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貧困問題に向き合う、ニューヨーク市長室下のデザインスタジオ

過去3回、行政府×デザインについて概観や事例を紹介してきました。今回は現在進行中の地方自治体レベルでの行政府×デザインの事例として、2017年にニューヨーク市長室のNYC Oppotunity(経済機会部門)に立ち上がったサービスデザインスタジオを取り上げたいと思います。

キーワード:行政組織のデザイン、地方自治体、サービスデザイン、CoDesign、貧困問題、社会的養護

地方政府の色が反映された、立ち上げ時のコンセプト

ニューヨークでは、どのような経緯でサービスデザインスタジオが生まれたのでしょうか。まずNYC Oppotunity自体、デザインスタジオとほぼ同時期の2017年に、貧困削減をミッションとして立ち上がった部門です。そして、市長の事務局長代理は、スタジオについて「NYC Oppotunityのミッションを強化するもの」としています。

設立時のブログでは「低所得者向けのサービス改善に特化」という名目で立ち上がっており、自治体のなかの市長室、さらにその貧困対策の部門に対してデザインスタジオが所属しているということになります。2005〜2015年のニューヨーク市政府の貧困対策によると、ニューヨーカーの44.2%が貧困層またはその近くに住んでいるというデータがあるので、市にとって解決しなければならない課題だったんですね。

国レベルのデザインラボはデジタル化の波に乗り、公共サービス全般のデザインの重要性が示されたり、ウェルビーイング向上など、特定の社会課題というよりは、広く包括的な狙いを持って立ち上がることが多いです。しかし、ニューヨークのような市区町村レベルだとその自治体が持つ特定の課題に対して、デザインのリソースを大きく使っていくことが可能になります。地方には地方にあった課題があるので、国家とは別にデザインラボを立ち上げるのは理にかなっていると思います。

ちなみにいきなりデザインラボを立ち上げるたわけではなく、布石として2014年ごろからデザイナーを雇用し、人間中心デザインのアプローチに取り組んでいたようです。まずプロジェクト単位で徐々にデザイナーと協働し、そこでの成功体験を得たり、課題解決におけるデザインの重要性を感じたのかもしれません。

🔍 Research & Visualization 📊 - ホームレスへのアウトリーチ型の取り組み

実際の活動をみていきましょう。「HOME-STAT」はNYC Oppotunityによるホームレスのためのアウトリーチ施策に取り組むチームです。アウトリーチとは「支援が必要であるにもかかわらず届いていない人に対し、行政や支援機関などが積極的に働きかけて情報・支援を届けるプロセス」を指し、日本の福祉でも重要とされる考え方です。主な取り組みには、支援が必要なホームレスのマッピングサービスなどがあります。

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助けが必要なホームレスのマップ HOME-STAT - Daily Dashboardより

このチームで、スタジオはデザインリサーチによりチームの共通認識をつくりあげました。まず最初にステークホルダーマップを作成し、サービスに関わるすべての人々を可視化し、役人、ホームレス対策部門のスタッフなど合計72人と対話を行いました。そこから「ホームレスが住居を得られるまで」のサービス提供における各関係者の関わり合いをジャーニーマップに移し、サービスをデザインする上での方向性を明確にしていったようです。

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リサーチにより作成されたジャーニー - NYC OppotunityのMediumより

2017年の会計年度、HOME-STATはニューヨーク市のホームレスを2,146人、住宅や仮住宅に配置することに成功するサービスとなりました。公共サービスにおいて、制度があっても使われない問題は往々にして発生しています。そのアプローチとしてHOME-STATの取り組みはインパクトがあるものですし、ホームレスやそれに関わる関係者の接点を明確にし、適切なインターフェイスをつくる点でサービスデザインの考え方は有効だと感じられます。

👬 CoDesign - 児童サービス課との協働

2018年3月からは、約1年間Administration for Children’s Services(児童サービス課、以下ACS)との協働が行われました。このプロジェクトは半年〜1年間、スタジオと協働を行う公募型のプロジェクトで、採択されたのがこのACSでした。ACSは主に社会的養護における、「子どもの安全」「養育/養子縁組」「親に対するサポート」に取り組んでいる課です。

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ワークショップに参加した保護者たち(NYC OppotunityのMediumより)

