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ラベンダー栽培発祥地の南フランスが苦しむ「ラベンダー枯れ病」についての個人レポート。

日本のラベンダー観光地・栽培の現場(富良野や本州各地のラベンダー園など)でもなかなか耳にすることのない、遠く離れた欧州のラベンダー原産地である南フランスでは、2000頃からフランスのラベンダー産業を揺るがす大問題が起きていることをご存知でしょうか。

仏語Wikipediaラベンダーページより参照

日本語のWikipediaページではわかりづらくちょこっとしか枯れ病に関する文節が登場しないが、仏語ページだとわりとすぐの文頭位置にStolbur ファイトプラズマ感染症によるラベンダー枯れ病の被害とエッセンシャルオイル生産量への影響などが書かれています。文化価値的にも、よほど頭を悩ませる社会問題なのだと推測できます。

2010年頃は特に枯れ病の被害が凄まじかったらしく、フランス国内の精油市場で一時9割の製品がブルガリア産ラベンダー精油に置き換わるほどであると示されています。

◾️『ラベンダー枯れ病』の複雑で解決を困難にしている病理機序。

・ヨコバイが感染拡大を手伝い、細菌はラベンダーの中で繁殖し、農法がそれを助長する現状

『ラベンダー枯れ病』は一概にヨコバイが宿主となり体内で増えた細菌によってラベンダーがダメージを受けるといった一方的な機序ではなく、Stolburファイトプラズマ細菌の生存戦略としてヨコバイとラベンダーとを行ったり来たりする生活環であることが判明しています。

Stolburファイトプラズマはシソ科に特有の生活環を持つ植物感染の微細菌ですが、細菌の生存戦略としてヨコバイを宿主とすると越冬ができず個体のライフサイクルが短い為に不向きであることがわかります。
地中海地域に特有のシソ科低木であるラベンダーやローズマリーなどは長ければ10数年は生存する植物なので宿主とするのに都合が良いことがわかります。
これらの機序は古来から存在していたと思われる自然摂理(ラベンダー生育の数と枯れ病の流行はラベンダーの自然枯死という水準で均衡を保っていた)ですが、加えて1920年頃からラベンダーは人為的に数を殖やされてきたので、ファイトプラズマやヨコバイ双方にとって餌が増えたといえる状況になりました。
こういった背景が『ラベンダー枯れ病』の流行化を招いたといえるのです。

・発症状態と未発症状態とがある

現在のラベンダー栽培の作付け法において、Stolburファイトプラズマの感染経路をより大きくしている要因がいくらか存在しています。

一つはラベンダー枯れ病の原因細菌であるStolburファイトプラズマに感染したラベンダー株が即座に枯死するワケではない点です。
Stolburファイトプラズマ細菌を未感染ラベンダー株に罹患・持ち込むのは南ヨーロッパに生息する半翅目のヨコバイ(Hyalesthes obsoletus)であり、この媒介虫がラベンダー樹液を吸汁することで細胞表皮からStolburファイトプラズマに感染するといった感染経路。

ラベンダーの葉や茎など表皮細胞に入ったファイトプラズマ細菌は自身の増殖のために道管・師管内に入り、根に到達するとそこで増殖を始めるそう。
感染直後の時点ではラベンダーの外見上には大きな変化は見られず、感染から暫く経過した後の気温が上昇する翌年以降6,7月頃に細菌汚染が樹体レベルで広がり、師管の栄養伝達を詰まらせる・鈍らせることで枝葉の乾燥や黄変を引き起こし発症、続いてラベンダーの枯死を招くプロセスとなっています。

この感染から発症・枯死までの時間的ラグが1930年代から現在まで続くラベンダー栽培農法に不都合となっているのです。
ラベンダーの苗木生産はほとんどが挿し芽・挿し枝繁殖法となっており(70年代精油買取価格の下落や燃費増に対するコスト安経営)、この不本意に感染株の枝葉を切り分ける苗木生産法が未発症のStolburファイトプラズマを拡げる一因になっているのです。

論文紹介とともに詳しく後述しますが、ヨコバイにはファイトプラズマの親子感染経路(卵細胞を介しての感染)が見られない事が判明しており、感染経路的にはファイトプラズマの範囲拡大に寄与しているのみであるそう。

・現状での具体的な対策法

現在Stolburファイトプラズマの感染経路を断つ方策はまったくと言っていいほど見つかっていないのが現状ですが、唯一見出されている対処法というのがラベンダー種子まき栽培法です。

コスト・労力的にもラベンダー栽培の時代水準を1900年頃まで後退させる方策ですが、ラベンダーの種子にはファイトプラズマは親子感染せず、実生苗からは100%未感染株を作り出すことができるので、早期枯死/短寿命化を避けることができるとされています。(植え付け以降はヨコバイによる罹患リスクに晒される)
これらはコモンラベンダー(L. angustifolia)とラバンジン(L. x intermedia)双方に適応できる方法ですが、実生苗であることで品種の安定性を損ない、精油の品質安定に直結するといったデメリットも孕んでいます。

