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【ショートショート】デブエット

「月って、時々サボってる」

夜空を仰ぐミノルの言葉を、おれは半分聞き流していた。

「今夜は三日月なのに、昨日と同じ細さだもん。太るのをサボってるんだ」

じゃあ、お前と逆じゃないか。
つい意地の悪いことを言いたくなる。
先月始めると言ったダイエットはどうなった、脂肪の貯金箱。

「毎晩月を見てるけど時々そうなんだ」

おまけにお月サマが好きなロマンティストと来たものだ。

「ねえ、ちゃんと見て」
「ハイハイ」

仕方なしに空を見れば、細い月。だが昨夜の月と何が違うかなんて、知る訳がない。そもそもおれはデブ専ではないし、夢見るウットリ男子も苦手なのに、何故かつき合う嵌めになった。
一時の熱が冷めれば、残るのは嫌悪と自己嫌悪。

「お前、そこで待ってろ。コンビニで酒買ってくる」

公園にミノルを置いて、おれは踵を返した。
辛口の酒が無性に欲しかった。
戻って来たら、こいつがいなくなっていれば良いのだが。
なんてチラリと願った。

「まさか、ほったらかし?」

ミノルは公園でぼやいた。
ポケットの中から着信音が鳴る。
いそいそと確かめれば、やっぱり「あの人」だった。
思わず顔がゆるむ。
慰めてくれそうな言葉を、画面に打ち続けた。

『え~?彼氏、冷たいね』
『もう別れようかな』
『その方がミノル君のためにはいいと思うな』
『でも、向こうが別れてくれないんだよね』
『愛されてるんだ』

優越感をくすぐる言葉、これが欲しかった。
一心不乱に文字を打つ視界が、急に明るくなる。
驚いて顔を上げた。
ほんの2、3メートル先で、蛾の大群が光を放っていた。
人より巨大な群れだった。
羽音には敵意がある。
逃げなくては。
けれど身体は硬直し、迫って来る大群を凝視するしか出来ない。

戻ってみると、ミノルはいなかった。
愛想を尽かし帰ったのか。
「おい、どこだ!」
おれが物扱いしていた奴が、物のくせに勝手な真似をした。
それじゃ、おれが物になってしまう。
ミノルの分際で。
非常に悔しかった。

背後で、何かが動く気配がした。

「ミノル!」

おれは絶句した。

光り輝く蛾の大群があった。
駆け出そうとし、躓いた。
足首に激痛が走る。
立てない。
蛾が次々とおれに覆い被さった。
一匹一匹が、異様に大きい。
複眼も繊毛も鮮やかに輝き、おまけに口が開いている。
それで何を喰うつもりだ。
身体中が痛みだす。
声が出ない。
痛みが強まるのにあわせ、蛾が益々明るくなる。
夜空を見上げれば、先刻よりも太った月。

光まで増していやがる。



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[余談]
個人的には、ぽっちゃりさん、かわいいと思いますが。





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