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沈丁花禄郎でございます! 


#創作大賞2024

episode 1 「人との出会いはとてつもなく大きい」

町内会の催し物イベントが町内の文化会館で行われていた。
穏やかで暖かい春の一日だった。
森絵梨奈と武田真美は、なんとなく暇だったので、二人で文化会館を訪れていた。
二人は名門大学に通うお嬢様で、20歳の大学2年生だった。
開始一時間が過ぎていた。一組目は男子中学生による「この町の歴史と文化」というタイトルで、ざっくり言うと研究発表みたいなものだった。
二組目は、男子大学生二人による、「地球温暖化の問題点と対策」という題名のトーク
ディスカッションだった。
会場は盛大な拍手で包まれ、子供からお年寄りまでみな感心した様子で、楽しそうだった。
そして、司会の男性が「次は、町内会有志の町保存会による演劇で『北関東殺人連鎖 〜巧妙なトリックを操る美女〜』です! 大きな拍手でお迎えください!」と紹介した。
会場は大きな拍手に包まれた。
すると、緊張した面持ちで、屋台のラーメン屋を営んでいる・沈丁花禄郎、スナックを切り盛りしている・ライママ、謎の中年男性・竜次、バントマンを生業にするミュージシャン・掟カローラ、法律事務所でパラリーガルとして働きながら司法試験合格を夢見る・坂本ちゃんの五人が舞台に登場した。
すると、いきなり演劇が始まった。沈丁花扮する刑事が「こ、こ、これは
殺しですね。し、しかも、えー、えー、こ、こ、巧妙な手口ですよ」とセリフを言った。その顔には尋常じゃないアブラ汗がしたたり、顔面も蒼白になっていて、手足も震えていた。

極度の緊張からくるものだった。


武田真美は、ただならぬ雰囲気を察して、となりでぐーすか居眠りをしていた森絵梨奈に「ごめん、ちょっと起きて!早く!」と絵梨奈を起こした。「ねえねえ、なんか変な人たちが出てきたよ!見てみて!」と絵梨奈に舞台を見るよう促した。

なぜだか、舞台上の五人全員極度の緊張に見舞われていた。

絵梨奈はその光景を見て、ふと「じゃあ、なんで人前で演劇なんてやろうとしたんだろう…」と不思議そうな顔で見つめていた。

いよいよクライマックス。沈丁花扮するベストジーニスト刑事が殺人事件の犯人を暴くシーンだった。
「わ、私は騙されない。犯人は佐藤さん。あなたですね?」と、キメたつもりだった。続けてトリックを暴くシーン。
「あ、あなたは、鈴木さんを殺した後、各駅停車ではなく通勤快速を使った!なのでアリバイは成立しない!」と棒読みでキメた。キメたタイミングで沈丁花は客席に顔を向けた。


会場は静寂に包まれたまま特に変化はなかった。


五人全員、終始棒読みだった。

真美と絵梨奈は舞台から目が離せない状態になり、何故だか一ミリも動けなくなっていた。
絵梨奈は無表情で呟いた。「北関東ってどこに出てくるんだろう…。殺人連鎖って、一人しか死んでないし…」
真美も「トリックも巧妙とかなんだとか言う前に意味不明だし、最後まで美女も出てこなかったね…。」と不思議そうな表情で小さく呟いた。

舞台を見つめるふたりの背中を小学生が後ろのほうから見ていた。その小学生の頭の中に哀しい音楽が流れたのだった。

演劇が終わり、町保存会のメンバーは全員で横一列になり、手を組んでバンザイをした後、客席に向かって深々とお辞儀をした。演劇の本場ニューヨークの儀式を模したものだった。
みなやりきった表情で清々しい表情をしていた。

文化会館のロビーには、「祝・町保存会のみなさん江」という文字が踊った小さなお花がそっと飾られていた。

差出人の名前はなかった。

それを目にした絵梨奈と真美の頭の中に哀しい音楽が流れた。

つづくepisode2 「好きなものを好きと言える人」

町保存会のメンバーが駅前を歩いていた。
真美は絵梨奈に、「あれ?この前の劇団の人じゃない?」と話しかけた。
絵梨奈は「そうだ!いろいろ聞きたいことあるし、話しかけてみようよ」と真美
に言った。
真美は「やめときなよ」と首を横に振った。
しかし絵梨奈はすでに町保存会のメンバーの元へと駆け出していた。
絵梨奈は「この前のなんとか殺人事件の劇団の人たちですよね?観ましたよ」と話しかけた。
沈丁花は「えと、写真はお断りしてるんですよ。すみません」と応じた。
絵梨奈「写真とかはいらないですけど、お芝居の内容がイマイチよくわからなかったのでいろいろお聞きしたくて」と興味深そうに言った。
町保存会のメンバーは誰からとなく喋り始めた。
「下手の横好きですみません」
「これでも、立ち位置だったり、表情だったり、セリフのテンポとか、あと声のトーンなんかは一応こだわってみなやってるんすよ」などと嬉々として話し始めた。
絵梨奈と真美は無言で一瞬顔を見合わせた後、何故だか周りをみわたして、なんとなくあたりに人がいないかどうか確認した。
真美は「ところで何してるんですか?」と面倒臭い展開になるのを避けるように遮った。
メンバーは「駅前の行きつけのカラオケボックスに行くところなんですよ」と声を弾ませた。
絵梨奈と真美は同時に「じゃあ、また」と口を揃え、早めに立ち去ろうとした。
メンバーは即座に「奢りですから、さあ行きましょう!」
絵梨奈と真美は町保存会のメンバー全員の200%の満面の笑みに圧倒され、カラオケボックスへと歩き出すことになった。
一向はカラオケボックスに入室した。
すると町保存会のメンバーは鬼のような形相で、部屋の照明、空調、椅子の様子などの確認作業に取り掛かった。
それが終わった後、カラオケの機材本体のサウンドチェックをメンバー全員、一丸となって調整し始め、みな躍動していた。

絵梨奈と真美は一連のメンバーの流れを無表情で黙ってみつめるしかなかった。

特に着物姿のライママの屈んでる後ろ姿をみて、絵梨奈と真美の頭の中に哀しい音楽が流れた。
沈丁花が「じゃあ行きますか」とみんなに声を掛けた。
絵梨奈と真美は「な、何がですか?」と声を震わせた。
「みんなカツ丼大盛りでいいよね?」と沈丁花は不敵な笑みを浮かべて問いかけた。
メンバーも食い気味に絵梨奈と真美に「いいよね?」と確認した。
絵梨奈・真美「私たちはいいです」
メンバー「じゃあ普通盛りだね」
絵梨奈・真美「カツ丼自体いらないです」
メンバー「ええ?!」
絵梨奈・真美「ポテトフライかなんかで」
メンバー「……」

絵梨奈と真美はカラオケボックスでがっつり腹を満たそうとするメンバーの意図がよくわからなかった。
沈丁花「頼んじゃっていいかな?」
メンバー「どうぞ!」
この部屋にいる絵梨奈と真美以外みんな心を躍らせた。
10秒後
部屋の電話の前で頭を下げて話す男。
そして

沈丁花「大盛りないそうです」
メンバー「……」
沈丁花「カツ丼自体やってないそうです」
メンバー「……」
絵梨奈・真美「でしょうね…」
絵梨奈「さっき行きつけがどうのこうのって…」
約5分間この部屋にいる全員が無言でうつむいた。
通りかかった店員がそれを不思議そうに見ていた。
重苦しい空気を切り裂くように真美が口を開いた。
真美「後でお蕎麦屋さんに行って食べればいいじゃないですか」
メンバー「お金無いし」
絵梨奈・真美「私たち一応お金には余裕がありますので、お蕎麦屋さんで出しますよ」

