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欧州のオルタナティブにみるメディアの公共性

初回の記事で公共に対するデザインの分類の一つとして、「市民性の涵養」という項目をあげました。民主主義はその名の通り人々に主権が置かれて運営していくことを是とするものですが、人々自体が社会のことを理解していなかったり、適切な社会とのコミュニケーションをとれなければ衆愚的な社会になってしまいます。

では市民性というのはどのようにかたちづくられていくのでしょうか。単純に考えると学校での教育でしょうか。あるいは社会や政治のことを話しづらい文化や、過激な意見や嘘のニュースが拡散されてしまい分断を生んでしまうSNSなどの影響もあるかもしれません。

今回はそんなわたしたちにとって社会を知る重要なソースとして影響を持っているメディアの役割について、特に自覚的であり、コンテンツや設計にも反映されている事例をテキストメディアを取り上げていこうと思います。

資本主義とメディア

前提として、公共にとって優れたメディアとはなんでしょうか。ビジネスとしてであれば、収益が多い、読者数が多い、などが指標にあたりますが、必ずしもこれらが公共社会にとって好影響をもたらすとは限りません。

広告型のビジネスモデルだと、政策自体の背景や成果よりも、政治家の不祥事やスキャンダルに注目が集まったり、芸能人の不倫などが視聴率やPVを稼ぐことに傾いてしまいます。人はどうしても「わかりやすいもの」に飛びついてしまいがちであり、そのニーズにそったコンテンツをマスメディアが供給していきます。

新聞編集者の立場は奇妙なものである。彼の事業は広告主が読者に課すいわば間接税に左右される。広告主が新聞を後援するかどうかは、編集者が有効な消費者集団をつなぎとめておく手腕いかんにかかっている。そしてこのような消費者は、自分の個人的経験やステレオタイプ化された期待によって新聞を判定する。当然のことながら彼らは自分たちが読むほとんどのニュースについて独自の知識など持っていないからである。(W.リップマン『世論』)

またマスメディア以外で、いまでは普段からよく使う情報の源としてあがるFacebookやTwitterなどのSNSでは、アルゴリズムによって自分の価値観に近い情報がタイムラインに流れ、ステレオタイプから逃れづらい環境になっています。

上記のことから資本主義社会におけるメディアというのは、公共的な部分と、それと矛盾してしまう部分がどうしても出てきてしまいやすい構造になっています。基本的に、よく「ニーズがあるもの」を出そうとするわけなので、市民性は育まれるのではなく、メディアが鏡となって映し出している、といった方が近いのかもしれません。

こうした状況下で、ジャーナリストたちにとって、ものごとの本質を伝えること、SNS時代におけるフィルターバブルを打開すること、分断ではなく対話を促すこと、などがチャレンジになってきています。それに加えて事業として持続させたり、多くの人にみてもらえるようにすることはとても難しいことですが、この問題に対峙している媒体も存在しています。

スイスを批判的に報じる公共メディア「swissinfo」

資本主義社会におけるメディアの問題点に触れましたが、では公共メディアはどうでしょうか。日本の場合はNHKが公共放送にあたり、民間の方法局に比べて教育番組や地域の情報など、公共的な報道はなされているのではないかと思います。

しかし、厳密にいうとNHKの最高意思決定機関である経営陣は衆議院と参議院の両本会議で同意を得て、総理大臣が任命しています。公共的なコンテンツは多くても、基本的に自国に対して批判的な報道を行うことはありません。

その点でスイスの「国外に向け、スイスを批判的に報じられる存在」をモットーとしているswissinfo(SWI)はユニークです。

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swissinfoのトップページ

SWIはスイス公共放送協会の国際部が行うテキストメディアで、多様な意見や文化を反映し、政治的または経済的利益から独立した報道を行っています。

20年以上Webメディアとして運営をしており、今年は「満腹にさせるのではなく、空腹にさせるジャーナリズムを」をコンセプトにしたリニューアルを実施。これまでも社会イシューに対して様々な角度から記事を作成していましたが、それらの記事をひとつの特集としてまとめたフォーカスというページを設けています。

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特集の一例(画像はサイトをもとに再構成しています)。自国を客観的・批判的に論じるテーマ設定が特徴的。

各特集をみていくと、まず見出しやテーマ自体が自国を深く批評するものになっていることがわかります。ページを開いていくと、そのテーマに関連した各記事を一つの文章やデータとともにつなげ、テーマに対して多角的な理解を深める構成になっています。

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さまざまな観点から深堀った取材記事をひとつの特集としてストーリーにまとめている。これにより単体の深堀りした記事同士を結ぶ役割を果たしている。

SWIは公共放送局が母体となっているテキストメディアでありながら、自国に対しても批判的な視点でコンテンツを作成している点でユニークです。10か国語に対応しており、日本語でも読むことができるので、ぜひ読んでみてください。

