"老人と海"感想・考察 -男のロマンより大切なもの
わりと新しい本ばかり読んでいたので、古典文学が読みたくなった。
しかし学生時代、見栄を張ってカラマーゾフの兄弟を上中下巻揃えてみたものの、上巻で挫折した記憶が「分厚いやつはダメだ!」と頭の中で警告した。
そこで手に取った本が"老人と海"だった。
決して薄いからってだけで選んだわけではなく、尊敬しているかっこいい先輩のお気に入りの一冊だったからだ。
この本を読めば、その先輩のかっこよさの何かが掴めるかもしれない…そんな思いで読み始めた。
読んでいる最中は、まるで"キングダム"を読んでいるかのような、アツい漢の戦いに胸を打たれた。
デカい魚と格闘する、ただそれだけのことに命懸けで挑む老人には漢のロマンが詰まっている。
それと同時に、読後には一抹の寂しさを感じさせる作品だ。
もしも老人が魚との格闘に敗れていたら、仮に勝利したとしても少年の存在がなかったら、勝利しても全てをサメに喰いちぎられていたら…そんなことを考えた。
そんな仮定を想像しつつ、"老人と海"のテーマを考察する。
魚との格闘に敗れた場合
これは半分は本望だろうし、小説として成り立つ気がする。
小説の中で何度も語られているように、老人にとってこの魚は友である。
男にとって実力を認めた相手というのは、それが人であれ動物であれ、友であり好敵手なのだ。多くの少年はドラゴンボールでこの事実を感得する。
既に1000ポンドを超える魚にも、街の腕相撲自慢にも勝利している老人にとって、もうこれ以上の相手とは出会うことはないだろう。文字通り一世一代の大勝負だった。
だから、勝利してしまったのはある意味で不幸でもある。これ以上の興奮と感動を味わう経験はもうできないのだから。
でも老人は、この魚との格闘に勝利して帰還することを切に望んだはずだ。
なぜなら、それと同じくらい老人の帰還を切に望んだ存在がいたからだ。
少年の存在
少年は、この小説のヒロインである。
おそらく反抗期を迎えていない年頃で、訳者の解説では10代前半を想定して描かれている。
老人に懐き、身の回りの世話まで献身的に行う少年からは、どこか親しみを超えた愛情のようなものを感じる。
漁の仕方や野球の知識を教え、船上で幾度となく「少年がいてくれたら」とぼやく老人からも、愛情のようなものを感じた。
おじいちゃんと孫、というような和やかな関係というより、もっと強い感情的な結びつきがあるように見えた。
妻を失い、男としてのピークも過ぎた老人は孤独だった。
もしかしたら少年も、あまり両親に構ってもらえなかったのではないか。
老人は船上で魚と格闘している際に、何度も少年のことを思い出す。
「この巨大魚との格闘に何の意味があるのだろうか?」
と自問しているようにも捉えられる。
どれだけ血湧き肉躍る体験をしたとしても、誰かと共有できないのは寂しい。
自分のロマンを追求するよりも、誰かと人生の喜びを分かち合いたい。
そう強く思ったのではないだろうか。
個人的な意見だが、もし老人が孤独だった場合、この魚との格闘に敗北することこそが老人の本望だったように思う。
しかし、少年の存在という、巨大魚との格闘よりも大切なことが見つかったからこそ、老人は巨大魚との格闘に勝利し、無事に帰還できたのではないだろうか。
魚が全てサメに喰い千切られていたら
無事、魚との格闘に勝利した老人が帰還する際、こう思わなかっただろうか。
「サメさん、お願いだから魚を全部食べないであげて!」
そう念じつつ、帰り道もハラハラしながら読み進められるのだが、残ったのは頭、尾びれ、骨だけだった。
多分、ここでも老人は、自己満足を超えた、人とのつながりの大切さを感じたのではないだろうか。
もし、獲得した魚が跡形も無くサメに喰べられていたら、老人が帰還後、自分がどれほどデカい魚と格闘したかを、提示することができなくなってしまう。
場合によっては老人の戯言と捉えられるかもしれない。
老人は、自分が巨大魚と戦って勝利したという満足感よりも、その事実を他人に語ることを望んでいた。
だから、たとえ頭と骨と尾しか残らなかったとしても、その魚を死守して港へ帰還した。
まとめ
漢のロマンというテーマの裏に、体験や感情を共有したいという、人の根本的な欲求が見え隠れした内容だったと思う。
今回、小川高義さんの訳本を読んだのだが、訳者の解説が面白くて、同じ本でも訳し方が違うだけでここまで印象が違うのかと思わせた。
老人が叫びながら魚と格闘していたり、少年が20代前後に描かれていたら、この小説の雰囲気はまるきり違うものになってしまうだろう。
作品全体を通した、海のように大きく、深く、優しい雰囲気は、あまり声を荒げない老人と、どこか中性的な少年であるから成り立ったものだ。
今まで訳者の違いを全く気にしたことがなかったので、新しい発見があった。
古典文学は、派手さはないけれど、心にじーんと残る良さがありますね。
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