メンバー「すんません!」
一連の部屋での様子を小学生が廊下の窓から見ていた。
小学生の頭の中のなかに哀しい音楽が流れた。

それから、みんな最高に楽しく歌って騒いだ。
町保存会のメンバーはみなマイクを離さなかった。

絵梨奈と真美はどこからくるのかわからない得体の知れない不思議な楽しさを感じていた。

カラオケ屋さんを後にした。
程なくして、一行は蕎麦屋さんに到着した。
店員さんが注文を取りに来た。

真美が「私たちはきつねそばで。他は…」

沈丁花が真美の注文を途中で遮って、食い気味に「私はうな重の松を大盛りで。それから肝吸いもつけてください。大至急お願いします」と頼んだ。

メンバーも食い気味に「私もおなじで」「俺も同じで。」「アタシも同じで」と続けた。
絵梨奈と真美の頭の中に哀しい音楽が流れた。

さらに一連の様子を後ろの方の席の家族連れの母親と子供がギュッと寄り添ってずっと見ていた。

その母親と子供の心の中に哀しい音楽が流れた。

つづく

episode3 「学ぶことの意義」

爽やかな五月の朝。穏やかな風が吹いていた。
絵梨奈と真美が通う大学。新緑の木々に囲まれたキャンパスを歩く学生がみな
生き生きとしていて、華やかでフレッシュな雰囲気を醸していた。

絵梨奈と真美は授業が臨時休講になったため5号館の廊下を歩いていた。
真美は「あれ?あの美術教室でデッサンしてるの町保存会の人たちじゃない?」と指
さした。
絵梨奈「ホントだ!そう言えばうちの大学、社会人のための公開講座やってるん
だよね」
真美「沈丁花さんたち社会人になっても学問を学ぼうとしてるんだね」
絵梨奈「へぇ〜、立派だね。西洋人の彫刻を真剣に書いてる。何だかあの人たちのこと見直しちゃったよ」
真美「確かに立派だよね」
絵梨奈「みんなカラフルなベレー帽なんか被っちゃって何だか可愛いね」
ふたりに笑みがこぼれた。

すると、絵梨奈と真美の友達の玲奈が小走りでやってきた。
玲奈「おはよう!何々?ああ、美術の授業ね。確か、今さっき女性のヌードモデルの人
が体調不良で来れなくなったみたいね。じゃあバイト行くからまたね!」
玲奈は走り去っていった。

絵梨奈と真美は美術教室のなかの町保存会のメンバーを見つめて、言葉を失っていた。
町保存会のメンバーを廊下から見つめるふたりの背中を後ろにいた新入生が見ていた。
新入生の頭の中に哀しい音楽が流れた。

授業が終わった後、町保存会のメンバーは無邪気な顔で楽しそうにキャンパスを練り歩いた。
メンバーは学生プロレスをやっているのを見かけて、「いっちょ揉んでやるか」と学生レスラーに挑戦状を叩きつけた。

沈丁花は学生にウエスタンラリアットを食らい、ダウン。
掟さんもブレーンバスターを食らい、ダウン。
坂本ちゃんはトップロープに登ったのだが、足を滑らして転倒し、膝を強打してダウン。
竜次さんはコブラツイストをかけられ、着物姿のライママがマットにタオルを投げ込んだ。
ライママはタオルを投入する際、前のめりになり、ロープに上半身を持っていかれてツルんと一回転。着物姿でマットに背中を強打した。
その様子の一部始終を見ていた新入生の頭の中に、悶絶する町保存会のメンバー
のセピア色のスローモーション映像が浮かび、哀しい音楽が流れた。

帰ろうとした町保存会のメンバーは五、六人で歩いている絵梨奈を見つけた。
町保存会のメンバーは全員どこかしらに包帯を巻いていた。
沈丁花は「おう!絵梨奈じゃないか!ここの学生さんだったんだ?」と大きな声で話しかけた。

絵梨奈に友達数人が「知り合い?」と尋ねた。
絵梨奈はとっさに「あんな人たち知らない。行きましょう」と言って友達を引き連れて去っていった。
沈丁花は「何だよあいつ…」と呟いた。
ライママは「あら、えりちゃん機嫌でも悪かったのかしらねぇ」と絵梨奈を心配した。

絵梨奈は帰宅途中なんとなく町保存会の事が気になっていた。 

3丁目の角で絵梨奈は老人に尋ねた。
「この辺に着物姿のママのいるスナックご存知ありませんか?」
老人「ああ、ライママさんの事かい?」
絵梨奈「ええ」
老人「それならそこの角を曲がってすぐのところに『来夢来人』っていうスナックがあるよ。そこの角を右に曲がってすぐだよ」と笑顔で言った。
続けて老人は、「あそこのママも常連さんも小さい頃から苦労して生きてきてねぇ」と
しみじみ語った。
絵梨奈は「そうですか。ありがとうございます」とお礼を言った。

絵梨奈はスナック『来夢来人』の前に立ち、勇気を出して中に入ってみた。

すると絵梨奈が店に入るやいなや、メンバー全員「おお!絵梨奈!よく来てくれたな!ささ、座って!座って!」と熱烈に歓迎してくれた。
絵梨奈は「どうも」とだけ言った。

絵梨奈とメンバーはお互いに改めて自己紹介をしあった。

すると、メンバーは口々に今日のことを話し始めた。
「いやぁ 素敵なキャンパスを体験できて嬉しかったたなぁ」
「俺なんか本物の大学生になった気分で楽しかったぁ」
「黒板がでかかったな!門をくぐった瞬間、人格がかわったもんな笑」
「もっと勉強しておけば良かったぁ」
「アタシも可愛いお洋服をたくさん着てキャンパスを歩いてみたかったなー」

みな無邪気な子供のような顔で大笑いした。

楽しそうにはしゃぐメンバーを見ていたら、絵梨奈の中に何故だか熱く込み上げてくるものがあった。

絵梨奈は大学に行くのは当たり前だと思っていた。学ぶという事がどう
いう事なのか絵梨奈ははじめて考えさせられた夜になった。

つづく

episode4 「惑星から来た少年」

沈丁花禄郎は愛車のスーパーカブ『そよ風号』に乗って鼻歌まじりに
河川敷を走っていた。
駅前で沈丁花が出しているラーメン屋台(名前はまだなく沈丁花は屋号を何にするか悩んでいた)の食材を買いに行く途中だった。
「おや?この辺じゃ見かけない坊主だな」と沈丁花は呟いた。
河川敷に小学校三年くらいの少年がお尻をついて座っていた。
「どうした?坊主」と沈丁花は少年に話しかけた。
すると「なんだよおっさん!あっちいけよ!」と少年は言った。
沈丁花「おじさんは沈丁花禄郎という者だ。怪しいもんじゃないよ」と免許証を見せた。
少年「何のようだ?」
沈丁花「名前なんていうんだ?」
少年「うるせー!バカ!」
少年は走ってどこかへ行ってしまった。
次の日
沈丁花はまた河川敷に来ていた。
今日ここに来るのは4回目だった。

ようやく昨日の少年を見つけて「タケル。だよな?」と沈丁花は話しかけた。
少年「何でおいらの名前知ってんだ?」
沈丁花「ランドセルに書いてあったからよ。それより腹減ってねーか?」
少年「減ってねーよ!」
沈丁花「おじさん、いなり寿司作ってきたからよ。一緒に食べようぜ!な?」
タケルは沈丁花が差し出したいなり寿司を手で地面に払ってしまった。
沈丁花は「食べもんを粗末にすんじゃねえ。いいな?」と言って地面に落ちた
いなり寿司を拾って食べた。
「ほら?毒なんか入ってないだろ?」と笑った。
「バカじゃねーの!」と言ってまた走って帰ってしまった。
次の日
またタケルは河川敷にしゃがんで座っていた。

タケルにとって本当に沈丁花が嫌だったらまたここへは来なかったはずである。

沈丁花は少年を見つけると「腹減ってんだろ?」といなり寿司と自家製の
漬物を差し出した。

「ぐぅぅぅ」 少年のお腹が鳴った。

「しょうがねーなー。食ってやるよ!」
タケルはいなり寿司を頬張った。
「こりゃまずいや!おっさん料理の才能ねーな」

「ところでタケルは転校生か?」

「青森から来ただ」

「まだ友達できないのか?」

「みんなおいらのこと嘘つき少年と呼ぶだ。おっさんUFO信じる?」

「タケルが見たなら俺はUFOもタケルも信じる!」

「おいら父ちゃんいねーから、父ちゃんの星を探してよく空を見るだ」

「なるほど!そうか。いい事教えてくれた。俺も母ちゃん、父ちゃんの星を探すぞ」
沈丁花は嬉しそうに言った。
夕方になり、ふたりの見上げた空に綺麗な一番星が流れた。
毎日のように、沈丁花とタケルはふたりで空を眺めて星やUFOを探していた。

