愛情から真心に変わった荷物の色彩

カンカンカンカンカンカン
何だよぉ、もうこんな時間かぁ。
二日酔いの身体には酷な朝の知らせだ。


マンション前にはお寺があり、毎朝決まって7時に鐘が鳴るのです。
カンカンカンカンって具合に。
雲水にとっては朝のお勤め終了の合図だろうが、単身赴任の身としては、厳しい朝の目覚めを知らせる嫌がらせのようなもの。
早く起きろーって具合に。


こうして39歳から人生2回目のひとり暮らしがはじまりました。
つまり、単身赴任ってやつです。


単身赴任が決まったときは、そのイメージから”自由を手にした移民”のような解放感に浸っていましたが、いざはじめてみると、それが単なる幻想であることを痛感します。


人事異動の内示が言い渡された11月の下旬、幾日かの休暇を頂き、実際に赴任予定先に赴いてみて住居探しをはじめました。どうも勝手がわからず、無計画のまま、新幹線を降りた駅前の不動産屋に、アポなしで飛び込んでみました。古いジーンズと少し汚れたスカジャン、靴もボロボロのスニーカーときている。おまけに無精髭で、我ながらサラリーマンとはとても思えない格好。そんな無職っぽい風貌で来店したためか、対応してくださった店員も明らかに上から目線。


「この辺りの相場は少なくとも8万円くらいからですけど」
尋ねてもいないのに先制攻撃だ。
ははぁーん、人を身なりで判断してるなと思い、咄嗟に「予算は20万で」とたかを括ってしまった。


「えっ、20万ですか!!では、こちらにおかけください」と態度が一転。
やっべぇ、頭に血が昇り、ちょいとふかしすぎたかも、、、今更「安っすい物件を探しているのですが」とは言いにくくなってしまった。
もしかすると、これは不動産屋の手口なのでは、と疑ってしまうほど鮮やかでした。


結局、2LDK(84平米)15万程度の駅近物件で落ち着きました。
勿論、月に15万も払うのですから、今回はバストイレあり、オートロック付きの安心物件、しかも築1年ときた。更に監視モニター付きであるため、突然の不穏な訪問者を完全にブロックできる。これでもう集金屋とりたてやには怯えなくて済むんだ。


しかし「ひとり暮らしには些か広すぎる」と、後になって妻からは大目玉。妻の目線を気にする遠距離生活がはじまったのも、多分この頃からなのだろう。


JR沿いの物件だったこともあり、昼夜問わず列車の通過する音で騒がしく、朝になるとお寺の鐘で目が覚める始末。そう、常に何かしらの音がする。物件選びのとき、お寺の鐘までは気づきませんでした。


広すぎる間取りは、当初抱いていた「自由」という幻想を容易たやすく打ち消し、そこには寂寥せきりょうという現実が待っていた。


ピンポーン、


誰だろう、と思い、リビングにあるモニターを覗いてみる。
「お荷物でーす」
モニター越しには宅配業者であることが一目で分かります。だから安心して解錠し玄関先までお通しすることができる。



モニターって良いですね、居留守だって簡単に使えるし。もう、取立て業者や押し売り業者が、諦めるまで息を潜める不毛な時間を過ごすこともないんだ。


こんな当たり前のことが一際ひときわ嬉しく感じました。


荷物の送り手は妻からだった。
中身は衣類全般と息子の手紙。
「そろそろ春なので似合いそうなシャツを買っておきました」と妻から、それと「パパお仕事頑張ってね」と息子から。


はじめて一人暮らしをした19歳。母からの荷物は、野菜やら缶詰め類が多かった。きっと我が子を思う母の「愛情」なのだろう。食べるものに困っていないか、少しでも美味しいものをと考えてくれていたのであろう。


そして、2回目のひとり暮らし。
母からの荷物は無くなり、妻からのものが殆ど。
荷物が届く時期は季節の変わり目が多い。遠くで暮らす僕の不憫さを気遣うものであったり、衣類などで季節の変わり目を知らしてくれたりする。息子の手紙からは、遠くで暮らしていてもしっかり成長の証が感じ取れる。どれも皆んな「真心」がこもっているんだ。


ひとり暮らしの部屋で受け取る荷物には、毎回必ず送り手の「こころ」を感じます。学生の頃と単身赴任の今では、その感じ方に大きな変化があるんです。母の「愛情」から妻の「真心」。


突然実家から飛び出し、ひとり暮らしの寂しさを感じた10代の僕。そして、幼い息子を妻に委ねることになり、申し訳さを感じた39歳の僕。


20年ごとにひとり暮らしがはじまっている人生だと、ふと気づく。
現在は単身赴任をはじめて12年。まだまだ現役の単身赴任族ですが、統計上は59歳になるときに再びひとり暮らしを経験することになる。なんだろう。


まさか、熟年離婚でガチでひとりぼっちになるのではないか。いや待て、ひとりで天国に行くことになる可能性だってある。孤独死みたいに。


嫌だ。そんなの嫌だ。どうしたら良いのだろうか。
妻への服従と健康管理だけは今からでもできる。
今、僕にできることをしっかり考え、それ実行する。そんなことを殺風景の部屋で体操座りして考える、51歳の単身族です。



今回もメディアパルさんの企画に寄せて投稿しました!


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