「食べる」と「栄養」のスウェーデン流高齢者ケア
「生きている」ということを感じる要素に「食べる」ことを上げる人は多いです。
スウェーデンでは、認知症の病気の進行によって食べられなくなっても、胃瘻はつくらないというのが、国のガイドラインです。
食べられるものを、食べられるだけ。最期は味わいたいものを口に入れて楽しむ、というのが人生の最期の食事のスタイルです。
もちろん、このことについては家族にはしっかりと話をしています。
認知症の人にとってどんなことが「質の高い生活となるのか」という価値観で医療者と丁寧な話し合いがあるとほとんどの人は胃瘻を作ってほしいとは言いません。
チョコレートが大好きだったグルタブさんの最期の時には、家族が来てお茶をする時間に、リクライニングの車いすへ移り、チョコレート味のシェイクを口腔ケア用の棒のついたスポンジに染み込ませて、家族がお手伝いをしながら味わっていました。
「家族」「お茶の時間」「味わう」というのは、スウェーデン人にとって人生のかけがえのないものです。それを最期までできるというのはとても意味のあることだと思います。
高齢者施設でも、病棟でも朝食は、オートミールに「こけもものジャム」か、リンゴジャムを添えたもの、数種類の味のヨーグルト、ハム、卵、チーズなどをのせたオープンサンド、オレンジジュース、リンゴジュース、こけもものジュース、コーヒー、お茶から自分の好きなものを選びます。
オープンサンドでは、のせるものの種類もいくつかあります。パンは、白い食パン、黒いパン、乾燥したパン、ウエハースのようなものなどいろいろあり、バリエーションはたくさんになります。
高齢者施設で働き始めたころ私はスウェーデンのことをまだまだ知らなかったので朝食をキッチン担当のスタッフに漏れのないように伝えるのに苦労しました。
朝食を自分の部屋で食べたい人には運びますが、その他のひとは食堂で食べます。毎朝、ホテルの朝食のように並べられたものの中から選ぶ人もいますし、毎日決まったものを食べる人は席につき「いつも通りで」と一言いいます。
朝食が来るまでに新聞を読む習慣のある人の席には、新聞が置かれています。高齢者にとって施設は自宅なので、これまでの習慣が同じようにできるようスタッフはお手伝いします。
施設の生活に高齢者が合わせるのではなく、あくまでも高齢者に合わせてスタッフが仕事をするのです。なので、ニンジンが嫌いなハンスさんのお皿に、ニンジンがのることはありません。
個人の人生がもう出来上がっている高齢者、さらに新しいことに適応することの難しい認知症の人は、それまでやってきたことと同じようにしていくことが一番なのです。
多くの高齢者は、体調の変化によって食欲が低下し、体重が短期間に減りってしまうことがあります。栄養状態の低下、体重の変化によって転倒や、免疫力の低下による尿路感染を起こすことも多いです。
病院では、最近の食欲、体重変化を聞き取りし、数日間の摂取カロリーと水分を計算して、低栄養の人には、栄養ドリンクを提供します。100ccで200kal、高たんぱくのものもあるので、食事の後に少しでも飲んでもらえるように配膳します。味は、ジュースのようなもの、ミルクの含んだシェイクのようなものがあり、カプチーノ味はコーヒーが好きな人には抵抗なく飲めます。いろいろな味で飽きが来ないようにしつつ、少しでも体力がつくよう考えていきます。
食事の形態は、常食、簡単に咬めるもの、ペースト食、液状食(スープ)があります。咀嚼機能の低下している人には、たっぷりのソース(ホワイトソースのようなもの)のついた簡単に咬めるものを選ぶことが多いです。
嚥下機能の低下した人には、スープの食事で摂取できる量は少なくなっていくことが多いので、午後のお茶、夜のお茶の時間には、栄養のあるものを食べてもらいます。例えば、ウエハースにたっぷりバターを塗って、薄いチーズかレバーペーストをのせます。ウエハースは唾液で溶けますし、チーズも歯茎で切れるので食べやすく多くの高齢者がお茶の時間に食べています。
高齢者への食事ケアに関して、糖尿病、高血圧の人に対してもスウェーデンはあまり厳しい食事制限をしていません。もちろん、糖尿病の人には、糖尿病外来で血糖が上がりやすい食品を避けるように話をしますが、施設や老年疾患科の病棟では口うるさくいうことはまずありません。
すでに治療をしている人ですから、自分の判断で食べるものを決め、我々は、その高齢者の決めた食習慣を継続できるようお手伝いするだけです。
ここでも、大事なことは、「生活の質」です。正しい知識を提供したうえで、食習慣を変えずに生きることがその人にとって「質の高い生活」であるならば、スタッフはその人の決めたことを尊重していきます。
私は日本では見たこともないような、驚くような量のインスリン注射を高齢者に打ちつつ、このスウェーデンの徹底した「自己決定」の価値観に驚くことがよくあります。
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