そこへタケルのクラスの男の子たちがやって来た。
クラスの男の子たち「沈ちゃん、タケルと知り合いなの?」
「おう!親友だよ コイツはこの町のクリスチャーノ・ロナウドと呼ばれてるんだ」
「スゲー!タケル!あっち行ってサッカーやろうぜ!」とクラスの男の子はグラウンド
に向かって走って行った。
タケルは二、三歩歩いた後、沈丁花のほうを振り返って立ち止まった。

なんとも言えない表情だった。

沈丁花は「早く行ってこい!」と大きく叫んだ。
クラスメイトの男の子たちもUFOのことをきっかけにタケルと仲良くなりたかっただけなのだ。
たったそれだけのことなのだ。

沈丁花はそれから毎日河川敷に通ったが、タケルの姿はなかった。

友達と楽しそうにはしゃでいる姿をいろいろな場所で見たが、沈丁花は話しかけなかった。
一ヶ月が過ぎた。
沈丁花はいつものように屋台のラーメン屋を切り盛りしていた。
そこへタケルとお母さんがやって来た。
「おお!タケル!久しぶりだな!元気にしてたか?お母さんはじめまして!」
「良かったらラーメン食べてってください。味自慢なんですよ。暖簾にも書いてまして」と嬉しそうに笑った。
親子はせまい屋台のベンチに座った。
親子はサービスでチャーシューのたくさん乗ったラーメンを食べはじめた。

タケルは「相変わらずおっさんの料理はまずいや」と言った。
お母さんはすかさず「コラ!すみません!私が甘やかしてるせいで。仕事が忙しくて
教育が行き届いていなくて」

「お母さん、タケルはまっすぐな目をしています。子供はみな心の中で親を思ってるもんです」と沈丁花は笑った。

「偉そうな事言ってじゃねー!」タケルは小さく叫んだ。
「そりゃ悪かった」三人で大きく笑った。

「私の仕事の都合で北海道に引っ越すことになったんです。沈丁花さんにはお世話になって。この子今日まで、家で毎日のように沈ちゃん、沈ちゃんて…」

タケルはなんとなく恥ずかしくてうつむいた。

「急ですが、今日の飛行機で。そろそろ電車に乗らないと。本当にありがとうございました!落ち着いたら連絡します。ではそろそろ失礼します」
ふたりは駅へと歩きはじめた。
沈丁花は二人に向かって「おふくろさん大事にするんだぞ!食べ物を粗末にするなよ!
でっかい夢を見るんたぞ!!」と叫んだ。
するとタケルが振り返って、沈丁花のもとへ歩み寄って来た。

タケルは何やらバッグからポッキーを取り出した。

「食えよ」

「いいのか?」

「ほら!」

「おっさんこういう時、空気読まないから三本貰っちゃう」とゲラゲラ笑った。

次の瞬間、タケルは沈丁花のお腹を叩いて「えーい!バカヤロー!えーい!バカヤロー!』と泣きじゃくった。

「何があっても負けるんじゃないぞ!何くそーっ!てな」と言い、沈丁花はタケルを抱きしめた。
この時、ふたりにこの世のものとは思えないほどの綺麗な流れ星が降った。
別れた後、タケルはラーメン屋台を見ていた。

そこには『味自慢 一番星』という看板が大きく掲げられていた。

その中で「へい!お待ち!」と声を張り上げて働く沈丁花の姿を見て、タケルはどんな人にも平等に星が降るのだということ、誰もがみんなこの星のひとかけらなのだということ、そしてどんなに遠く離れても空を見上げれば同じ星を見ることができるということをなんとなく学んだ気がした
つづく

episode 5 「カレーは美味い」

絵梨奈は街を歩いていた。
「絵梨奈さん、こんにちは」と誰かに声をかけられた。見てみると
この世のものとは思えないほど丹精で美しい顔と187cmでスタイルの良い清潔感溢れる男性が立っていた。西園寺正隆であった。この国で三本の指に入る財閥の御曹司
である。名門大学に通う20歳の大学二年生だ。

絵梨奈もまた非常に美しい、スタイルの良いお嬢さんだった。

絵梨奈「西園寺さん、こんにちは!お元気ですか?」
西園寺「はい、元気です。絵梨奈さん、今お時間ありますか?もし良かったら
    ランチでもいかがですか?なんでも食べたいものおっしゃっていただければ」
絵梨奈「ありがとうございます。でもまだそんなにお腹空いてないかなぁ」
西園寺「でしたら表参道あたりのカフェでお茶でもいかがですか?車ですので」
絵梨奈「うーん、すみません。何となくひとりでプラプラ歩きたいんです」
西園寺「そうですか。わかりました。また今度是非!」と眩しいくらい爽やかな笑顔を
    見せた。

絵梨奈はふたたび街を歩いた。
すると「よう!」と男性にまた声をかけられた。
沈丁花禄郎だった。
「何してるんですか?こんなところで」と絵梨奈は問いかけた。

沈丁花「今からココイチ行くからよ。奢ってやっから行こう」

絵梨奈「それがレディを誘う態度?」

「ゴチャゴチャ言わんと来ればええんや!」と沈丁花は返した。

沈丁花の圧に負けて絵梨奈はココイチに向かって歩き出していた。

ふたりはココイチのある反対側の通りに到着した。
絵梨奈「ココイチ、あそこだけど、なんで此処?」

沈丁花はおもむろに双眼鏡を取り出した。 

絵梨奈「は?」

「いつも店長が来てるとルーが少ないんだ。店長がそろそろ帰る時間だからよ」と双眼鏡を覗きながら沈丁花はそう語った。

絵梨奈「……」

時間だけが過ぎて行った。

「店長帰っから行くぞ」

ふたりはココイチに入店した。
「なんでも頼めよ」
「何がおすすめなんですか?」
「野菜カレー、辛さ普通、ライス少なめにしとけ」

ふたりのテーブルにカレーが運ばれて来た。
沈丁花はカレーをむさぼり食いながら、小声で「な?ルー多いだろ?」と自慢気に語った。
絵梨奈は「セコいなぁー。こんな時間にカレー食べてるのウチらだけですよ」と呆れていた。

「よく店内を見てみろ」と沈丁花はカレーに夢中になりながら、目を会わさず呟いた。

絵梨奈は店内を見渡した。

すると、奥の方のテーブルにバラバラで、掟さん、坂本ちゃん、竜次さん、ライママが
別々の席でカレーを夢中で黙ってむさぼり食っていた。

「……」
絵梨奈は言葉を失っていた。

絵梨奈の頭の中に店内のセピア色の映像と哀しい音楽が流れた。

そして店の外から一部始終を小学生が見ていた。
小学生の心の中にも店内のセピア色の映像と哀しい音楽が流れた。


つづく

episode6 前編 「見た目も心もオシャレをするということ」

絵梨奈と真美はひょんなことから町保存会の面々に伊豆に日帰り旅行
に誘われ、行くことになった。ふたりはあの人たちと丸一日過ごす自信が無く少々心細
かったので、西園寺正隆も一緒に行ってもらう事にした。
朝8時30分 駅前に町保存会のメンバー、絵梨奈、真美、西園寺の面々が集まった。
西園寺は「初めまして!西園寺と申します。よろしくお願いします!これ父に持って行きなさいと言われて。つまらないものですが、良かったらみなさんでどうぞ」と言って
高級スイーツの入った綺麗な紙袋を渡した。
保存会のメンバーもひと通り簡単な自己紹介をして、「ありがとうございます!よろしくどうぞ」と元気に挨拶した。
竜次は謎の人物だが、今日もそれを発揮してマイクロバスを用意した。運転は大型免許を持つ竜次だった。
バスは伊豆に向かって出発した。
早速、街保存会のメンバーは高級スイーツを開けはじめた。
絵梨奈「ちょっと、帰ってから食べれば」と言った。
西園寺「まあまあ、絵梨奈さんいいじゃないですか。こんなに美味しそうにものを食べるの見るの初めてで、僕はすごくうれしいですよ」と爽やかな笑顔を見せた。
メンバーは、時々小競り合いをみせながら、一心不乱に高級スイーツをむさぼり食った。
絵梨奈と真美以外、沈丁花自作のしおりを見ながら、『おお牧場は緑』を歌った。
しおりには各々に野生のクローバーがそっとセロテープで貼られていた。
ひとしきり歌い終わったところで、ライママが「お礼にアタシがめちゃくちゃ美味しいお蕎麦屋さんを紹介するわよ」と言った。ライママは今日は着物ではなく、バスガイドの格好をしていた。「そこのお蕎麦屋さん、伊豆の奥にあって『狸小路』という店でね、マスターが信州から蕎麦の実を取り寄せててね、臼で挽いた蕎麦粉をすぐに手打ちにして作ってくれるのよ。」と興奮気味に語った。
「おつゆもね、北海道産の鰹節とか昆布とか使っててね。とにかくこだわってるのよ。」とつづけた。
一同全員「美味しそう」「楽しみ!」と心躍らせた。
ワイワイガヤガヤとはしゃいでるうちにバスはお蕎麦屋さんに到着した。

