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もしも僕が、ドイツ語性を欠いた人間だったら

23年間の人生のなかでもっとも苦痛だった夜はいつか、という問いに対して、僕はある程度の確信を持って答えることができる。

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2019年の年の瀬、僕はウィーンへ向かっていた。ストックホルムから2回乗り継ぎの旅だ。ストックホルムからコペンハーゲンまで高速鉄道で4時間。コペンハーゲンではいつも、もはや儀式的に、市庁舎前のスタンドでデニッシュ・ホットドッグを食べた。その日も、カリカリに揚げられたオニオンフレークがこれでもかと乗せられていた。アコーディオンを気持ちよさそうに引き伸ばす初老の男性を横目に、僕も儀式的にオニオンフレークをこぼす。

2時間のトランジットを経て、ハンブルクへ移動する。単調なデンマークの丘陵が続いていた。向かいの席には母親と5歳くらいの娘が座っていた。そっと会釈をして、スマホに落としていた「ホテル・ムンバイ」を観た。この殺伐とした風景に見合ったアンニュイな心持ちを期待していたのに、救いようのないエンディングにため息が出た。

ハウプトバンホフ・ハンブルクに近づき車両が歩みを遅めると、大都会ハンブルクの無数の光が運河に煌めいていた。この時、僕は初めてドイツに、飾り気のない、それでいて綺麗めな服ばかり着る国民を有する土地に、ある程度の実感を持ってやってきた事を知った。あまり心は踊らなかった。当時のスウェーデンにガチ恋少年(21)には、ビスマルクがまとめ上げたこの国のステレオタイプ的な「安定・堅実・無色」性は、魅力的には映らなかった。


結局サブウェイで早々とディナーを済ませ、ドイチェ・バーン(DB:ドイツ国鉄)運行の夜行列車、ウィーン行きに乗り込んだ。この時は、人生二度目の海外での夜行列車の旅に心を躍らせていたと思う。


僕が割り当てられた席は、三席が向かい合わせになった六人が座れる個室だった。本来なら両サイドに交互に座り、最大三人で、リクライニングも水平まで倒して寝れるはずだった。結果的に、僕らは八人で、その個室で一夜を共にすることになった。車掌はオーバーブッキングだといった。だからといって何かをしてくれるわけでもなかった。


勝手に作動するリクライニングを体幹を駆使して巧みに操った。

お互いの足の隙間をモグラ叩き形式で分け入りながら、「不快感が最小化されるポジション」探しに、僕らは暗黙のうちに協力しあった。

このハンブルク-ウィーン間の11時間は本当に3日間のように感じられるほど長かった。

一定の緊張感を保って互いのポジションを保障し合っていた僕らも、ウィーンに着く頃には連帯感のようなものを感じていた。そこには、吹雪の一夜を山小屋で生き抜いたような安堵感と、お互いへのリスペクトがあった。


そんなことは全然なかった。

各々がぐったりとした顔で周りをこれ以上ない迷惑げ顔で見回しながら、個室を後にして行った。

これが僕が思い出せる、人生最悪の夜だ。

復路は拍子抜けするほど空いていた。


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ドイツという国ーというよりも、あの悪名高いDBーに対し、あまり良いイメージを持っていなかったのだから、今でも自分自身がこれほどまでに熱心にドイツ語を学習していることについて、時折首を傾げる。


アメリカの大学にいる親友が1年半ほど前に、当時気が滅入っていた僕にMango Languagesという語学学習アプリをシェアしてくれた。彼女は気晴らしにドイツ語学習を勧めてきたのだ。自分が辛かったとき、フランス語を勉強して救われた、と言って。


必要性のない言語学習を行ったのは、この時が初めてだった。英語は学校で単位を取る必要があったし、スペイン語はコスタリカで働くときに使う必要があったし、スウェーデン語はスウェーデン人とのアイスブレイクのための必要があった。ドイツ語なんて、僕には必要なかった。


やれやれ、一体どうして今、使いもしない言語を勉強しなきゃならないんだ?そう思わざるを得なかった。ただここで僕が幸運だったのが、それがその特定の人物ー僕が知りうる、もっとも燦然と輝く知性を持つ女性であるーからの助言だったという点である。その日から今日にかけて、僕とドイツ語との歩みが始まった。1日45分という限られた時間ではあるけれど。


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必要性のない言語学習は、義務的な言語習得とは性質を異にする。
最も隔絶的な意味で。

一単語を覚えるごとに、表現できることが確実に増える。格変化を使いこなすことで、自分自身のしなやかさが増強されていくのを感じる。ドイツ語の雄弁な発声を真似するたびに、自分さえも力強い、雄弁なドイツ的性質を体得したかのように感じる。

言語学習は、成長を確認する営みであり、日々費やした時間を愛する営みであり、ウェルビーイングなのである。一年すこしのドイツ語との営みで、僕はそのことを少し理解できた気がする。


世の中にはトリリンガルやポリグロットといった複数言語を学習し、かつ流暢に使いこなしている人種がいる。僕の親友もその一人だ。

そんなにたくさんの言語を話せる必要なんてあるのか、とあなたは思うかもしれない。その通り。全く必要ない。


だが、ドイツ語を続けることで彼らのことが少しわかった気がする。何も、彼らはその言語を使う必要に駆られて、半ば狂信的に言語習得に打ち込んでいるわけではない、ということだ。

言語を学ぶことこそが、今この瞬間にいる自分を感じ受け入れるマインドフルネスであり、自分を愛する手段であり、成長を具現化・可視化してくれるものである。

そんなウェルビーイングな営みに、おまけとして母語話者と話せたり、触れられる情報が拡大したりするというだけなのである。


もしも僕がドイツ語をあの時初めていなかったら、他にどんな人間性を獲得していたかなんてわからない。

ただ、ドイツ語とともに僕に付与された人間性については、これ以上ない自覚を持っている。


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白青研究所(siroao institute)

Netflixの「エミリー、パリへ行く」、ご覧になりましたか?

観なくていいです。アメリカ的なステレオタイプの描写やナンセンスな展開に頭を抱えたい人にはおすすめです。
あ、あとちょっとフランス語は勉強したくなったな。来月のドイツ語B1をさっさと片付けて手をつけたい。その点については良心的な作品だった。

今日のsiroao

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