日本では「里親」「特別養子縁組」はあまり身近ではありません。厚労省の資料によると、家族から離れざるを得なくなった際に、里親などの委託率は19.7%(2017年)にとどまり、施設に入れる割合(施設擁護)が大半を占めています。対して米国では里親制度を活用する方が一般的で、83%が里親制度などを活用されています。これは「すべての子どもは家庭環境で、安全に、健やかに、そして永続的に育つ権利がある」という価値観が浸透していることが要因として挙げられています。

児童サービス課の提供する「予防のためのサービス」は、そもそも両親と子どもの関係性を強化したり、虐待やネグレクトを減らすことで、両親から離れざるを得ない子どもの数自体を減らそうという取り組みです。この取り組みをより効果的にするためにはじまった動きが、スタジオとの協働プロジェクト「Pathway to Prevention」でした。

プロジェクトのゴールは「保護者の声を反映すること」でした。プロジェクトでは毎週、保護者・予防サービスのスタッフ、社会的養護の専門家にいくつものプロトタイプを見せ、「どうすれば、保護者が孤児予防に役立つ情報を得る機会を受け取れるのか?」という問いかけを行い、保護者には2つのアクティビティを用意しました。

・コラージュで理想的な予防ケースを描写する
・カードゲームを通して友だちに予防サービスについて説明してもらう

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実際に作成されたコラージュ

サービスデザインや人間中心デザインは通常、直接的に顧客に「欲しいもの」を聞いてはならず、設計は観察からデザイナーが導き出すというスタンスで行われます。しかし、ここでのスタジオの取り組みは孤児予防を行うために、保護者が情報を能動的に解釈・活用できるようにするというものでした。利用者のリテラシーや知を、プロセスや作るという行為を通じて育むアプローチは「CoDesign」の考え方に近いです。この考え方は、サービスデザインと同時にスタジオが意識しているように感じられました。

ニューヨーク市職員が自ら率先してデザインできるようにする取り組み

「低所得者向けのサービス改善に特化」と銘打ってNYC Oppotunityの課題解決をサポートする位置付けで始まったスタジオですが、2019年のApoliticalの記事によると、行政組織のデザイン組織化にも貢献していることがわかります。

私たちは市の公務員が単にデザインの作業を手伝うのではなく、自ら主体的にデザインを実践できるようにトレーニングすることを大事にしています。私たちは、サービスデザインの基本について公務員が理解できるようにするツールキットを作成しました。これらは、市の職員が普段から行っているサービスや業務を手助けできるように設計されています。(Service Design Studio - Mari Nakano氏) 

同記事ではスタジオが今後貧困部門だけではなく、ニューヨーク市の100以上の公共サービスを提供するチームと協働できるようになると述べられています。NYC Oppotunity下で生まれたデザインチームでしたが、今後は市全体とのコラボレーションを行っていくのかもしれません。

行政組織のデザイン組織化に貢献するスタジオの取り組みは、例えばサービスデザイン原則の公開などがあります。デザインに対するマインドセットの共通認識を持てるように、下記のような原則を定めて、行政組織へのインストールに取り組んでいるようです。

・サービスを提供する人々と一緒につくろう
・プロトタイピングとテストをしよう
・アクセシビリティを担保しよう
・結果を評価し改善につなげよう

まとめ

・ニューヨークのサービスデザインスタジオは、NYC Oppotunityという貧困問題に対するチームにおけるデザイン組織として立ち上がった
・HOME-STATではサービスデザインの方法論で方向性を定義する取り組みを行った
・児童サービス化との協働で行われた、孤児予防のプロジェクトでは保護者とのCoDesignを重視していた
・その後は特定の課題だけではなく、行政職員がデザインを自ら率先して行えるようにするような仕組み作りも担う存在になっている

前回はデンマークのイノベーションラボ「Mildlab」の創業時〜クローズ時のライフサイクルを表にして示しました。ニューヨークのデザインスタジオはまだ始まって3年で、赤ちゃん期に当たると思います。しかしHOME-STATやACSとの協働だけでも、そのチームにもたらすマインドの変化は大きいものになっていると感じました。

HOME-STATで紹介したステークホルダーマップや、アウトリーチ計画の整理のドキュメントは、スタジオによってワークシートとしてダウンロードできるようになっています。実際に行政でサービスデザインや、社会福祉の政策を行う際には活用できるのではないでしょうか。

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参考資料

厚生労働省「社会的養護の推進に向けて(平成31年4月)」
https://www.mhlw.go.jp/content/000503210.pdf


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