オランダ国民7万人が議論する会員制メディア「De Correspondent」

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De Correspondentの画面。インターフェースやブランドなどのデザイン全般は共同創業者兼クリエイティブ・ディレクターのヘラルド・ドュニンク、および同じくヘラルドが共同創業しているクリエイティブ・エージェンシーのmomkaiが行う。

民間企業ではDe Correspondent(デ・コレスポンデント)が脱広告のジャーナリズムを探究しています。2013年に、当時斬新だった「(速報を配信しない)スロージャーナリズム」というキーワードとともに話題になり、クラウドファンディングで1億7,000万円を調達しました。

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昨秋にリリースされた米国版のThe Correspondentの画面。テーマ別に記事をまとめ、多角的/構造的に情報に触れることができる。

日本でも取り上げられることが多く、ここで紹介しようか迷いましたが、やはり「熟議をデザインするメディア」という観点からさまざまな工夫が凝らされていると感じます。

例えば、購読者は実名・専門性・肩書きを記載して解決策を見つけ出すための「議論に貢献をする」という位置付けになっており、コメントのやりとりは検索エンジンにも引っかからない完全クローズド。読者も安心して自分の意見を表明できるという設計になっています。さらにジャーナリストが文末で問いを設定していたり、自ら議論に参加していくことが仕事の一部になっているなど、読者が深く思考していくための仕掛けが設計されていると感じます。

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ジャーナリストが投げかける問いに対して各記事数十〜数百、ときには1000を超えるのやりとりが発生している。

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ジャーナリストも議論に参加する。仕事の3~4割程度は読者とのコミュニケーションにあてられている。単純なコメントを書き残し、いいねをもらうというような形ではなく、あくまで「議論」や「対話」を重視していることがわかる。

クローズドな設計/有料会員制というのはやや公共という言葉に対して矛盾を感じるかもしれないのですが、対話や熟議の質と規模はトレードオフの側面もあるなか、人口1,700万人のオランダで有料会員数は7万人を超えていることはすごいなと思います。現在、日本のNewspicksが月間の収益から推定して15万人ほどなのを考えると、オランダ国民にとってとても大きい存在になっているのではないでしょうか。

公共に対する行動は、ものごとを構造的な視点でとらえるところからはじまる

今回取り上げた2つのメディアに共通するところは、資本主義社会や政治的な影響から独立し、ジャーナリズムを追求していること、またそれだけではなくひとつの社会イシューを多角的・構造的な視点からとらえられるような設計になっているところだと思います。

「例外を見る代わりに、ルールを見よう。事件を見る代わりに、構造を見よう。今日を見る代わりに、毎日を見よう。この姿勢が、ぼくたちがこれまでのニュースメディアと異なるところなんだ」(De Correspondent - 共同創業者兼編集長 ロブ・ワインベルグ , wiredより)

公共に対してなにか行動を起こそうとしても、ひとつの視点からではどのように動いたらいいのかわかりませんし、動けたとしてもひとつの偏った見方をもとにした行動になってしまいます。ひとりの市民としてももちろん、デザインや事業を行う上でも同様です。課題を批評し、構造化することから適切な設計が行えると思います。今回はそんな視点を持ったテキストメディアを紹介しました。

コレスポンデントの真似をして、この記事でも問いを投げかけておわろうと思います。

1. あなたは普段、日々のニュースをどのように取り入れていますか?そのニュースについて異なる角度や、複数の論説から眺めてみることはどれくらいありますか?

2. あなたは普段、ニュースや論説をもとに、他者と対話をする機会はどれくらいありますか?またそういった対話の機会を生活に取り入れていくにはどのような方法が考えられるでしょうか?

今回はメディアによった話になりましたが、本マガジンでは公共×デザインの記事を定期的に更新しています。よろしければマガジンのフォローをお願いします。また、市民との協働に興味のある行政・自治体関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterのDMまたは下記ホームページからご連絡ください。

Reference

・W.リップマン『世論』
・swissinfo https://www.swissinfo.ch/
・De Correspondent https://decorrespondent.nl/
・wired『デ・コレスポンデント』はニュースをこう変える https://wired.jp/special/2017/de-correspondent/
・堀潤「真のパブリック放送とは何か?」 https://imidas.jp/jijikaitai/f-40-133-16-06-g551
・UZABASE 2020年第3四半期 決算資料 https://ssl4.eir-parts.net/doc/3966/tdnet/1903580/00.pdf

追記

この記事を書いて数日後にThe Correspondentの閉鎖が発表されました。オランダ本国のものは継続されるみたいですが、テキスト媒体の競争が激しい米国では生き残れなかったのでしょうか。英語版が読めることはとても嬉しく思っていたのでこのニュースはとても残念でした。


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