Fonds Sauvegarde du Patrimoine Lavandes en ProvenceのFacebookページより引用

他にはラベンダー栽培地の畝間にラベンダーよりやや高い草丈を持つ植生帯(大麦や洋がらしなどの他作物)を設けることでヨコバイを飛翔しづらくさせる対処法などが試験されているようです。

・耐病性品種でさえも駆逐されつつある現状

ラベンダー枯れ病の流行拡大プロセスをみると、1950年代より顕著となり、20年後の1970年代に激化という経過を辿っています。
つまるところ、ラベンダーの農地植え付け栽培と交配種ラバンジンの作物種導入が始まった1930年代から約20年のラグを経てファイトプラズマの流行拡大が始まったといえる状況のようです。
そして1970年代より耐病性品種として選抜され栽培主力となっていたラバンジン・グロッソ(L. x intermedia 'Grosso')ですが本格導入から40年あまり、ついにその耐病性の壁すら越えられてきている現状のようなのです。

https://hal.science/hal-01603189/documentより参照

上記2020年に発表された枯れ病に対する応用プログラム実施の結果を見る論文ですが、1文節で栽培主力のグロッソでさえも被害が拡大していることが示されています。
さらなる耐病性品種の作出が急がれているようです。

▶︎ラベンダー枯れ病の原因細菌の媒介者を確定した論文。

https://www.researchgate.net/publication/328134050_Lavender_Decline_in_France_Is_Associated_with_Chronic_Infection_by_Lavender-Specific_Strains_of_Candidatus_Phytoplasma_solani

難しい課題として、媒介虫であるヨコバイを捕殺または殺虫剤の散布は、益虫であるミツバチにも影響を与えるため実行できないという難点がある。

▶︎温暖化・干ばつの増加はラベンダー枯れ病を激化させる。

論文Approche métabolomique pour l’étude du dépérissement de la lavande : application aux composés non-volatilsからの参照

現在もなお続いているStolburファイトプラズマによる枯れ病被害は、気温の上昇と干ばつによっても激化することが上の文中引用箇所で示されています。

仕組みとしては、気温が上昇することによってStolburファイトプラズマ細菌の植物細胞内増殖、および細菌の媒介昆虫であるヨコバイ(Hyalesthes obsoletus)の好適繁殖環境となり個体数が増加し、保菌するヨコバイの数が増えることでStolburファイトプラズマに感染するラベンダー及びラバンジンの数も自ずと増えるという事。
加えて、ラベンダーは古来サハラの砂漠乾燥地帯より北進してきた植物なので元来乾燥耐性はありますが、あまりにも過度な干ばつともなると乾燥ストレスから植物体の弱体化を引き起こし、Stolburファイトプラズマ感染と相乗することで枯死率が上がるという事です。

すなわちの解釈で、乾燥地域がより高温化・乾燥化が進む地球温暖化が進行してしまうと、現状のままではさらなるラベンダー産物の収量低下、産業構造の萎縮を進めてしまうことが危惧されます。

■「枯れ病」対策のための研究基金"Fonds SPLP"

https://www.sauvegarde-lavandes-provence.org/

南仏ラベンダーとラバンジン栽培発祥地の産業とラベンダー資源を守ろうと、数多くの著名企業が出資しているようです。
我々にも知れた企業としてはシャネル、ロクシタン、資生堂など多数の企業が支援しているよう。

発起人はロクシタン創業者のオリビエ・ボーサン氏のようで、ごく近年2012年に発足しているようです。

■付随する香料作物専門の対策研究機関"CRIEPPAM"

CRIEPPAM(所在地マノスクのNPO)はラベンダー枯れ病に対する研究成果からの応用策の実行・実証組織であるといえます。

https://theses.hal.science/tel-03267843/documentより引用

表立った活動として、対策の一環として効果が試験されている、他種作物の畝間植栽によるヨコバイ飛翔防止柵防虫ハウス内での育苗などがあります。
ラベンダーに対して媒介虫のヨコバイを着地させづらくさせる植生防護柵を設ける策のようですが、図のように大麦を使用すると生育の遅れた若いラベンダーの日照競合となるデメリットが浮上したそうです。

若い人がどんどん減る地元【三笠市】もついに人口7000人台目前。 朝カフェやイベントスペースを兼ねたラベンダー園で今いる住民を楽しませ、雇用も生み出したい。そして「住みよい」を発信し移住者を増やして賑やかさを。そんな支援を募っています。 畑の取得、オイル蒸留器などに充てます。