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「ビジネスエリートの新論語」 司馬遼太郎



「人間、おのれのペースを悟ることが肝心や」



「ビジネスエリートの新論語」 司馬遼太郎



かつて 『ビブリア古書堂の事件手帖2』を読んだ時のことです。



その物語の中で、とても気になった本がありました。


それが


「名言随筆サラリーマン ユーモア新論語 」 福田定一著


ひときわ大きな邸宅に住んでいた高坂晶穂は父親が亡くなったあと、自分宛てのメモが残っていることに気づきました。


そこには、晶穂の父の蔵書の処分についてのことが書かれていました。


自分の蔵書を「ビブリア古書堂」に売って、値のつかないものも全部、家から運び出して処分するようにと。


晶穂はビブリア古書堂で働く五浦大輔と、学生の頃つきあっていたことがありました。だから晶穂のお父さんは、五浦大輔を知っていたのでしょう。


晶穂のお父さんは、まだ、古書の知識のない大輔を経由して、娘にこの「名言随筆サラリーマン」が渡るように仕向けました。


お父さんはこの本をとても大切にしていました。また、自分のお守りとして所持していました。


直接、渡したらいいのにと思うでしょうが、それにはそうしないといけない理由があったのです。


晶穂は父親の愛人との娘でありました。


だから、生前、娘と父の会話という会話はありませんでした。なので余計に、働く娘に何か大切なことを伝えたかったのでしょう。娘にとっても、この本がお守りとなるように。


この本は希少本なので、本当はとても高い値の付く本でした。そんな高い値の付く本を、愛人の娘にはそう簡単に手渡せません。


家族は、父の蔵書の中に何十万と高く値の付く本があると知っていたからです。したがって、買い取りには古書の知識があっては困るのです。高く買い取られてしまい、娘の手にこの本が渡らなくなります。


晶穂のお父さんは値のつかない本の中に、この1冊をうまく潜ませていました。


大輔に同行したビブリア古書堂の店主・栞子さんは、本の知識があります。何よりも本が大好きな「本の虫」なのであります。これまでも本にまつわる謎を解いてきました。


栞子さんは、不思議に思います。

「この買い取りの依頼には、なにか深いわけが・・・・・・」


その栞子さんも、見落としていました。


この本の著者・福田定一という名前を。


栞子さんは、「名言随筆サラリーマン」を値のつかない本の中に入れてしまいました。

その上、ビブリア古書堂で値がつかない本でも、違う古書店では査定のやり方が違うので、お金になる場合があることを晶穂に伝えました。

晶穂はそれを聞いて、値のつかなかった本を違う古書店に持っていきました。


でも、ずっと何かおかしいと思っていた栞子さんは、ギリギリの段階で気づくのです。

「本を処分する前に、高坂さんを止めないと」


2人は急いで車で追いかけ、なんとか間に合いました。


そうして


栞子さんは、司馬遼太郎の本を愛読していた晶穂のお父さんの蔵書を手がかりにして、古書の謎を解きました。


僕も司馬遼太郎さんの本は、よく読みましたが全くわかりませんでした。福田定一と司馬遼太郎に何の関係があるのか?


そもそも、福田定一ってたれ?



栞子さんは、言います。

「・・・・・・福田定一は、司馬遼太郎の本名です」

(中略)

司馬遼太郎は自著で生い立ちについてあまり触れなかったようですが、この本では二十代の頃の体験談をエッセイ風に書き記しています。

終戦直後、復員した福田定一青年は、いくつかの新聞社を渡り歩いて、様々な苦労を重ねたようです。

当時の読者もそういう記述に共感したんじゃないでしょうか・・・・・・



それが本書、「ビジネスエリートの新論語」


刊行時のタイトル「名言随筆サラリーマンユーモア新論語 」

晶穂は『名言随筆 サラリーマン』を手に取り、しげしげと表紙を眺めた。「この本、父が大事そうに読んでいるのを、見た気がします」


小さな便せんが、この本に挟んでありました。

「晶穂へ           父」


(以上 「ビブリア古書堂の事件手帖2」 三上 延 より引用)



幻の本だというので、読むことはきっとできないだろうなぁと思っていたところ、その「名言随筆サラリーマンユーモア新論語」が、2016年の12月に、新書「ビジネスエリートの新論語」となって復刊されたのです。


サラリーマンに関するエッセイなのですが、昭和30年の本なので、古くてわからない部分が多いかな?って思いました。ですが、現在に通ずるものも多く、時代が移り変わってもサラリーマンの本質はあまり変わっていないと感じました。


