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シューチーズ紛失事件 #2:無慈悲な暗黒時代と主犯の畢生

前回の事件発生回は下記参照されたい。

無情にも回収されたシューチーズは、その日ついに帰ってくることはなく味気ない(おいしいけどね、気分的にという意で)給食は終了し、午後の授業2時間が通常どおり遂行される。

そしてその日終業後のホームルーム、通称帰りの会で担任が言う。
「職員室分のシューチーズはまだ見つかっていないんです。盗難に遭ったものと思います。」
給食センターにも確認を取ったのだろう、確信を得た表情でどっしりと構え教壇から教室内を見渡す。


いやいや、うちらには無理よ。
1年生だもの。
中学校入ったばっかの12,3歳がそんなゴエモンみたいな事しますか?
しないでしょ。
ていうか1箱なんか持っていけるはずないでしょ、問題が世界規模になるぞ。
みんなそう思っていたとは思うが、言い出せるはずもない。
これは俺ら入学以来の大事件であり、ただただ面くらうばかりである。


地元は当時、まだまだヤンキー文化が隆盛していた野蛮な大地だった(山と田畑ばっかりだけど)。
中1からみたら中2の先輩なんてかなりの大人だったし、中3の先輩にいたってはもうほとんど大人と変わらなかったし中3のヤンキーグループに至ってはもう北斗の拳のラオウと同列だった。
「捕まったら殺されるけど、可愛がられたら生活が安泰になる」
そんなどこぞの満州国ルールのような是も否もないビヨンドであった。

「犯人は絶対ヤンキーグループの誰かだろ」
学校関係者みんなが解っていたと思うし、そうでなければ間違いなく第三者である不審闖入者の犯行だ。
しかし。当時の生活指導教員・武井は意地の悪い男だったので「こいつら徹底的に締め上げて絶対自首させてやろう」という具合に考えをめぐらせたのだろう、多分。
かつシューチーズを食べられなかったことがよっぽど頭にきたのだろう、結局全員食べれずに給食センターに返却したらしいから。
この事件は「シューチーズ紛失事件」と命名され解決まで全校生徒・教員で立ち向かうこととなった。
こんな情けない命名の事件は本邦本県初であることは疑いようもない。



なんとういうことだろう、本当に悪夢のようなことだが次の日から道徳の時間の議題は全学年全クラスにおいて「シューチーズ紛失事件について」と固定され、全員で事件について45分間の話し合いをし意見をまとめ、さらに毎週月曜朝の全校集会は1時限目にかぶるぐらいの時間を使い「シューチーズ紛失事件について」の作文を各クラスから1名朗読での発表。
さらに、週1で「シューチーズ紛失事件について」の作文を全校生徒が原稿用紙1枚分を書いて提出することになる。

気が違っている。
マジで。

3年生は受験生だし現代なら考えられない蛮行であるが、当時の生活指導教員には現在でいうとノースコリアの指導者並の力があったように思う。

暗黒。なんという暗黒。
犯人が自首しないばかりに、そして捜査員の無能さの代償に若者の貴重な時間がドブへと消費される狂気。
以来、当時の3年生卒業までこの暗黒時代は続く。
時間にして7ヶ月。
当時としては世界で1番時間を無駄にした中学校だという自負がある。



3年生の不良グループは大きく分けて3つ、
1つ目はシティのヤクザと少し交流を持つ(多分上納金を納めている)大人びた落ち着きのあるグループA。
2つ目は中学校デビュー叩き上げの元気ヤンキーによる武闘派。市内のH中学校と仲が悪いグループB。Aとは勢力を張り合おうとしているがAはそれほど気にしていない。
3つ目はバンド活動している連中を中心としたグループC、特に蛮行はしないがタバコ、夜遊び、不純異性交友はお手のものだ。
例外でどこにも属さないハグレ不良がポツポツと何人か。

おそらく、グループA所属の鉄砲玉か、B所属の誰かだろう。
教師連中とはすこぶる仲の悪い数名のうち誰かが主犯だろうとは思われていたが、ついに彼らは自白することも常人逮捕されることもなく卒業まで漕ぎつける。

この間、生徒1人が書いた作文はゆうに原稿用紙30枚を超えるだろう。
道徳の授業合わせ費やした時間は軽く見積もっても50時間。
いま思っても目眩がする。
作文といったって「犯人は悪いと思います」とか「なぜ自首しないのでしょうか」とか「私なら耐えられません」など紋切り型のものばかりで、事件解決につながるものが皆無であることは明白だ。
あの原稿の束を当時の教師達はどうしたのだろう。
犯人に宛てた作文コンクールでもやればよかったのに。


このような事件等により「集団責任はほぼ理不尽である」ということを学んでいくのだが、当の犯人はどうだったのだろう。

….

この事件、在学中にはついぞ解決の日を迎えなかったのだが卒業の数年後にグループBにいた先輩から真相を聞いてしまった。

グループBはグループAに差を付けたい一心で「消防署シャッター破壊事件」とか「期末テスト後に校内忍び込みテストの答案用紙燃やす事件」とか「H中学校グループと決闘事件」を色々とやらかしていた。
そうして生活指導に目をつけられていたグループBの3年生幹部「キヨシ」が生活指導の武井への復讐で「みんなのご褒美・シューチーズ」職員分1箱を盗んでみせたのだった。
授業に出ないなんてことは日常茶飯事だったので、無人の配膳室に忍びこむなどはわけもない。盗んだあとは学校付近のアジトで仲間とパーティーで思う様シューチーズをゲロ吐くまで貪るのである。まさに気分は酒池肉林、彼らにとっては中学時代の栄華を極めた一幕であろう。


そのキヨシの苗字は、俺と一緒だった。
親戚付き合いはほぼ無いが、遠い親戚だったのだ。
子供の頃よく遊んでいた。
端的に言うとショックだった。

中学校に入りグレた、というのは風の噂には聞いていた。
家庭事情は詳しく知らないが、父親と母親がうまくいっていないとか、母親が出ていったとか、そういうことがあった気もする。
本人も若干暴力的というか、人の痛みを解れないようなちょっと欠けたところのある人間だったが、子供会で一緒の時などは料理もできるしテントも立てられる頼もしい先輩の1人だった。

何が彼をこのように作り替えてしまったのか、今では知る由もない。
そのまた数年後、友達との飲み会中に泥酔した挙句「財布を川に落としたから取りに行く」と川に飛び込み流されて死んだという。

俺たちの中学一年生後半を暗いグレイに彩ったこの事件は未だ解決することなく、楽しいはずだった思い出の一幕に影を落としたままだ。
真相を知るものも貝の如く口を閉し、主犯の顛末を抱えたまま墓場まで持っていくことだろう。


重いな!この話。
へば。


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