みんなで店内に入りお座敷に座った。
沈丁花が「マスター!もりそば8つお願いします。」と注文した。
みんなワクワクしていた。
お蕎麦がテーブルに運ばれて来た。
みな静かに食べはじめた。すると街保存会のメンバーから感嘆の声があがった。
「こりゃたまげた!」
「蕎麦の香りが口いっぱいに広がる!」
「信州のそばの実の味がしっかりと出てるね」
「打ちたてだけあってコシがあるね」
「おつゆも鰹の香りがたっててまろやか!」
「これは一流料亭の味だよ!」
「ライママ、こんなうまい蕎麦食ったの初めてだよ!ありがとう!」
などと唸り、うんちくをひとしきり垂れた。
感極まって泣き出す者もいた。
西園寺も「とてもおいしいです!」とつづけた。
絵梨奈と真美は終始黙って食べていた。
みな満足して食べ終えた。
沈丁花は絵梨奈と真美に「バスのほう行ってるから払っといてくれる?」と頼み、2万円渡した。
絵梨奈と真美はお会計をしようと「ご馳走様でした。おいくらですか?」と大将に言った。

大将「えーと、もりそば一枚400円なんで、3200円だね」

絵梨奈・真美「そんなにお安いんですか?」

大将「ふつうだけど…」

絵梨奈・真美「ちなみにお蕎麦のレシピとかってどんな感じなんですか?」 

大将「レシピもなにも近所の製麺所で配達してもらってる麺だけど…」

絵梨奈・真美「おつゆは?」

大将「おつゆ?あー業務用スーパーでいつも買ってるものだけど…」

絵梨奈・真美「……」
絵梨奈と真美は店の軒先で楽しそうにはしゃいでる街保存会の面々をみたとき、その絵面がセピア色に変わり、頭の中に哀しい音楽が流れた。
さらにバスガイドの格好をして、自作の『ワクワク伊豆ツアー』と書かれたガイドフラッグを揺らし、誇らしげな顔をしているライママがさらにセピア色になって、さらに哀しい音楽が流れた。
絵梨奈と真美のところに西園寺がやってきて「食べ物なんて雰囲気ですから笑」と小声で一言囁き、爽やかな笑顔を見せて去って行った。
episode6 後編につづく

episode6 後編 「わがままジュリエット」

お蕎麦屋さんを後にした一行は、バスで伊豆の温泉街に到着した。
バスを大きな駐車場に停めて、温泉街を歩くことにした。
目的地の温泉施設に向かう途中、一行は迷ってしまった。そこで誰かに道を尋ねてみる
ことにした。そこで日傘を差したご婦人に道を尋ねることにした。

一行「すみません」
ご婦人「どういたしました?」
一行『湯の泉』という温泉旅館を探してるんですけど」
ご婦人「ああ、それならここを真っ直ぐ行って2番目の通りを右に曲がってください」
一行「ありがとうございます」
ご婦人「そうしたら熊みてぇな絵が描かれている看板が見えてきますので、その看板の      
    すぐそばです」
一行「ご親切にありがとうございます。助かりました。」
ご婦人「お気をつけて」
一行は目的地に向かって歩きはじめた。
みんな黙ったまま歩き続けた。
誰からともなく沈黙が破られた。

沈丁花「熊みてぇな看板のそばだよね」
掟カローラ「そそ、熊みてぇな看板」
坂本ちゃん「熊のね」
一行は再び目的地に向かって黙って歩きはじめた。
一行は『湯の泉』に到着し、はしゃいだ。
西園寺、絵梨奈、真美は露天風呂には入らず、別室でシャワーだけ浴びた。
町保存会のメンバーは露天風呂と絶景を大いに楽しんでいた。

沈丁花「ところでフツーに浸かってますけど、お父さん誰?」
老人「伊豆ツアーに参加してる者じゃよ」
竜次「もしかしてライママの旗に間違えてついてきちゃったのかな?」
老人「露天風呂が気持ちいいからいいんじゃよ」
竜次「じゃあ僕が後でちゃんとした方のツアーさんのところまでお送りしますよ」
老人「悪いやね」
一同「ワハハハ」
みな心なしかおちんちんが大きかった。
お風呂から出た後、ロビーに全員集合した。
沈丁花「竜次さんがお父さんを送る間、軽くゲームコーナーでも行きましょうか」
掟「ちょっとだけ覗いてみようか」
沈丁花、坂本ちゃん、掟さん ライママ、西園寺はおもむろに『太鼓の達人』をプレイしはじめた。
一時間後。
絵梨奈「いいかげんやりすぎじゃない?」
真美「大の大人が熱くなっちゃってみっともない」
『太鼓の達人』に興じる大人たち、特にバスガイドの服を振り乱して、プレイしているライママの後ろ姿を見た時、絵梨奈と真美の頭の中に哀しい音楽が流れた。
絵梨奈・真美「西園寺さーん、ちょっといいですか?」
西園寺が絵梨奈達のところへ来た。
絵梨奈・真美「西園寺さん上手いですね。」
西園寺「ありがとうございます」
絵梨奈・真美「あの、、何というか、もう少し、こう、のんびりプレイなさってはいか
       がかと、、」
西園寺「ん?どういうことですか?」
絵梨奈・真美「保存会の人たち、生粋の負けず嫌いみたいで、、、」
西園寺「僕に八百長をやれと?」
絵梨奈・真美「いやいや、そうは言ってないじゃないですか、、その、何というか、
       、、」
西園寺「お断りします。真剣勝負ですから」
絵梨奈・真美「……」
一時間後。
町保存会のメンバーは、ビール休憩に入った。
ライママ「えりちゃんも真美ちゃんもやってみれば?せっかくだし」

絵梨奈と真美はせっかくの意味がよくわからなかった。

絵梨奈・真美「私たちは結構です」
ライママ「そんなこと言わずに。アタシが教えてあげるから三人でやりましょう!ほら     
     ー、ほらー!」
絵梨奈・真美「じゃあ、一回だけですよ」
一時間後。
西園寺「いいかげんやりすぎじゃないですか?」
沈丁花「大の大人が熱くなっちゃってみっともない」
西園寺はバイクレースのバイクにまたがってプレイしている三人、特にバイクと体を斜めに地面ギリギリまで傾けてカーブを曲がるライママの後ろ姿を見たとき、西園寺の頭の中に非常に哀しい音楽が流れた。
西園寺・沈丁花「真美さーん、ちょっといいですか?
真美がみんなのところへ来た。
西園寺・沈丁花「真美さん上手いですね」
真美「ありがとうございます」
西園寺・沈丁花「あの、、何というか、もうすこし、こう、のんびりプレイなさっては         いかがと、、」
真美「ん?どういうことですか?」
西園寺・沈丁花「絵梨奈さんもライママさんも生粋の負けず嫌いみたいで、、、」
真美「私に八百長をやれと?」
西園寺・沈丁花「いやいや、そうは言ってないじゃないですか、、その、、何というか  
        、、、」
真美「お断りします。真剣勝負ですから」
一同「……」
一時間後。
『ゲームコーナーは間もなく終了致します』のアナウンスが館内に流れた。
一行の一部始終を親子連れがずっと見ていた。子供の目に熱いものがつたっていた。
episode6 完結編 につづく

episode6 完結編 

ゲームコーナーでひとしきりいろんな意味で熱くなった一行は、バスに戻ってお土産屋さんに向かった。
バスの中。
絵梨奈「ところで、沈丁花さんのその派手な服どこで買ったんですか?」
沈丁花「これ?これは、セレクトショップで買ったやつかな。河口湖のアウトレットモ        
    ールでね。」
絵梨奈「セレクトショップとアウトレットモールって真逆ですよね?」
沈丁花は無表情で遠くを見つめた。
絵梨奈「虫眼鏡が大胆にあしらってあって可愛いですね。どこのブランドなんですか?」
沈丁花「だろ? これはたしか、オレンズレンズのものだったかな。あまりおいらブランド気 にしないのよ」
絵梨奈「何ですか?そのオレンジレンジみたいな名前のブランド。私聞いた事ないですね」
西園寺「絵梨奈さんが知らないだけですよ」
真美「そうだよ」


