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【ショートショート】裁き

「本日は、いま全国各地で起きてる『裁き』に詳しい新島先生に来ていただきました」

とあるネット番組に招待された新島という男は、いま全国各地で起きている「裁き」に最も詳しい男だ。

「本日はお招きいただき、ありがとうございます。この機会をお借りして、皆さまに裁きの恐ろしさ、そしてどのように対策すべきなのかを、よりよく理解していただければと思います」

新島は柔和な笑みで語ったその言葉は、表情とは裏腹に怒気を感じる雰囲気が少なからず感じられた。

司会者である私、竹内は、新島に早速「裁き」についての質問をぶつけてみた。

「新島さん、早速ですが『裁き』とは何なのですか?なぜ日本中の罪なき人たちが怪我をしたり、ひどい時には死ななくてはならないのです?」

「竹内さん、それは違います。まず『裁き』は罪なき人たちに対して攻撃なんてしません。裁きは平等です。平等に罪を犯した人たちに対して攻撃しているのです」

私は顔をしかめた。平等に?罪を犯した人たちだって?私が知る限り、裁きを受けた人たちは犯罪歴のない人たちばかりだ。中には礼儀正しく真面目なサラリーマンが、裁きを受けて死亡してしまった事例だってある。そんな人が、一体なんの罪を犯したというのだ?

「竹内さん、最近SNSで中傷を受けて自殺した方がいましたよね。あれで実際、何人捕まったと思います?」

「……」

SNSによる中傷被害は年々増加している。悪意のある言葉で傷つき、時には自殺にまで起き込まれる人たちも少ない。

ただ、新島の言う最近SNSの中傷によって自殺した人間は…ネットで人気になったとある男性だ。

事の発端は、彼に対して性犯罪の疑惑がSNSで拡散され、非難が集中したことだ。彼は当初は静観していたが、非難が止まず弁明し、その後は活動を休止。しかしそれから数ヶ月後に彼は遺体で発見された。

そして彼の死後、3つの事実が明らかになった。

まず一つは、性犯罪の疑惑は悪意のあるアンチによる捏造であったことが判明。

もう一つは、彼を非難していた人たちの多くが彼をよく知らず、勝手に流れてきた情報のみで彼を悪者と断定し、正義心で彼を叩いていたこと。

そしてもう一つが、その多くの人たちが何の罪にも問われていないことだった。

私は重い口を開いた。

「疑惑を捏造した人物は…私の知る限り捕まってます。ただ、おそらく捕まったのは彼くらいかと」

「そうですね。その彼でさえ大した重い罪に問われていません。酷いですよね、彼は殺人に匹敵する行為を行なっていたのに」

「だが、死にました」

そう、捏造した情報を流し、ネットで人気になった男性を死に追いやった人間は警察に捕まった後「裁き」を喰らい、死亡した。

「私の個人的な調査では、近年『裁き』を喰らった人たちはSNSで頻繁に誹謗中傷をしていました。そして頻度・悪意のレベルによって、裁かれ方が違っていたのです」

「具体的にどう違っていたのですか?」

「そうですね…裁きに遭われた40代の女性は、最近SNSを始めたらしく、その時たまたま事件になった情報に触れ、思わず非難してしまったんですよ。その後に裁きを喰らい、片腕を骨折してしまったそうです」

「それは酷いですね…」

「いえ、もっと酷い裁きがあります。20代くらいの男性は日頃から、趣味と言っていいほどSNSで誹謗中傷を行ってました。話を聞くとアカウントを作っては消してを繰り返して徹底的に追い込んでいたのだとか。今回の事件でも同じように徹底して追い込んだそうです」

「その彼は…どうなりましたか?」

「実はそのエピソードは、彼の目で教えていただきました」

「どういうことですか?」

「彼は今、身体を動かすことができません。裁きを喰らい、寝たきりの生活を送っています」

思わず絶句した。

いくらなんでもやり過ぎだ。もし「裁き」が人による行為なら、その人間は決して天国に行けるような人間ではないだろう。その寝たきりの生活を送っている男性以上の裁きを喰らってもおかしくはない。

「…なんて考えていますか?」

自分の心が当てられたようで、新島のことが不気味に思えた。

「私は…今までがおかしかったのだと思ってます。多くの人がやってるから裁かれない、みんなでやってるから大丈夫、自分がやったことは大した事ではない、直接手を下した訳ではないから悪くない…おかしくありませんか?」

「おかしいですが…裁ける人数には限りがある」

「そうですね。ですが、許せない話だ。裁かれる人間が罪を認めず、たとえ人が死んでも許される。私は、この社会には『裁き』というシステムが必要なのだと思ってます」

「それは法律を否定するということですか?」

「いえ、そんな難しい話はしていません。私もまだ、法律は必要だと思ってます。でも、もし、この『裁き』が人々の罪のレベルに応じて自動的に裁かれるのなら…もう我々は辛い思いをする必要はないと思ってます」

「正直、わたしには肯定できません」

「それは信じられないからですか?受け入れられないからですか?」

その時、スタッフからカンペで指示が下った。そろそろこの番組も終了だ。

「さて、良いところですがお時間になってしまいました。新島さん、本日はありがとうございました」

「いえいえ、とんでもありません。本日はこのような機会を設けてくださり、ありがとうございます」

そして番組は終了した。

終了して、新島は立ち去ろうとした。立ち去る前に、私はふと感じた疑問を新島に聞いてみた。

新島はフッと笑った。

「私は、天国には行けませんよ」

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