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初めまして。2023年から息子がシンガポールの幼稚園に通い始めました。駐在でも現地採用…

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初めまして。2023年から息子がシンガポールの幼稚園に通い始めました。駐在でも現地採用でもない、無職の記録。 家賃爆上がりのシンガポールでひいひい言いながら生活しています。2023年12月まではシンガポールにいる予定、その後のことは未定。

最近の記事

シンガポールでママ友が出来た話

シンガポールに来て約4か月経ちました。 シンガポールには在留日本人が3万人以上いるそうな。 やはり母語(私の場合日本語)で話すと楽だし文化的背景の観点からも話題が盛り上がりやすいので、息子のためにも日本人のお友達が出来たらいいな~と思うこともあります。決してジャパニーズコミュニティーを避けているわけではありません。 しかし、私と息子が住んでいるエリアは、日系幼稚園もなければ駐在員とその家族もあまり住んでいない、超ローカルなエリアなのです。 息子の通うローカル幼稚園も、日

    • シンガポールで何してる?

      20代の頃は海外にいることが多かったので、友人から久々に連絡が来ると ”今どこにいる?日本?” と国単位で聞かれることが多いです。 私:”今、シンガポール。” 友人:”え?何で?移住?何してんの?笑” 私:”ん~、ぶらぶらして。笑” 友人:”へ~、そうなんだ!” 大体こんな感じで返事をしています。 友人は深く追求してきません。海外にいるほうが自然だと思われているのかもしれません。 さて、私は現在長期ビザ(Long Term Visit Pass)でシンガポールにいます。

      • シンガポールへ傷心旅行(30代前半の頃)

        最近、明け方の2時とか3時に目が覚めることが多いです。 色々と考え事があると眠りが浅くなる傾向にあります。 シンガポールへ初めて来たのは2015年、現夫と出会う前のことです。 女一人旅、失恋の傷心旅行でした。 20代の頃大半を共にしたパートナーと別れた後、猛アプローチされてお付き合いした男性がいました。全くタイプでも無いし初めはお断りしていましたが、だんだんと彼の優しさや私を大切にしてくれる気持ちに惹かれていきました。 彼はミャンマー生まれの中国人(ミャンマー国籍、台湾

        • 私の出産(30代半ばの頃)

          妊娠後期は切迫早産になりかけ暫く安静にしていましたが、2019年に長男を出産しました。 臨月の頃は大きなお腹が苦しくて、隙あらば横になっていたと思います。 その日も夕方、ソファでうたたね寝をしていました。 ジョロ ん?尿漏れにしては明らかに量が多い・・・ 破水でした。 すぐに病院に連絡し、その日のうちに入院になりました。 夕方19時頃、夫と実母共に産院に到着。到着したとたん、滝のようにお股から羊水が流れ出ました。どばばばば~~~~。 『初産だし、まだまだ生まれないから

        シンガポールでママ友が出来た話

          つわりと涙(30代の妊娠)

          不妊治療で受けたラパロドリリングの手術と高額な鍼治療・漢方服用を続けた結果、第一子を妊娠することができました。30代半ばの話です。 妊娠の喜びもつかの間、すぐにつわりが始まりました。 私の場合は”食べづわり”で、とにかく何か口に入れておかないと気持ちが悪くなりました。特にはまっていたのが、セブンイレブンのコンビニおにぎりです。自宅から最寄り駅まで徒歩12分、その間のセブンによっておにぎり補充をしておかないと駅まで歩けませんでした。 日中は常に胸焼け、どんよりした船酔いの気

          つわりと涙(30代の妊娠)

          人生の転機(30代の不妊治療と妊娠)

          不妊治療を経て、最終的に第一子を授かるお話です。 心の闇も書いているので、不妊治療の内容が苦手な方はスルーしてください。 思い返せば20代の頃の私と30代の頃の私は、全く異なる人生を送っています。 住む場所も、取り巻く環境も、パートナーもがらりと変わり、まるで別人の人生を送っているような感覚なのです。 30代半ばで迎えた大きな転機は、不妊治療→妊娠→出産でした。 34歳で夫と入籍し、私はすぐに不妊治療クリニックの門を叩きました。 自然に任せていると絶対に妊娠しない体だ

          人生の転機(30代の不妊治療と妊娠)

          孤独が消えた夜(30代前半)

          極度の不安とストレスで心がつぶされそうになりながら、30代を迎えました。 彼(現夫)と出会ったのは31歳の時。 コロナ禍のもっと前、夜の街に出会いが溢れていた時期です。 何となくこの人との縁はすぐに切れるかと感じていました。 しかし、笑のツボが合う、次に会う約束が繋げられる、お互いに誠実でいられる、なんてことが繋がり、お付き合いを始めました。(5年後には彼の子を産むことになります。人生って不思議。) プロポーズされたのは旅行で行った函館の旅館でした。 彼の年齢的にも結婚

          孤独が消えた夜(30代前半)

          自分で蒔いた種(20代の後悔)

          今朝、明け方急に思い立ってnoteを書き始めました。 今はシンガポールで家族で過ごしていますが、10年前の私は、30代の自分がこんなことをしているなんて想像もしていませんでした。 大学をカナダで過ごし、20代前半に日本へ帰国。 大学卒業後も定職にもつかず、ぶらぶらとアルバイトで繋げる日々でした。 当時のパートナーが英会話教師をしていたので、当面の生活費には困ることはありませんでした。(給料を全て私に渡してくれるシステム) 仕事なんて嫌だったら辞めてしまえばいい、フルタイ

          自分で蒔いた種(20代の後悔)

          自己紹介とシンガポールへの経緯

          初めまして。 突然、noteを書いてみよう!と今朝は朝4時半に目が覚めました。 シンガポールからお届けします。 2022年の秋ごろまで日本のブラック企業で訳の分からない揉め事に振り回されながら、ストレスも限界、精神的な不良と不眠症に悩まされていました。 思えば2020年から2022年は、何をしても上手くいかず心が痛い日々が続きました。2人目の流産、安月給のサービス残業、上司からの重圧、完全に委縮していました。 私ってこんなに弱かったっけ? こんな理不尽なことに言い返せな

          自己紹介とシンガポールへの経緯