沈丁花「そういえば、おいら、小学生の頃ワルだったんだよ。荒れちゃてさー。」
絵梨奈「どんな風に荒れてたんですか?」
沈丁花「え?給食でカレーでるだろ?」
絵梨奈「出ますね」
沈丁花「給食当番の時にさー、先生のカレーのルーを少し少なくよそったり、肉を少し少なくしたり、野菜を多めに入れたりしてやっただよ」

絵梨奈「プッ」

沈丁花「何笑ってんだよ。何が可笑しいんだよ。言ってみろよ!小馬鹿にしてやがると
    お前ん家ちだけサンタさん来ねーからな!!!」

一同「まぁまぁ」

ライママ「沈ちゃん、新しいお友達ができてよかったわねー」
一同「よかったよかった」
沈丁花「こんな奴お友達でも何でもないですよ!おとももちではあるけど」
絵梨奈「そうですよ」

バスは春の日差しにつつまれて進む。

沈丁花「みんなおいらトウモロコシ茹でてきただよ。みなさんどうぞ」
沈丁花はみんなに素手でトウモロコシを鷲掴みにして配った。

一同「美味いよ!沈ちゃん!ありがとう!」と美味しく食べた。
沈丁花「絵梨奈も遠慮しないで食べろし」
絵梨奈「どうも。私は今お腹空いてないので、家に帰っていただきます」
沈丁花「そう?」
西園寺「絵梨奈さん、これ甘くて美味しいですよ」
絵梨奈「はははは……」

そんなこんなでバスは土産物店に到着した。

店内でみなバラバラになって、お土産を見て回っていた。

ライママが絵梨奈のところへやって来た。
「エリちゃん、この可愛いビー玉がついたキーホルダーなんてどう?みんなの思い出と友情の印に色違いで」

絵梨奈「ああ、いいですねー」
ライママ「エリちゃんはそうねー、気品のある子だから紫なんてどう?」
絵梨奈「ありがとうございます。じゃあ紫にします」と嬉しそうに微笑んだ。
ライママ「せっかくだから色々いっぱい買っちゃいなよ」
絵梨奈「ああ、そうですねー」と嬉しそうに笑った。

一行は買い物を終えてバスに乗り込んだ。
バスは東へと向かった。

バスはスナック『来夢来人』に無事到着した。
日が暮れてあたりは真っ暗に包まれていた。

みんなビールでお疲れ様の乾杯をした。

絵梨奈「そういえば、みなさんキーホルダー何色にしました?」
沈丁花「おいらは紫!ライママがおいらに紫合うって」
竜次「俺も紫」
掟カローラ「俺も紫」
一同「私も紫」

絵梨奈「……」

沈丁花「ママは何色買ったんすか?」
ライママ「えーと、私は買ってないですね」

絵梨奈「さっき、思い出がなんとかとか、友情がなんだとかって……」

真美「ママさんは何を買ったですか?」
ライママ「えーと、私はそういえば、何も買ってないですね」
真美「そうでしたか」

沈丁花「そういえば、みんな腹減ったろ?なんか軽くつまみでもおいらが作るよ」
一同「うわー嬉しい」
絵梨奈「何作ってくれるんですか?」
沈丁花「ペペロンチーノスパゲッティーを作ろうと思って」
一同「うわー!楽しみ!」と口を揃えた。

沈丁花は白い熊さんのイラストの入った三角巾とエプロンをつけて、調理を開始した。

沈丁花の調理の模様をみんな楽しく見ていた。

沈丁花「ママ、味の素どこにあるの?」
ライママ「ああ、ごめん、今、味の素切らしちゃてて」
沈丁花「味の素ないの?」
ライママ「ないのよ」
沈丁花「AD、なんでないの?」
一同「AD?!」と顔を見合わせた。

沈丁花「味の素がないと味が決まらないよ。おいら帰る」
一同「なんで?」

店先で帰ろうとする沈丁花の肩をつかんで、みんな帰るのを止めた。
西園寺には止める手を振り払う沈丁花の動作がスローモーションに見え、頭の中に哀しい音楽が流れた。

絵梨奈「沈丁花さん!帰るのはいいけど、さっきからずっと沈丁花さんの肩にカマキリが乗ってますよ」
沈丁花は振り向かず歩いていった。

掟カローラ「ダメだありゃ。あいつはテレビの見過ぎだ」
みんな笑った。

沈丁花の肩に乗っているカマキリと三角巾にプリントされた熊さんを背負った沈丁花の姿は小さくなって行った。
それを見た西園寺は小さな哀愁を感じていた。

角を曲がると沈丁花は即座にクイックモーションで、カマキリを肩からそっと取り出して安全な場所に逃してあげたのだった。


沈丁花はカマキリを安全な場序に逃してあげる優しさと、行きがかり上ひくにひきない意地を併せ持つ男だった。


episode7 『涙の婚活パーティー 野望篇』につづく。

episode7 「涙の婚活パーティー」 野望篇

町内会が年に2回開催する婚活イベント「プレミアムオポチュニティ」の時がやってきた。
真美「婚活イベントやるみたいだけどどうする?」
絵梨奈「う〜ん、まだ20歳だしね。」
真美「絵梨奈は綺麗だから、参加する必要ないか」
真美「ああ、この前偶然、沈丁花さんに会ってさ。なんだか目がバッキバキになってたよ笑」
絵梨奈「ふ〜ん。参加するんだ〜。あの人イベントで空回りして自らつんのめってコケそうだもんね。目に浮かぶわ〜。」
イベント当日。
イベントは1日目、「お見合い回転寿司」と称して、参加者がフォークダンスのように円形に設置された椅子でかわるがわる対面して軽く自己紹介をするものだった。
会場の扉が開いて、参加者達が続々と集まってきた。
そこには、沈丁花をはじめとする町保存会のメンバー、絵梨奈、真美、西園寺の姿があった。
西園寺「絵梨奈さん、真美さんこんにちは!」と清潔感あふれる爽やかなイケメンスマイルを見せた。
真美「え?西園寺さんが婚活パーティーに?」

西園寺「初参加なんですけど、絵梨奈さんと真美さんが参加すると聞いたので参加してみました。」

西園寺「絵梨奈さんは何故参加したんですか?」

絵梨奈「自分でもよくわからないうちに……」

お見合い回転寿司で簡単な自己紹介の後、飲み物を飲みながらのフリータイムが始まった。

やはり男性一番人気は圧倒的に西園寺だった。西園寺を若い女性が取り囲んでいた。

真美も絵梨奈もその輪の中にいた。

絵梨奈の友達が「ちょっと!絵梨奈!西園寺さんを紹介してよ!お願い!」などとみんなからお願いされた。

絵梨奈「私の友達なんですけどみな気立てが良くて良い子たちなんです!どうぞよろしくお願いします!」

西園寺「わかりました!絵梨奈さんの友達ならみなさん素敵な人なんでしょうね」と爽やかスマイルを見せた。

西園寺「絵梨奈さん、飲み物大丈夫ですか?僕取ってきますよ」と微笑んだ。

絵梨奈「いえいえ、お構いなく、ありがとうございます」

西園寺「え?絵梨奈さんどこ行くんですか?」
絵梨奈「ちょっと他のところも見てみようかと」
西園寺「わかりました!」
絵梨奈は会場を見渡した。
遠くに2番人気の男性の輪にゴスロリの格好をしてフツーに話を聞いているライママの姿を見た。
絵梨奈の頭の中に、ゴスロリの格好をして話を熱心に聞くライママの後ろ姿の絵と哀しい音楽が合わせて流れた。
竜次さんも掟さんも坂本ちゃんもみなそれぞれしっぽりと女性陣とたのしんでいた。
壁に持たれて一人酒を飲んでる一人の男が絵梨奈の目に入った。
絵梨奈「沈丁花さん!なにしょぼくれちゃってるんですか?」

