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黄昏に咲く虚ろな青春(仮)

思うように歌えたのかも覚えていない俺は、

どこからか湧き上がってくる悔しさと、無力感だけを背負って、

会場を後にした。

それから数日が経ち、次のオーディションが待ち構えていた。

渋谷にそびえる大きなビルの中で、それは行われる。

前回のオーディションとは違って、数人ずつが呼ばれ、

順繰りと自己PRの場が設けられているようだ。

俺は会場に向かい、受付を済ませてから、重く大きな扉を開けた。

俺より先に到着していた人たちは、比較的青ざめた顔をしていた。

雰囲気に飲まれまいと、顔を伏せたが、場違い感は嫌でもわかる。

誰も楽器を持っていない。そんな些細なことが不安になる。

恐らく他の人は、周りのことは気にせず、自分に集中しているのだが、

こういう場でも、俺は周りの目や空気を伺ってしまう癖があるらしい。

効率よく進められるオーディションは、何時間も待つことなく、

俺を含めた3人が名前を呼ばれた。

一番左に座り、顔を上げると、事務所の関係者が、10人ほどこちらを見ている。

事務所によって、こんなにもスタイルが違うのかと、少し雑念が入る。

右から順番に、自慢の特技を披露する。

できれば最初に歌いたかったが仕方がない。

耳だけ傾けていると、衝撃的な一言から始まる。

「こんにちは。ホストクラブのオーナーやってます。」

意外な発言で、思わず、首まで傾けてしまった。

確かに見た目は、一風変わった強面の30代。

書類選考って、本当に意味があるのかと疑問に思う。

彼は、ホストのオーナーになった経緯や、有名になりたい理由などを

軽い調子で、テンポも悪く語り始める。

事務所側の大半の人は、半笑いしたり、呆れた顔を浮かべたまま、

その人に与えられた時間は終了した。

よかった。あの人の直後だったらインパクトで殺される。

次の女の子には申し訳ないが、一安心して自分に集中できた。

人間には、学習能力が備わっていて、一度経験したことに対する

免疫は多少なりとも付くようだ。

緊張こそしていたものの、ありのままの自分を表現でき、

難なくこの日を終えることができた。

自分の持てる力を発揮できれば、結果について考えるのは後回しにできる。

家に帰る途中で、少し贅沢なテイクアウトをして、気分良くその日は眠れた。


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