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スペインの国技、闘牛は「消えゆく文化」なのか

こんにちは、しえです!いつもご覧いただきありがとうございます!

スペインといえば?と聞かれてパエリア、フラメンコ、闘牛を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。スペインの国技である闘牛ですがアニマルライツの問題で、今日では良いイメージを持っている方は少ないでしょう。

事実、スペイン本国でも「いつかは消えゆく文化」との見方が強い闘牛。今回はスペインの国技、闘牛に迫ってみたいと思います!

扱うテーマの性質上、デリケートな部分もあるので動物大好きな方は注意してね。


闘牛の中身

パンプローナの闘牛場

まず、日本で生活していればスペインの闘牛の全貌を知ることはほとんどないでしょう。スペインへ旅行に出かける人は近年増えていますが、「闘牛を見てきた」という話はまったく聞きません。まずは「こんなものだよ」というお話から行きましょう。

闘牛士は最初から最後まで1対1で牛と対峙するわけではありません。大きく分けて3つの段階があり、闘牛士の数は全部で6人。

  1. 武器を持たない闘牛士、Banderilleroバンデリジェーロが牛の癖や状態を確認するためにピンクの布を使って走らせる。3人。

  2. 次に短い槍を持ったPicadorピカドールが馬とともに戦う。牛の背中に槍を刺す。2人。

  3. 再度バンデリジェロが登場。短い銛を手に牛と戦う。

  4. 最後に登場するのがMatadorマタドール。1人。ムレータという赤い布を使って牛を動かした後、長い剣で一突きし牛を絶命させる。「真実の瞬間」と呼ばれるクライマックス。

こちらがスペインの闘牛の一部始終です。

うーん。これは今の時代、動物虐待と言われても仕方がない気もする。しかし、スペインの闘牛は知れば知るほど「動物虐待」とひとくくりにできない側面も持っています。

どうしてスペインの国技が闘牛なのか?

人気は・・・あるのか?

20数年前まではスペインのアイコンとして揺るぎないポジションを確立していた闘牛。昔はツアー旅行に組み込まれていたり、スペイン観光の定番でもありました。

大きな黒牛と人が戦う文化はどのようにして生まれ、どのような立ち位置で、どうして定着したのでしょうか。

スペインの闘牛文化の歴史

スペインで闘牛が始まったのは12世紀頃とされています。最初の頃は貴族の娯楽として人気が高まり、その後庶民層へと広がって行きました。

現在のように馬に乗らない闘牛士が登場するのは18世紀。この頃に全国各地に闘牛場が整備され、小さいものも合わせると400もの闘牛場が造られました。400!!

現在は限られた場所でしか見ることのできない闘牛ですが、昔はアンダルシアを中心に大きな街には大きな闘牛場が、小さな町には小さな闘牛場がありお祭りの際などに披露されていました。

強さと可能性の象徴

こんな感じね。体重500キロ

闘牛人気が高かった当時のスペインでは、牛は強さと可能性の象徴と捉えられていました。牛と人が戦うことは強さと可能性への挑戦という意味を持っていたわけです。

命をかけて牛と戦う闘牛士。根っこから熱く情熱的なスペイン、特にアンダルシア地方では闘牛の人気は高く、国技へと定着していきました。かつてはチケットは完売、闘牛場に入れない人が周囲に溢れるほどの人気ぶりだったのだとか。

現代の私達、特に外国人である私達からすると野蛮な文化のように思えます。しかし昔の人々からすると闘牛はそこに強さ、挑戦、勇気、生きること、命の儚さなど様々な意味を含むかなりエモーショナルな舞台であり、文化へと昇華されて行ったのです。

闘牛を愛した芸術家たち

ヘミングウェイはアメリカ人

感情を揺さぶる舞台だった闘牛。スペインでは多くの芸術家が闘牛をモチーフにした作品を残しています。

ピカソ、ダリ、ガルシア・ロルカ、ヘミングウェイ・・特にピカソは闘牛愛好家だったことで知られており「画家でなければ闘牛士になりたかった」と話した逸話が残っているほど。

現代で著名人が「闘牛士になりたい」なんて発言をしたら袋叩きにあいそうですが、闘牛=生と死という図式が強かった当時、芸術家たちの琴線に触れるものがそこに間違いなく存在していたのだと思います。

ある人にとってはただ残酷なだけに見えますが、ある人にとってはそうじゃない。受け取る人によって大きく印象が変わる文化と考えることができます。

闘牛士の社会的地位

パンプローナ・ヘミングウェイ通りの石碑

闘牛の人気が高かったかつてのスペインでは、闘牛士の社会的地位はとても高く高給取り。憧れの職業のひとつでした。実は日本人の闘牛士の方も、過去に数人存在しています。

私が住んでいた街に日本料理のバルがありましたが、そこの店主も闘牛士を目指してスペインに渡った方でした。怪我のため夢を諦め、そのままスペインに定住したのだそうです。海を超えるほど魅力的な職業だった闘牛士。スペインの社会ではどのように扱われているのでしょうか?