沈丁花「なんだお前かぁ、ウォーミングアップしてるとこよ!」と肩をぐるぐるまわした。

絵梨奈「お見合い回転寿司の手応えはどうでした?」

沈丁花「もうかなりの出来よ!」

絵梨奈「絶対嘘!」

沈丁花「なんで?」

絵梨奈「察するに、いろいろあるけど、まずその英字新聞柄のシャツね」

沈丁花「え?」

絵梨奈「あと破れたそのあまり見かけないリーヴォイス?のジーンズにジャラジャラ多いチェーン、それとあまり見かけないピューマ?のスニーカー」

沈丁花「……」

絵梨奈「意味不明な米ナス型のたれ目サングラス」「蛍光イエローのウエストポーチ」「自作と思われる胸に付けてる花のコサージュ」
沈丁花「よせやい!」

絵梨奈「そしてあなたの頭に鎮座まします巨人のキャップ!そのキャップがダメ押し満ホームラン!野球だけにね!ってバカヤロウ!」

沈丁花「イケてると思ってたんだけど……」

絵梨奈「あと自己紹介のプロフィール読んでみてください?」

沈丁花「えーと、好きなタイプ・可愛い人・爆乳ならなお可」

絵梨奈「バカヤロウ!」「んも、んもう、ふんっ、なお可って言い方、んもうー怒りMAXですよ!」

絵梨奈「次!」

沈丁花「えーと、趣味のところはー、仲間とやるチンチロリン」

絵梨奈「バカヤロウ!」
絵梨奈「次!」

沈丁花「理想のデートが、えとショッピングモールのフードコートで大人の休日を演出?」
絵梨奈「大バカヤロウ!この激甘太郎が!」

沈丁花「お前いいとこのお嬢様なんだろう?口悪ぃなー」
絵梨奈「あのねぇー、いいですか?嘘はダメですよ?だけど嘘にならない程度のギリギリの表現と大人の魅力をあくまでも上品に自分でトータルでコーディネートするんですよ!」

沈丁花「コーディネートはこーでねーと」 「おいらのファッションを見て、早見優がイヤミ言う」てな笑

絵梨奈「はい、はい、はい、 ダジャレもできればそのウエストポーチにしまっていただいて。ほどほどにしないとハラスメントになりますから気をつけてくだいね」
沈丁花「どうせ超イケメンがおいらと同じ事やったら、『わー個性的で素敵!』とかなんとかになるんだろ?」
絵梨奈「うっ!そ、それは確かに……」
するとそこへ一人の影が、、、
episode7 「涙の婚活パーティー」 完結篇へつづく。

episde7 「涙の婚活パーティー」完結篇

婚活パーティーの会場

沈丁花と絵梨奈は意味不明な舌戦を繰り広げていた。

そこへ
「沈丁花さんでしたよね?私、秋沢里香です」と30歳くらいのスタイルの良い
モデルのような美人が話しかけてきた。
沈丁花「男性陣からすごい人気の人ただ!ああ、サラダバーならあそこにありますよ」
と沈丁花は秋沢里香にサラダバーを指差して教えた。

秋沢「違うんです。沈丁花さんとお話がしたくて」
沈丁花「ああ、え?おいらと?」と鼻の下が完全に伸びきっていた。

沈丁花は耳元で
「絵梨奈?ザマーミロ、このお子様がぁ」と耳打ちした。
絵梨奈は「良かったですね。目がバッキバキになってますよ。さっきまでとは違ってね」とアイロニー混じりにささやいた。

絵梨奈も
「いつもの、小遊三師匠は楽屋泥棒で生計をたてているだの、大橋巨泉は石坂       浩二をへいちゃと呼ぶんだだの、意味不明な役に立たちそうもないうんちくとかはNGですから、そこら辺気をつけてくださいね」とささやき返した。

秋沢「森絵梨奈さんごめんなさい。沈丁花さんと二人でお話しさせてもらっていいかしら?」
絵梨奈「もちろん!まっっったく問題ありませんよ!」とニンマリと笑った。

沈丁花「秋沢さん、ささ、行きましょう」とエスコートに挑もうとしていた。

沈丁花「絵梨奈!じゃあね、そっと手を振って、じゃあね、ダメよ泣いたりしちゃあ」と早くも絶好調モードに突入していた。

広い会場の遠くの方で沈丁花と秋沢里香はしっぽりと談笑していたのだった。

それを遠くから絵梨奈は様子を見ていた。

それと同時に、男性一番人気の西園寺について2番人気の男性の輪のなかでゴスロリの
格好をしたライママが、両手をグーにして、両方のグーの手を顎に乗せながら、涙ぐんでいた。
その後ろにドライアイ治療目薬のあき容器とセブンスターの空き箱が落ちていた。
時折、ノートにボールペンと赤ペンを取り出し、何やらメモっていた。

その一部始終をみていた絵梨奈の頭の中に哀しい音楽が流れ、少しの哀愁を感じた。

筆記用具を持参していたのは大勢の参加者の中で、ライママただひとりだった。

後日 お見合い家庭訪問が行われた。お目当ての男性陣の自宅に女性陣が訪問するというものだった。

絵梨奈、真美、その友達ほか大勢の女性参加者が西園寺邸に訪れていた。
西園寺はあんまり過剰な豪華な食べ物や飲み物を用意したり、過剰な演出はやめて欲しいと申し出たのだが、父親が「きちんおもてなししなさい」との指令で様々な豪華な料理と飲み物が振る舞われた。
西園寺邸は非常に盛り上がっていた。

絵梨奈は西園寺に「ちょっと散歩してきます」と告げた。

西園寺「沈丁花さんのところですか?」
絵梨奈「そんなバカな」と笑った。

絵梨奈は、沈丁花の家のアパート『満月荘』に着いて、音を立てないように、そっとドアを開けてみた。

そこには、猫と片寄あって、テレビをている沈丁花と猫の姿があった。

部屋の壁には折り紙で作った大量の花ががざられていた。
ポスター風な白い大きな紙には『押しあわないでください!みな平等に対応します!」というカラフルな文字が踊っていた。
特上寿司や大吟醸なども大量に用意されていた。

絵梨奈は静かにそこを立ち去った。

絵梨奈は笑いが止まらなかった。

次の日、絵梨奈は、沈丁花が一人でマクドナルドでチキンナゲットを食べていたので店に入り、話しかけた。

絵梨奈「昨日はどうでした?」
沈丁花「まあまあかな」
絵梨奈「そうでしたか」
絵梨奈「そういえば、例の美人の秋沢さんとはどうなりました?」
沈丁花「彼女、お父さんが難しい病気で故郷にかえらないといけないみたいでさ」

絵梨奈「えーと、まさかお金とかは渡しませんでしたよね?」
沈丁花「ああ、まあ700万ほどだけ度渡したよ」
絵梨奈「……」

絵梨奈「沈丁花さん前に、いつかお金貯めて自分のラーメン専門店を出すのが夢だって」
絵梨奈「今から警察行きましょう」
沈丁花「行かないよ。信じるさ。惚れたひとだからな。そんなことよりお前ナゲットはマスタードソース一択じゃねーの?」
絵梨奈「……」

数日後、町に『NHK のど自慢』がやってきた。

沈丁花は見事予選を通過して本戦に出場したのだった。

本番当日、沈丁花の応援に町の人たちが応援に駆けつけた。

本番が始まった。沈丁花応援の横断幕や応援ボードが沈丁花の目に入った。

アナウンサー「今日はどちらからお越しで?」
沈丁花「朝日町です!」

アナウンサー「今日は何を歌いましょう?」
沈丁花「少年隊で仮面ライダー!!を歌います!」
アナウンサー苦笑
沈丁花「すいません、カナディアンジョークですよ笑」

沈丁花の『HANABI』の熱唱で見事合格し、奇跡のチャンピオンとなった。

会場が熱気で揺れた。

みんなはしゃいでいでいるなか、絵梨奈は「わたし、ちょっと行ってくる」と言った。

アナウンサー「沈丁花さん、おめでとうございます!最後にカメラに一言どうぞ!」

沈丁花「ここにいる。ここにいる人みんな元気ダァーー!!何も心配することあらへんのや!!」と拳を振り上げた。そして手でハートマークを作った。

後日、NHKに苦情の電話とメールが殺到したのだった。その苦情の中にはライママの名前もあった。優勝はあんな奴じゃなくイケメン会社員だった!と言うものだった。


数日後、、、


寿司屋にお釣りをかえしてくれと頭を下げる男がいた。

それを見ていた
掟カローラ「あいつは本当に人間のクズだな」
絵梨奈は笑顔を取り戻していた。

終わり

episde8へつづく

episode8 「GO MY WAY」

沈丁花は町内を歩いていた。
歩いてる途中に偶然デヴ夫人と出くわした。デヴ夫人は町内会で大きな発言力のある
大金持ちの町内会のドンである。
沈丁花「ああ、どうもこんにちは!」

