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映画評 落下の解剖学🇫🇷

(C)LESFILMSPELLEAS_LESFILMSDEPIERRE

カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールをはじめ、ゴールデングローブ賞で脚本賞と非英語作品賞を受賞、アカデミー賞では作品賞を含む5部門にノミネートされるなど、賞レースを圧巻させている本作は、次々と明らかになる夫婦の姿に釘付けとなった。

人里離れた雪山の山荘で、視覚障がいをもつ11歳の少年が血を流し息絶えた父親を発見する。当初は転落死と思われたが、その死には不審な点も多く、前日に夫婦ゲンカをしていたことなどから、妻であるベストセラー作家のザンドラ(サンドラ・ヒュー)に夫殺しの疑いがかけられていく。自らの無罪を主張するサンドラだったが、事件の真相が明らかになる過程で、仲むつまじく理想とされていた家族像とはかけ離れた真の夫婦の姿が露わになっていく。

タイトルである『落下の解剖学Anatomie d'une chute)』は、すでに崩壊していた妻ザンドラと夫サミュエルの夫婦仲を裁判を通じて解明されていく。冒頭、テニスボールが階段の上から転げ落ちていくシーンは、裁判で明らかにされる夫婦仲が悪くなる過程を示す伏線だ。その直後、夫が落下死したことから始まる妻の裁判は、夫の死と共に待ち受ける妻の社会的地位の転落という皮肉な夫婦運命共同体とも言えるだろう。

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夫婦仲が悪くなる転落が始まったのは、息子ダニエルの事故だ。この事故が原因で彼は視覚障害者となってしまう。事故の原因は自分にあるとサミュエルは後悔し続ける。一方、ザンドラは事故のショックを受けたもののどこか他人事だ。彼女は夫に事故の責任を必要以上に責めたて罵倒したとの証言や事故後から複数人との不倫関係を結んでいたなど、彼女の不可解かつ人間性を疑う行動が明らかになる。

息子を題材としたザンドラの小説はより夫婦間に亀裂を生む要因となる。作品の原案はサミュエルが執筆を頓挫したもので、300ページ中の27ページは、彼の小説から取ってきたもだ。息子の事故から小説執筆の流れからサミュエルの心情を察するに、息子の事故をネタに使う無神経さに疑問を持っているとも読み取れ、また奪われた題材で小説がヒットしたことに対する嫉妬心もあるだろう。

冒頭、ザンドラが女子大生の小説に関する質問で答えをはぐらかす様子やサミュエルが大音量で50セントの『P.I.M.P』を流して中断させているシーンから、夫婦仲は既に崩壊していることを暗示している。

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マリッジ・ストーリー』を放物とさせられる緊迫感のある喧嘩シーンは、仕事に集中できるザンドラと家事全般を担いながら教職に就くサミュエル夫婦の明らかなパワーバランスの不一致を浮き彫りにする。やりたいことができず時間がないサミュエルには同情し、痛みを見積もるザンドラに対してはより無神経さが際立つ。仮に立場が逆であれば、家父長制批評やフェミニズム映画になっていただろう。あくまでも夫婦間の問題を描く本作は『バービー』ならぬ性別を入れ替えたところで根本的な問題は解決しないと暗に批評する。

ザンドラは慣れ親しむ英語、母国語である独語、慣れない仏語の3ヶ国語を話すが、夫婦間の会話は仏語だ。しかも住んでいたイギリスから夫の要望でフランスへと移り住んでいることから不慣れな生活を強いられ、ディスコミュニケーションが生まれやすい環境下に置かれていた。ザンドラの鬱憤がより溜まることとなる環境であったと読み取れよう。

次々と明らかになるザンドラの不審点や真の夫婦間の姿が浮き彫りになる様子は『ゴーン・ガール』を放物とさせられる。全うできなくなった夫婦間の役割や環境の変化など『ゴーン・ガール』で描かれた夫婦間のディスコミュニケーションの要因と似た展開ともいえるが、様々な要因で積もりに積もった不満が爆発する夫婦間の溝という点では『落下の解剖学』の方がリアリティを持って描けていると評価できる。

今回の評論では夫婦間の溝を軸に行ったが、客観性の限界に言及した法廷劇やダニエル視点から見た事件の全貌など様々なレイヤーで語ることができる映画であった。裁判結果は是非皆様の目で確認して頂きたい。

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