本書は、古今東西の名言を引用してサラリーマンとは?を掘り下げています。とても楽しく読ませてもらいました。


やはり、司馬遼太郎さんだと思ったのが、いきなり大江広元が出てきます。


彼は、鎌倉時代に源頼朝に仕えました。サラリーマンとして長く身を置きたいなら、参考にできるのではと思った司馬さんの言葉。

保身に成功した第一の理由は、保身家のくせに遊泳家ではなかったことである。決して彼は、積極的に出世を企てようとは思いもせず、しもしなかった。専務や社長になろうとは思わなかったのである。

出世のために人の頭をフンづけ、押しのけ、謀殺するというようなことはしなかった。

(中略)

すべて彼の思考と行動の基準は、鎌倉秩序のためということにあったのである。役に立つ上に、公正、これではだれも彼を蹴落とすわけにはいかなかったにちがいない。


「顔に責任を持つ」という言葉がありました。
リンカーンの言葉を引用しています。

四十歳を過ぎた人間は、自分の顔に責任をもたねばならぬ。<リンカーン>


その道を追求し、年月を経ると画家は画家らしい顔になるし、落語家は落語家らしい顔になっていくように思います。


ミュージシャン、写真家、作家、スポーツ選手、医者などそれぞれの分野のオーラが滲み出て、深みのある顔つき、風貌を纏ってきます。

四十をすぎれば強盗はズバリ強盗の風ぼうを呈するものだ。

教養、経験、修養、性格、若いサラリーマン時代のすべての集積が、四十を越してその風ぼうに沈殿する。

逆説的にいえば、四十以後のサラリーマンの運命は、顔によって決定されるといっていい。


自分の顔は自分では見れません。それだけに、気をつけないといけません。自分では全く気づかない真実が顔に浮かび上がっているのだと。


表面を着飾って何とか通用するのは、30代まで。40代になるとそうはいかなくなるのですね。


僕も今更ながら、精神内容を見直さなくてはと思った次第です。

ヴァレリーは、この恐るべき顔の再生を、こう表現している。

「人間は、他人の眼から最も入念に隠すべきものを、
人々の眼に曝して顧みない」


これは、違うと思った記述もありました。


女性に関する記述は、当時と大きく考えが変わっているし、それは違うとはっきり言えるでしょう。


最初のページで、不適切とされる表現が散見されますが・・・とことわりも入っているほどです。


さて


僕はこの本を読んで、第二部にとても共感しました。


今までは、古今東西の名言を引用してのお話でありましたが、ここからは福田定一さんの新聞記者としての体験談から導かれた名言なのであります。


新聞記者時代に出会った老サラリーマンが、福田定一さんに多大な影響を与えたのです。

私は、ときどき、あの二人の老人を想い出すことがある。
たいていは、幸福な瞬間ではない。

自分の才能に限界を感じた夜、職場で宮仕えの陋劣さにうちのめされた夕、あるいは、自分がこれから辿ろうとする人生の前途に、いわれない空虚さと物悲しさを覚える日など、私は決まってあの二人の老人を憶いだすのだ。


組織の中に身を置いての「大成」とはどういうことなのか?


この二人の新聞記者にとっての「大成」とは?


松吉淳之助氏

「部長や局長になろうという気持ちがキザシタ瞬間から、もうその人物は
新聞記者を廃業してると見てええ。

(中略)

大成とは、この世界の中で大成することであって、この世界から抜け出て重役になったところでそれはサラリーマンとしての栄達じゃが・・・・・・。

昔の剣術使いが技術を磨くことだけに専念して、大名になろうとか何だとか考えなかったのとおんなじことだよ。

ところが困ったことに、いかに特種を書き、いかにうまい記事を書けたところで、新聞を離れたら、この技術だけは身すぎ世すぎに何の役にたつちゅうもんじゃない。ツブシが利かん。

で、老齢になって仕事が出来なくなったり、誰かと喧嘩して辞めたりすると、何をするちゅうこともない。ただ、おれの現在のようになるしか手がないんだよ。

これがいわば、新聞記者としての大成だ。

世間じゃ名づけて敗残者とでも云うかもしれんがね、本人さえその一生に満足すればそれでええじゃないかな」


高沢光蔵氏

「人間、おのれのペースを悟ることが肝心や」

「ペースを悟ったら、崩さず惑わず一生守りきることが大事でんな」

「ここに一匹の小虫がいる。これをひねりつぶしたところで、誰も気づかず、世界のどこにもいかなる小波紋も起こらない。そういう小虫であることが私の人生の理想だ」


たとえ人が自分のことを、どのように言おうと、どのように感じようと、どんな風に思われようと、「そういうものに私はなりたい」と思いました。


福田定一はこの二人のサラリーマンに人生の大きな教えを受け、後世に残る大作家・司馬遼太郎になったわけです。




【出典】

「ビジネスエリートの新論語」 司馬遼太郎 文春新書


「ビブリア古書堂の事件手帖2」 三上 延 メディアワークス文庫



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