デヴ夫人「あら、沈丁花さん、ごきげんよう。どこに行かれるんですの?」と上品に尋ねた。

沈丁花「ああ、松の湯に行くんですよ」と沈丁花は満面の笑みを浮かべた。

デヴ夫人「あーら、それならわたくしの家のお風呂に入ればいいじゃない」とデヴ夫人の優しさから沈丁花を招待した。

沈丁花「いいんですか?」

デヴ夫人「遠慮することないですのよ」と優雅に微笑んだ。

沈丁花「ではお言葉に甘えさせてもらおうかしら。すぐ帰りますので.」と嬉しそうに言った。

沈丁花はデヴ夫人の超豪邸に足を踏み入れた。

沈丁花「いやー!流石デヴ夫人のお家だけあってすごい広いし大きいし豪華ですなー」と感嘆の言葉を漏らした。
デヴ夫人「わたくし、お紅茶をいれますので、ゆっくりお風呂に入りあそばせ」
沈丁花「ありがとうございます。遠慮なくお風呂頂戴いたします」
そう言って沈丁花はお風呂場に入って行った。

30分が経過した。

デヴ夫人「沈丁花さんて結構長風呂でいらっしゃるのね」と微笑んだ。

紅茶はとっくに冷めていた。

50分が経過した。

デヴ夫人「あーら、随分と遅いわね。大丈夫かしら」

デヴ夫人は風呂場に様子を見に行った。

デヴ夫人「沈丁花さん?大丈夫ざますか?」と風呂場のドアを開けた。
そこには浴槽いっぱいの泡のなかでくつろぐ沈丁花の姿があった。

沈丁花「すみません。すごく気持ちよくて。こんな大きなお風呂に入ったことなかった
    もので」
と満面の笑みを浮かべた。

デヴ夫人「それはようございました。でもそろそろお出になられては?」と提案した。
沈丁花「わかりました。そろそろ出ますね」
デヴ夫人「待ってますわよ」

風呂から出た沈丁花は、紅茶を飲んで、出されたローストビーフをつまみながら、デヴ夫人と楽しそうに談笑していた。

小一時間くらい談笑して沈丁花は帰ることになった。

デヴ夫人「またいつでもいらしてくださいね」
沈丁花「ありがとうございます。またお風呂頂戴にあがります」

デヴ夫人は沈丁花のお風呂を頂戴するという言い回しになにかしらの違和感を覚えていた。

数日後

町内の一角で5、6人の御夫人同士の井戸端会議が行われていた。
デヴ夫人「この前、沈丁花さんがお風呂に入りきたんですのよ。普通人の家のお風呂で  
     小一時間もくつろぎますこと?」
近所のご婦人「そんなにですか?」
デヴ夫人「そうなんざますのよ。浴槽を泡だらけにして。ここは日本ですのよ。おまけ                       なんてうたってましたのよ。」
近所のご婦人「沈丁花さんがですか」
デヴ夫人「そうなんざますのよ。ローストビーフを8枚も召し上がって帰って行きました  
     のよ.」
近所のご婦人「8枚も……」
デヴ夫人「化粧室もビシャビシャにしてますのよ」
近所のご婦人「イヤですねー」

デヴ夫人「またいつでもいらしてくださいとワタクシ言いましたけど…
そしたら次の日、ワタクシの家の前で、沈丁花さんが『あら、偶然ですね』なんて言ってお会いしたんですの。』

近所のご婦人「そんな偶然あるんですね」

デヴ夫人「ワタクシ察しましたですよ。洗面器にシャンプーみたいいなのと髭剃りみたいなのを抱えてましたから」

近所のご婦人「そんなことがあったんですね」

次の日

スナックにて。
掟カローラ「ジン!デヴ夫人がおまえの悪口、近所に流してたぞ」

「そうなんですか。別にそんなの気にしませんよ。ほっとけばいいんじゃないですか」と沈丁花は微笑んだ。

掟カローラ「そうだな。おまえは心が広いな」と感心した。

数日後

町内会室の天井の電灯を変えに沈丁花は姿を見せていた。
偶然デヴ夫人も居合わせていた。

電灯を変えるため、沈丁花は脚立を取り出して登ろうとしていた。

沈丁花「デヴ夫人、脚立を手で支えてもらっていいですか?」
デヴ夫人「ワタクシが?デスノ?」
沈丁花「ええ」

沈丁花「もう少し、上を持っていただけますか?」
デヴ夫人「こうですの?」
沈丁花「もうすこし右です」
デヴ夫人「こうかしら?」
沈丁花「もう少し上を」
デヴ夫人「えーと、こう……えー……」と言いかけた瞬間、偶然にもデヴ夫人お顔の極めて至近距離で爆音が鳴った。

沈丁花「違うんです!違うんです」

偶然の沈丁花による放屁だった。

デヴ夫人「あーーらもうーいやーーですわぁ。なんてことしてくださるの?あーた。それで、もの凄く臭いですわ…」と言い残し夫人の意識は遠のいて気絶したのだった。


その一部始終を見ていた掟カローラと絵梨奈の頭の中に偶然、中島みゆきの『ファイト』が流れた。

掟カローラ「ダメだありゃ.そういえば昨日ジンの奴、肉のハナマサで大量の豚肉とさつまいもを買い込んでたな」

絵梨奈「よっぽど悔しかったんですね……」と静かに呟いた。

そんなこともつゆ知らず、ライママは明日に備えて十分な休養をとっていたのだった。

ep9につづく…


episode9 「アツい!町内会対抗草野球大会」

ある晴れた夏の午後。
絵梨奈と真美は、駅前で沈丁花とライママに偶然バッタリ出会った。
絵梨奈「そう言えば、もうすぐ町内対抗の草野球大会がありますね?出るんですか?」
沈丁花「くだらんね」
ライママ「このクソ暑いのに実にくだらないわね」
絵梨奈・真美「そうですか」

試合当日が来た。

夏の日差しが眩しいとても暑い日だった。

がしかし、対戦相手が待っているにも関わらず朝日町チームの姿がなかった。

すると、外野の通用門からオープンカーに乗って、サングラスに赤いタオルを肩から下げた、南海ホークスの門田博光モデルのユニフォーム姿の沈丁花、ピンクレディーの「サウスポー」の格好をしたライママが真顔で、爆音のロック音楽に乗ってマウンドに向かってきた。
なぜかライママはずっと親指を口にくわえて、帽子を斜めに被っていた。
黒ずくめのバイカーが脇をしっかり固めていた。

絵梨奈「なんか、リリーフ登板と永ちゃんのコンサートがゴチャ混ぜになってない?」
真美「そもそもリリーフでもないし、アリーナでも無いもんねえ…」
絵梨奈「どこで調達したんだろうね?」
真美「通用門に隠れて待機してる時、あの人たち汗だくだったんじゃない?」笑

二人の中で、マウンドに近づいてくる真顔の沈丁花とライママを見て哀しい音楽が流れた。

ヘリコプターが飛んできて、空から始球式の球がマウンドに落ちた。

始球式を務めるのは、中尾明慶だった。
なんでも、ライママがテレビを見ていて中尾明慶のおしどり夫婦っぷりに感銘を受けたからだった。

先発投手はライママだった。キャッチャーに沈丁花、ファーストに掟カローラ、ショートに坂本ちゃん、サードには竜次さんがついた。
あとはパチスロをしていて声をかけられたおじさんたちが守った。

相手は白都町のちびっ子たちだった。4チームによるトーナメント戦である。

プレイボール!!

