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草と花と本の話

過去の話|イラスト雑文集『ひょっとして、旅』について


2022.10.15

 先日に発行した、ZINE『知らない草探しの会』。
 生活の傍らで目にする名もなき草花の姿をおさめた、写真集のようなアートブックになる。

ZINE『知らない草探しの会』

 大学進学後の数年間を東京で過ごし、今は神奈川の南西で暮らしている自分にとって、暮らしている場所や、この先どこへゆくのかということは、重要な問題なのだけれど、行き着く先は自分でもよくわからないところがある。
 季節としての春は、春へとかえってゆく。生き物が死んで、生まれる。あたたかくなり、冷たくなり、あたたかくなる。そのような往復の中に、小さく震えるような生活の反復がある。僕の寿命は幸い(幸い?)草や虫たちよりも少しだけ、長い。

 毎年、冬の入口になると現れる花がある。僕はそれを視界の隅に留めながら通勤して、帰宅する。その花の名前を知らない。知らないが、毎年同じように花は咲く。枯れた地表を割って冷たい大気の前に立ち上がる。ある時僕は花の前に立ち止まる。少し屈んで、花の仔細を覗き込む。色を見る、匂いがする。やはり名前を知らない。知らない草花である。僕はまた歩き出す。

 季節が移り、僕はその花のことを忘れる。完全に、跡形もなく。しかし、長い時が経ち、寒気が街を包むようになると、季節が再び記憶を洗い起こす。僕は花を思い出す。そういう草花がいくつもあり、どんな季節にもあった。そのような植物との邂逅に、知らない草探しの会という名前をつけた。

 この本では、僕が出会った植物の姿を季節の進行に沿うかたちでちょっとした写真記録に残しています。花の名前も書かれていなければ、詳細な解説もありません。僕は飛び抜けて植物に明るいわけでもないので、学術的な価値もありません。そもそも花の名前を知りたいと思うこともあまりありません。それでもつい、自分の知らない草を探して、じっと見入ってしまう理由のほうに僕は興味を惹かれます。植物と僕自身を結んでいる、そういう微妙な距離の感覚を追体験してもらえたらいいなと考えながら、本をつくりました。
あとがきより

 知らない草探しの会はこれからも続く。それは僕の生活と移動と季節と共にある。僕のつくった本を手に取った人は、どんな生活をしていて、どのような場所で時間を送っている人たちなのだろうと、以前ほんの少し考えてみたことがある。考えてみたところで想像は輪郭をとることなく、ぼやけてしまう。でも、自分以外の誰かの生活の中に、知らない草を探す僕の生活が隣接しているのは不思議なことなのかもしれない。すべての人が草花の前で立ち止まるわけではないから。花の名前のことは尋ねないでください。僕は花の名前をほとんど知らない。

 知らない草探しの会は、生活するうえでつい、やってしまうことの一つということになる。これからも僕は知らない草花と出会い続けるだろうと思う。本を手に取ってくださった方は、ありがとうございます。秋、秋、と言い続けていたらもう、冬の中で迷っている。



p.s.

これまでにつくった本は下記のオンラインストアにて販売しております。個人出版のため在庫は少数ですが、ご興味のある方はこちらからご覧ください。


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