート作品も用意していたのに、なぜ選書サービスをわざわざ選んでくれたのだろう?

「忙しくてあまり本を読めていなかった。いいきっかけになるとおもって」これが一番多かった。きっかけになれれば嬉しい。
「本を読みたいけど、何を読めばいいのかわからなくて」僕も何読めばいいかわからない時も多い。
「誰かに本を選んでもらう経験ってないし、面白そう」まあ普通ないよな。

 そして一番興味深かったコメント。
「何を薦められるって、自分がどう見られているかだと思うから」
 ぐぬぬ、期待度MAX、責任重大である。実際どう本を選ぶとか、全く考えていなかった、、

 そもそも「選書」ってなんなのか?勢いとやりたさで始めてみたけど、どう本を選べばサービスとしての「選書」になるのだろう?

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 「本を薦める時、自己承認を目的とした自己中心的な選書にならないよう、相手の好みを考えて選んだ本を推薦してあげよう」と幅さんは書いている。

幅さんの選書など、お仕事に関するエッセイ。彼もアーセナルファン

 この世の中には読書以外にも楽しいことはごまんとある。だから本を選ぶ側は上から目線にならないよう、押し付けがましくならないよう、「本なんて読まなくたっていいのだけれど、」という立ち位置でスッと本を差し出す。読書仲間の輪を広げたいが、今ではほとんど本を開かなくなってしまった日本人に、どのように本と出会ってもらうのがベストなのか?

 本と人が出会う場所を作るということを生業にしている幅さんには、「ただの本好き」では片づけられないさまざまな葛藤があったのだろう。彼のエッセイには思考と苦労が年輪のように滲み出している。

 誰かのために本をえらぶ、そのために書店を訪れると、何か視点が変わったりするのだろうか?思ったよりもたくさん集まった選書リクエストに少しばかり慄きながら、自転車を走らせて早稲田・神保町に向かった。

面白いもので、早稲田ではたくさん仕入れたけど神保町では一冊のみ。
古書街にもキャラクターがある。

 結論から言うと、何も変わらなかった。
 相変わらず本屋も古本街も最高に楽しいし、相変わらず足が止まるのは自分の好きな作家のコーナーだし、相変わらず早稲田も神保町も極めてチャーミングな街だった。
「これをアイツに渡したら、どんな反応するんやろ」「あの人の本棚にこの本あったらアツいな、、」
 変わったことといえば、選書リクエストを受けている、という名のもとに自分の好きな本を見境なく買ったということぐらいだ。

 結局のところ、僕は自分が面白いと思う本しか読まないし、したがって僕が本当に面白いと思う本しか推薦できない。何かモノを薦めるというのは、きっとそういうものなのだと思う。
 誰かにお薦めを聞く、というのはその人の審美眼や価値観に一定の信頼を置くこと。誰かに何かを薦める、というのは自分のニッチや愛を真摯に、かつ情熱的に伝えること——薦める・薦められるというのは、一種の信頼と想いの交歓である。

 逆を返せば、僕は自分が面白いと思うものには一定の自信がある。かつ、その面白さを伝えられる熱意も言葉も、少なからず育ててきた。

早稲田でのおすすめ書店は「古書ソオダ水」

 今回の選書を通して、少しでも僕の周りの人が(あくまでも僕の好きな)本をいいな、と思ってもらえれば、これ以上嬉しいことはない。
 そして「おやおや」と思えるような人が、そう思えるタイミングが少しずつ増えて、ちょっとづつ世の中が——少なくとも電車内が——生きやすい場所になればいいと思う。

 本は「いつか」のための種まきであり、小さな反逆であり、密かな友愛関係のしるしなのだから。

 少なくとも僕にとっては、ということだけれど。


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🖋イラストを描いています。

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