闘牛士のお給料は?

命を懸ける職業である闘牛士のお給料は一律ではなく、カテゴリーや出演する闘牛場、人気のあるなしによって大きく差があります。

闘牛士のランク分けは以下の通り。

・Aが昨年37試合以上登場した闘牛士
・Bが36回未満
・Cが13回未満

となっています。

闘牛場も第一闘牛場、第二闘牛場、第三闘牛場とランクがあり、例えばAランクの闘牛士が第一闘牛場に登場する場合だとチームに約29,000ユーロ(460万円)、経費として17,000ユーロ(270万円)、闘牛士に約19,000ユーロ(300万円)が支払われるのだとか。

闘牛士は1人ではありませんが、1日で稼ぐとなるとかなりの金額ですよね。しかしこれだけの額を稼ぐのはほんの一握りの闘牛士で、普段は他の仕事をしなければいけない人がほとんどだとされています。

サッカー選手よりも人気だった過去

城かと思ったら闘牛場

私が初めてスペインを訪れた20年前は、まだ闘牛への批判が少なかった時代。その頃のスター闘牛士はサッカー選手より人気が高く、しかも給与も上という話を耳にしました。

大人たちの読む新聞の一面を飾るのはもちろんのこと、子どもたちにとってもヒーロー的な存在。体重500キロ以上もある大きな牛に立ち向かう姿は称賛され、批判の対象になることは多くありませんでした。

現在のように闘牛自体を無くしてしまおうという動きはそれほど活発ではなく、国際的な批判にさらされることも少なかったんですね。闘牛は、確かにスペインの文化のひとつでした。

闘牛文化の現在地

牛追いで有名なエスタフェタ通り

20年前のスペインでは闘牛がテレビで生放送されており、3月から10月のシーズン中であれば誰でも見られる状態でした。バルに置かれたテレビから流れていることもしょっちゅうで、時々私もおじさんたちに混じって闘牛を観戦。

じーっと見ていると「これはね、こういう技だよ」「この闘牛士は人気があるよ」とおじさんたちが教えてくれた思い出があります。この思い出のせいでしょうか、確かに闘牛は目を背けたくなる瞬間もありますが個人的に嫌悪感はありません。昔から繋がってきたスペイン文化のひとつとして受け入れられています。

しかし動物愛護の動きが強くなるに連れて闘牛は「子どもが見るのに適さないもの」とされ放送自体がほとんどなくなり、愛好家に対する世間の風当たりも強まりました。

テレビで放送されないので見る機会も減る、街では「闘牛を法律で禁止しよう」というデモ活動も行われる。闘牛文化はどんどん下火になり、毎年行われていた闘牛を取りやめる街も現れています。

闘牛を禁止する自治州も

ここを牛が走る。いつか禁止になる?

自治州によっては闘牛の開催を法律で禁止するところも。カナリア諸島自治州では1991年に闘牛が禁止に、バルセロナのあるカタルーニャ州でも2012年に禁止措置が取られています。

バルセロナの闘牛場は巨大なショッピングモールとなり、闘牛自体が既に過去のものに。もちろんテレビ放送もないので自国の文化を知ることのないまま大人になる世代が増えているのだとか。

そもそもカタルーニャ地方はスペインの中でも独自の文化を持つエリアなので、闘牛がなくても困らないし見なくて良い、という方が多いのだと思います。カタルーニャ以降、闘牛を禁止する自治体は現れていません。

スペインから闘牛はなくなるのか?

私は生で見たことはない

何年も前から反対意見の強いスペインの闘牛ですが、いつか本当になくなってしまうのでしょうか。私個人としてはなくなっても構わないけれど、それを決めるのはスペイン国民自身であって欲しいと願っています。

スペイン内部で闘牛をなくそう!という機運が高まり消えゆくのならそれは仕方ない。かつてあった文化として受け入れられるでしょう。しかし、他国の介入や一部団体のゴリ押しで無理やり消されてしまうのはいけない。

いくら残酷に見えても、いくら無駄に見えても、長い年月をかけスペインに根付いてきた文化です。牛と人との戦いに涙を流すほどの愛好家もいる。そこに芸術性を見出す人もいる。確かに多くの場合牛は命を落とすけれど、娯楽のためとは言い切れない心を動かされる一面も闘牛にはあります。

残すも消すもスペイン次第。生きている間はこの文化の行く先を見守りたいと思います。

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