試合が始まった。

ライママの投じる初球。インハイの143キロのストレートだった。

ライママの 2球目はアウトサイド低めの135キロのカットボールが決まった。

ライママの3球目は低めに制球されたチェンジアップ。タイミングを外されたちびっ子は、ボテボテの内野ゴロ。それをライママが自ら全力で取りに行って、取ってからファーストにダイビングヘッドでアウトにした。

あとの打者も 2連続三振に斬って取った。

朝日町ポテトボーイズの攻撃はライママからだった。

なかなかバッターボックスに姿を現さないので、ちびっ子が探したところ酸素吸入機を使って休息を取るライママを見つけた。
ライママはおもむろにポケットから 2千円出して、ちびっ子に渡すと首を横に振った。
ちびっ子は何かを察して元に戻って行った。

先頭打者のライママはメジャーリーガーを模した構えから、一球目の高め一杯のストライク判定に、ライママは、手のひらを上にして腕を上げる『一杯?』のゼスチャーをしてみせた。

2球目に3塁側にバントヒットを決めて一塁にヘッドスライディング。セーフ。

一塁ベース上で肘のレガースと足のレガースと頬を覆い隠す仕様のヘルメットをおもむろに屈んで外すライママの動作に、ちびっ子たちは何かしらの哀愁を感じていた。

2番坂本ちゃんの1球目に盗塁を試みて 2塁にヘットスライディング。セーフ。
坂本ちゃんの 2球目に3盗を試みて3塁にヘッドスライディング。セーフ。
坂本ちゃんの3球目にホームスチールを決行し、ホームにヘッドスライディング。

間一髪セーフの判定だった。

応援は美爆音で有名な習志野高校の吹奏楽部と何故かVリーグの応援団を呼んでいた。
応援横断幕には『必勝!ポテト健児!』と言う文字が踊っていた。

それら一連のプレイでライママは腕を押さえてホームベース上に倒れて悶絶してしまった。

担架が用意されて係員によって、ライママは担架に担ぎ込まれた。

係員「大丈夫ですか?」
ライママ「ちょっと頼みが…」
係員「何ですか?」
ライママ「ゴニョゴニョゴニョ」
係員「わかりました」


係員、大声で、「君!君だよ!この人に2千円返すように!!」

真美「近所の人が言うにはライママさん、毎年この日に賭けてるんだって。あとあの二人、欽ちゃんの仮装大賞にも出て、『とんかつ かずゆき』ってタイトルで出て、出禁になって、裁判所に上告してるんだって」笑

絵梨奈「仲間を一切信じない野球って素敵だし、かずゆきも素敵ね」

「明日にときめけ、夢に煌めけ!目指せ甲子園よ」とだけ言い残し、担架で運ばるライママの姿が徐々に小さくなっていく様子を皆、見守るしかなかった。

絵梨奈と真美の中で非常に哀しい音楽が流れた。

終始、爆笑していたちびっ子たちの間から
「あのおばさんかっけー」などとちらほら拍手が起こった。

その拍手は、白都町の選手、父兄、応援する人たにの間に少しずつ広がり、球場は大きな拍手が沸き起こっていた。

試合は37対1で白都町が日没コールドゲームで勝利した。

その頃、沈丁花は隠れて、ホタルイカをつまみに一杯やっていた。

もちろん生物を持ち込んだため、食中毒を起こし、沈丁花も担架に乗って搬送されたのは言うまでもなかった。

試合前の意気揚々とした、沈丁花とライママの姿はなかった。

その様子がYouTubeにアップされ、『草野球だけに草』などとコメントが書かれていた。

episode 10 につづく


episode 10 「英会話は楽しくてつらいよ」

絵理奈と真美は大学の授業が午前中で終わったため、カフェでお茶を飲んでいた。
真美「そういえば、沈丁花さん、英会話スクールやってるみたいよ」
絵理奈「英語勉強して何になるのかな?」とアイスコーヒーを口にしながら言った。
真美「いや、違くて、経営してるらしいよ笑」と笑った。
絵理奈「経営?マジ?信じられない!初耳だわ」
真美「と言っても近所の小さい教室みたいな感じなんだってさ」
絵理奈「あの人絶対英語できないでしょ。怪しいなあ、ほんと」
真美「沈丁花さん、屋台のラーメン屋さんやる前はカラオケボックスをやりたか
ったんだって」
絵理奈「ふーん、そうなんだ」
真美「沈丁花さん、簡易スペースを建てたんだけど、建物が完成した後にカラオケの機材を搬入しようとしたら建物の入り口のドアが小さくてカラオケの機材が運び込めなかったんだって。それで断念したんだって」
絵理奈「プッ」
「バカじゃないの」
真美「今度、沈丁花さんの英会話スクール覗きにいってみない?笑」
絵理奈「お断りします!あの人とかかわると、優雅なわたしたちの生活が乱されるもん」
真美「そう?」
絵理奈「うん」

数日後

絵理奈と真美と西園寺の三人は沈丁花の英会話教室の体験レッスンのしおりを持って英会話教室の前にたっていた。
絵理奈「なにこの『沈丁花メソッド』って。腹立つわあ」


教室は町内会の会館の小さなスペースで行われていた。
真美・西園寺「こんにちは!見学に来ました!よろしくお願いします!」
絵梨奈は怪訝な表情を浮かべていた。
沈丁花「いらっしゃーい」と手のひらでおでこをかきあげた。

教室にはお婆さんが三人と年配のおじさん二人、あとライママと掟カローラがいた。

真美「この英会話教室は『パンプキン』っていうんですね。」と沈丁花に向かって言った。
沈丁花「そうよ」
絵梨奈「シンデレラのカボチャの馬車から取った感じですか?」と尋ねた。
沈丁花「いいや? 雑誌のパンプキンから取っただよ。」
絵梨奈「そんな雑誌聞いたことないですど…」
沈丁花「パンプキン知らねーのけ?近所のバアさんに『良い記事が割と多いからとってくれ』言われてな。そんでもって、おいら毎月定期購読してて、精読してるだよ」


絵梨奈「ちょっと、何をおっしゃってるのかわからないですね」

西園寺は教室の全体を見渡した。

「あの壁に貼ってある写真は誰ですか?」と西園寺は誰にともなく尋ねた。
生徒の田中ウシが答えた。「あれは、リサ・ステッグマイアーだよ」
西園寺「ハリウッド女優さんなんですかね?」
田中ウシ「そうみたいよ」

掟「嘘教えるんじゃねーよ」と呟いた。

西園寺「じゃあ、あの人は誰なのですか?」
今度は生徒の富田昌枝が答えた。「あれは、アグネス・ラムってんだーよ」
西園寺「へえ。あの方もアメリカのスターさんなんですか?」
富田昌枝「そうみたいよ」

掟カローラ「いい加減なこと教えるなよ…」

西園寺「ああ、あの写真の人はわかります!タレントのJOYさんですよね」
生徒三人「んだんだ」
掟「JOYに関してはもう、アメリカというより群馬だからな」

教室の囲みテーブルにはリッツにいくらを乗せたものとブリトーとジャスミンティーが置いてあった。
真美「なんか、リッツパーティーとか全部微妙にアメリカじゃない気がする」と呟いた。


生徒の田中ウシはこの教室のリーダーだった。
田中ウシ「じゃあ、まずBGM をかけようけかねえ」と声をかけた。
田中ウシは生徒のおじさんに「曲かけて」と指示した。

従順な生徒のおじさんはラジカセを操作し始めた。

田中ウシ「早くしなさい。モタモタしてないで!」
見学者三人「モタモタ」笑

田中ウシ「ほら、早くしなさい! ノロノロするんじゃないよ!」
見学者三人「ノロノロ」笑

従順なおじさんはラジカセ操作に手間をかけながらもなんとか曲をかけた。

わらべの『もしも、明日が』が教室内に流れた。

絵理奈「微妙に学習意欲を低下させる曲だなぁ」と呟いた。
西園寺「絵理奈さん、失礼ですよ」と小声で言った。
真美「そうだよー」と口を揃えた。

その横でライママがパジャマにはんてんスタイルで気持ちよさそうに踊っていた。
それに触れるものはいなかった。

体験入学ということで見学者3人は畏っていた。
沈丁花が、「軽くうちの生徒と会話してみるかい?」と見学者3人に向かって言った。

見学者3人「ああ、そうですね」と乗り気になった。

沈丁花「じゃあ新入りの梅田うめさんと絵里奈に軽く会話してもらいましょう」と微笑んだ。

絵梨奈「わかりました」
梅田うめ「んだ」

沈丁花「では、はじめてください」

梅田「H i?!」

絵梨奈「Nice to meet you」

梅田「フゥーフン」

絵梨奈「Could you tell me your name, please?」

梅田「フゥーフン」

絵梨奈「Do you have fun at school?」

梅田「フゥーフン…」

梅田「サンクスモニカです。このデブ」

絵梨奈「What?」

さきほどから流しているわらべの『もしも、明日が』やけに胸に染み入る展開となった。






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