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2023年によんだ小説

ぼくはあまり、いま世の中で話題になっている本や
本好きではない人まで読んでいる、
いわゆるブーム本というものを読まない。

そういう本を安易に手にするのは
あまり本を読んでいない人みたいで格好わるい、
と思ってしまう。
でも、そうやって無駄に格好つけてみるのが
じつは格好わるいのだけど。

そんなこだわりはさておき、
作家が売れたいと思って書いた本ではなく、
好きで書いたという匂いのする本に
むしろひかれる。
こっちの方が、本の中からその作家らしいものが
出てきそうで、わくわくする。

まあ、本の匂いというのは、
僕が勝手に想像しているだけなのだけど。

これから紹介する小説3冊も、
それぞれの作家さんが好きで書いた本、
あるいはそれよりも、ぐっとディープに
書かなくてはいけない、というきもちで書いた本だろう。


「賜物」

ナボコフ 作
沼野充義 訳

「ロリータ」で有名なナボコフの自伝的な佇まいのある作品。
ドイツで貧しく暮らす主人公フョードルは、
ロシア革命で国を捨てた亡命貴族や地主たちの一人。
家庭教師をして糊口をしのぎながら、詩や小説をかいている文学青年だ。

フョードルとおなじく、
作者ナボコフの家は革命で没落したけど、元お金持ち。
それで頭が良い。だから悪口がうまい。
プルーストもそうなのだけど、頭が良くてお金持ち、
で小説なんか書いちゃう人のイジワルは、
俗物に対して発動する。
そのしんねりと歪んだ心象が、読んでいて痛快。
なんで歪むのかというと、
ナボコフもプルーストも非力だから、だろう。

森茉莉の言う「贅沢とは高価なものを持っていることではなくて、
贅沢な精神を持っていることである」という言葉と
フョードルの言動が、頭の中で響き合う。

と、アンチ世の中、みたいなことを書いてしまったけど
この小説は主人公が幸せに近づいていこうとする話で、
読んでいて晴れやかなきもちになれる部分が、ちゃんとある。
フョードルは、みえない大きな力が自分をまもっている、
幸せにみちびいてくれていると考えているけれど、
そう思えるこころこそが、幸せになれる条件なのだろう。

いいな、と思ったのは、
文学的野心をいだくフョードルがライバルと見なしつつ、
一目置いているコンチェーエフとの関係や、
冒険家である行方不明の父を慕うきもちに、
ボーイズラブの匂いがほんのりただよっているところ。
こっちの方面で「賜物」をガッツリ書いてもらっても
良かったのにと思いつつ、
次に同じナボコフ作の「青白い炎」を読んだら、
ロリータ張りの頭のおかしなド変態を
男×男でやって下さっていて、頭が下がりました。


「けものたちは故郷をめざす」

安部公房 作

作者の安部公房は満州で育った人物。
この小説には、その時の体験や見聞が反映しているのだろう。

第二次世界大戦の終戦後、
満州国で生まれ育った日本人の少年・久木久三は、
まだ見たこともない故国・日本を目指す。
中国は蒋介石と毛沢東が内戦をしている状態で、
その混乱の中、敵国だった日本人が逃亡するのは非常に危険なのだが、
久三の日本を目指すきもちは一途を通りこして、
取りつかれたようにすら思える。
このあたり、後年「砂の女」にも見られる自由の渇望という主題が、
ほの見える。

いいな、と思ったのは、久三がじぶんを騙して裏切った人物に
愛着らしきものを覚えてしまうところ。
敵国民ということで冷たくあしらう中国人の少年にすら、
親しみを感じずにいられない。
久三の性格が素直ということもあるのだろうけど、
ひどい孤独に苛まれると
人はこうなるのかもしれない。
安部公房は人間の本質をそのように、
つながりを求めるものと信じていたのだろう。

壊疽した小指を切り落とすというハードな描写があって、
頭からはなれなくて仕方なかったから、自作の詩のなかで使ってみました。

「献灯使」

多和田葉子 作

大震災と原発事故後の日本をえがいた短編集。

表題作の「献灯使」は、
原発事故の影響で老人は死ぬことができず生き続け、
子供は身体がよわく早逝する世の中、
外国との行き来も絶えた鎖国状態の日本という設定。
90歳をこえた義郎は、ひ孫の小学生・無名の世話に明け暮れる。

こんな世の中を立て直すにはどうしよう、
なんて大きなところから物語を始めないのが、
多和田葉子らしいところで、ぼくの好きなところ。
義郎の無名に対する濃やかなきもち、無名のほがらかな表情が
立ち上って来る。

滅亡へむかう予感に侵食された日本。
本を読み終わると、しなやかな心、しっかりとした芯をもった無名が、
この先どのように生きるのか、気になる。
そうか。
「気になる」という「灯」を、
多和田氏はぼくに渡してくれたのか。
義郎が無名の未来を気にかけてならないように。
つまり多和田氏から読者へ、未来の種を渡す小説なのだ。

この短編集のさいごの物語「動物たちのバベル」に出て来る言葉、
「人間は地球にとってはがん細胞」。
気に入ってしまったので、別アカウントのブログで使っちゃいました。


             小説をよむのが好きなのは
             じぶんよりおおきなものに
                  ふれられるから。
                     だと思う。





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