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カタツムリと悪癖 (0) はじめに

 本を書きました。『カタツムリと悪癖』というタイトルの文庫本です。210ページくらいです。ざっくりとしたあらすじを言うと、喫茶店で聞こえてくる他人の会話を書き留めて本にしてしまおう、という思いつきからはじまったお話です。これは自分にとっての新しい試みでもありました。

 取材をして原稿を書き、紙面デザインを決め、印刷や装幀までを全部1人でやってみました。6万字の原稿を2週間で仕上げ、編集を含めると1ヶ月くらいかかりました。本当はみなさんに実物を手に取って読んでもらいたいのですが、予算の都合でたくさんは部数が刷れませんでした。なので、原稿をここで見せてしまおうと思います。たぶん10回くらいの投稿に分けて公開するつもりです。自分が読みたいと思う本を自分で書きました。そんな本です。もし、そんな本を読んでもいいという物好きな方がいらっしゃいましたら、あなたは私と気が合うかもしれません。あまり期待せずにさらっと読むのがいいかもしれません。

(令和3年7月 のもとしゅうへい)



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はじめに


 私には悪癖があります。私は喫茶店が好きでよく行くのですが、いつも隣や後ろのテーブルの会話が気になって、つい聞き耳を立ててしまうのです。

 店へは日夜いろいろな客が来ます。境遇や人種もさまざまです。そこではみんな思い思いに話をします。ですから、あっちのテーブルからこっちのテーブルまで、四方八方から他人の話が耳に飛び込んでくるというわけです。とまあ、普段ならやれやれ困った程度のことなのですが、ふと、この悪癖を何か別なことに生かしたら面白いのではないかと思い立ちました。

それは、喫茶店を飛び交う会話に聞き耳を立てながら、エッセイを書き、1冊の本にしてしまおうという試みです。店へ訪れる人には、それぞれに無数のバックグラウンドがあります。それらは通常、交わることはありません。とてもプライベートなものですから知る由もないのです。

 しかし、会話にはその片鱗が現れます。声のリズム、言葉の選び、話の内容からその人の性質を感じ取ることができます。言うならばグラスに浮かべた氷のようなものです。アイスティーの波間に沈んだかと思えば、ほんの少し水面から頭を覗かせる氷。喫茶店での会話というのはまさしく、そこに実在する他人のありよう、人生というノンフィクションの物語の一端が見え隠れする瞬間なのです。公共の場で飛び交うプライバシー。禁断のつまみ食い———。ちょっとドキドキする響きです。

 本書では、筆者が喫茶店で聞き耳を立てて集めた会話の数々をエッセイ「喫茶・ききみみ」シリーズとして、皆さまに少しばかりご紹介していこうと思います。私と一緒に聞き耳を立てているつもりでお楽しみください。




(1)へつづく

※このnoteには文庫本『カタツムリと悪癖』の本文原稿の一部を掲載しています。マガジンからバックナンバーがご覧いただけます。この物語は実体験にもとづくノンフィクションですが、登場する人物名などは、すべて仮名にしています。

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